気持ちばかりが走っても道が進むわけではない。羅生門でいっそ全ての車を薙ぎ払ってやりたいが、私用であるのだ。流石にそういうわけにもいかない。嗚呼、任務であれば。
 時間を確認するが、21時を過ぎたばかり。もう苗字さんはゴンドラに乗ってしまわれただろうか。僕の知らぬ男と共に。

 初めて観覧車へ往ったときのことを思い出す。
 あの時は観覧車の受付時間に間に合わなかったのだ。観覧車に乗ることが目的ではなかったが、負けたような気がしてならなかった。何に、と聞かれれば、中区新港二丁目に向かわせるよう謀った、太宰さんに。
 僕は苗字さんを迎えるべく観覧車へ向かった。太宰さんからの命令であった。そこで学んだことといえば、観覧車の最終便が施設営業終了時間22時の15分前ということと、観覧車一周が約15分ということ。

「ちゃんと駐車場に停めようね。駐禁でレッカーとか笑えないから」

 あの日苗字さんが云った。然し、彼女の代わりに持ったトランクが大人一人分の重さがあったことを考えれば、近場に停めて正解だったような気がする。
 少し様子を見るだけだ。今回も同じ場所に車を停める。21時を過ぎて間もない。あの苗字さんの横を歩く男がどんなものか見るだけだ。時間がゆっくりと減っていく。あの日と違うのは、僕が車内に居ること。
 瞼を降ろし苗字さんの隣を歩く男を想像する。例えば、すらりとした体躯の大人。外套。優男。包帯。なんだそれは。まるで太宰さんではないか! カッと目を開けば、途端、窓ガラスをガンガンと叩かれる。駐禁なんか糞食らえだと羅生門の気持ちになっていると、窓越しに除く瞳は、苗字さんであった。
「丁度いいところに芥川君」
 任務? 仮眠? と屈託なく向けられる笑顔。ふと気が付く。苗字さんが纏っていたのは、女子が逢瀬に来ていくような甘い洋服ではなく、黒の外套であった。もしかして。
「……苗字さんは、任務だったのでしょうか」
「そうそう。前もこんなこと、あったね」
 それから「乗せてくれるんでしょう」と云う。中原さんめ喋ったな。
「荷物重いから助かる。有難う」
 ドスンとトランクが沈む後部座席。推測するに、またもや大人一人分程の重さが有りそうだ。僕は構わずアクセルを踏む。
「中原さんに聞きました」
「どうせ紛らわしい云い方をしたんでしょうあの犬」
「犬……?」
「首輪を付けてギャンギャン吠える、あれは犬よ。犬」
「苗字さんが男と観覧車に往ったと、中原さんが」
「犬が?」
「…………ええ、犬が」
「っふ、くふ、ふふふ! 芥川君はイイコだね」
 苗字さんが笑った。脳内では、お洒落なチョーカーを首に巻いた中原さんが、成程犬同然にギャンギャンと吠えていた。

20160923
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