芥川、と後ろから声を掛けられる。
 振り向かなくとも判る。足音が近づいて、並ぶ。目線だけで確認すると、隣を歩くのは矢張り中原さんだった。

「手前の女がブランドモンのバッグを欲しがってたぞ」

 中原さんが、まったく頓珍漢なことを云うものだから、思わず足を止めてしまった。
「僕の……何です?」
 聞き返すと、中原さんは眉間の皴をより一層深く刻み「手前の女で俺の部下だ!」と叫んだ。
「取り敢えず中に」
 彼のチョーカーを首輪に見立てると、廊下でギャンギャン叫ぶ様はまさに犬である。ん。同じく誰かが中原さんを犬と揶揄っていた様な……。そこで思い当たるのは一人の女性であった。
 中原さんを適当な部屋に押し込む。
「苗字さんがブランド物の鞄を欲しがったのですか?」
「しかも新作だとよ」
 これはまた…………中原さんが遊ばれている。
「デカい仕事もひとつ片付けたみてえだし、なんか購ってやれば?」
 僕が? ブランド物の、しかも新作の鞄を? 苗字さんに? それはそれで苗字さんは喜ぶかもしれないが、きっと彼女にとって大事なのはその過程なのである。
 例えば、中原さんにブランド物の鞄を強請ったのは、本当にただただ気まぐれで中原さんが困りそうなことを云っただけに過ぎない。高価なブランドの希少な新作の実用的な鞄を、普段は気の抜けた炭酸のような苗字さんが大きな仕事を一つ片付けた褒美として与えるか否か。そうやって中原さんが困惑すれば、苗字さんとしては満足なのだ。
「中原さんが苗字さんにブランド物の鞄を強請られたのはいつですか」
「……もう三日も前になるか?」
「でしたら十分だと思いますよ」
 中原さんが苗字さんの発言で三日間困惑したのなら、ブランド物の鞄を三つ贈られるよりも価値がある事だ。
 苗字さんはそういう女性である。
 苗字さんが僕にブランド物の鞄を強請るとすれば、新作なんて指定はしない。色も形も、ましてやブランドの指定もないだろう。そこに苗字さんが求めているものは、僕が苗字さんにどんな鞄を贈るか思惑することである。
 全く以って意味不明、と顔に書いてあった中原さんに説明したが、またもや全く以って意味不明、という具合の表情になってしまった。
「面倒くせえ女だな」
「部下でしょう。可愛がってくださいね」
「よく手前は太宰といい苗字といい面倒なやつの下で働いてきたもんだ」
 まるで犬だな、と笑う中原さん。
 どっちが犬なんだか。云えばまたギャンギャン吠えるだろうから、此れは僕の胸に仕舞っておくとする。

20160926
ALICE+