嗤ってもいいのだろうか。
 拠点のエレベーターで一緒になった芥川君が抱えていたのは大きな黒クマのぬいぐるみだった。
「芥川君何階?」
「苗字さんの往く処まで」
 その言葉に耳を疑ったが、まあ芥川君が云うのだからと10階の釦を押した。
 ……その抱えているクマといい、この男は甘えたい期なのだろうか。胎内回帰といい普段はわたしばかりが芥川君に甘えていたし、太宰さんなんか芥川君を殴る蹴る発砲するばかりだったので飢えているのかもしれない。誰が? 芥川君が。何に? 愛情に。……あはははは! あはは! オエッ!
「大丈夫ですか苗字さん」
 妄想に笑い過ぎて嘔吐きながら10階に到着し、芥川君に介抱されるようにエレベーターから転がり出た。
「何がそんなに面白かったんです?」
「いや、まあ、あの」
「なんです。歯切れが悪い」
「……そのクマなに?」
 芥川君はああ、これ? みたいな目で抱えているぬいぐるみを確認するが、存在を忘れるような大きさではないだろう。歯切れが悪いというか説明が足りないのは芥川君の方だ。
「中原さんから聞きました。苗字さんが大きな仕事を成功させたと」
「それ関係ある話?」
「其れで、このぬいぐるみを苗字さんに」
 要らない。えっ一寸待ってくれ。要らない。その大きなクマのぬいぐるみはわたしへの献上品だというの芥川君、というのはおそらく顔に出ていただろう。芥川君は「胎内回帰用ですよ。これにギュッと抱き着いてください」と続けた。 
 ははん。成程。然しそれならば猶更要らないのだ。
「芥川君にギュッとすればいいだけだから、要らない」
 芥川君の薄い眉毛の間がぐぐっと寄る。芥川君も大概顔に出やすい質だなあ。
「ひとりで買いに往ったの?」
「……否。妹と」
 首領直属の遊撃隊長でも流石に男ひとりでこのクマを持ち歩くのは恥ずかしいのだろうか。そういう一般的な感覚が備わっているんだなあと感心する。子供は日々成長している。然し、ああ、わたしも芥川君と銀ちゃんとお買い物往きたかったなあと思いを込めて、クマに両の手を占拠されている細腰に抱き着く。
「歩きにくいので放してください」
「胎内回帰から卒業しようとした芥川君への罰」
 罰、と繰り返す様に呟いた芥川君は思い出したように云った。
「苗字さん、また中原さんを揶揄ったでしょう」
「心当たりがあり過ぎて、何のことやら」
「内容はどれでも善いのですが、とばっちりの小言が僕にまで降りかかるので勘弁願いたい」
「日々の楽しみなのに」
「そんなに頻繁に……」
「それなら芥川君がわたしと遊んでよ……痛っ!」
 急に芥川君の歩調が止まり、わたしはつんのめる。どうしたのだと芥川君を見上げると、ここ一番の顔をしていた。芥川君のこの顔を見たのは、過去、太宰さんに罵られ暴行を受けていた時だ。わたしと遊ぶのはそんなに厭か。
「……判りました都合をつけますので日時は後程検討しましょう」
 一息で云い切った芥川君は、クマをわたしに押し付け、険しい顔でエレベーターに収まっていった。企画段階から芥川君との逢瀬は前途多難である。

20161016
ALICE+