太宰さんが消息を絶って二週間が経った頃。
 太宰さんの下についていた者は首領からの命により、ミミックとの抗争で手薄になった各部署へ移動となった。ただ、僕と苗字さん、他数名は現状待機という状況である。
「ねえねえ、芥川君。珈琲にオレンジ風味のシロップは合うと思う?」
 苗字さんは呑気に珈琲店の新作型録を広げている。
 珈琲に疎い僕が適当な言葉をあぐねていると、苗字さんはまた自己の思考の海に沈んで往った。
 太宰さんのことを考え、鍛錬をし、空に浮かぶ雲を数え、偶の依頼で人を殺す。太宰さんに殴られることもなく罵声を浴びさせることもないこの二週間は、とても己が己でない気がしてならなかった。
 そろそろ鍛錬に往こうと腰を上げると、外套の裾を思い切り引っ張られる。身体がつんのめり、そのまま引きずられて細い身体に手繰られた。
「……苗字さん」
「久々に。最近していなかったでしょう。胎内回帰」
 苗字さんはそのまま僕の下腹部に額をグリグリと擦りつける。髪の毛は捻じれ、乱れていた。
「胎内回帰……」この行為に名前があったのか、と感心するが、そもそも僕には子宮が無い。
「苗字さん、お言葉ですが、僕の腹には子どもが宿るそれは有りません」
 苗字さんは顔を上げる。
「それなら創って」
 ぎょっとした。
 無理です。
「創って創って創って」
 駄々を捏ねる赤子が如く、僕の下腹部に再び頭を擦りつけ喚く。齢十八の男の下腹部に女性が濫りに頭を擦りつける行為が健全である筈がない。徐々に熱を孕む煩悩を羅生門で殺す。殺した煩悩を数える。そんな僕の気も知らずに、苗字さんは何が楽しいのか狂ったように笑っていた。
「苗字さん、いい加減に――」
 扉は突然開かれた。
「……何ヤッてんだ、手前等」
 御尤もです。中原さん。

2016.06.12
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