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「久しぶりだね、虎丸くん」と言えば、虎丸くんは曖昧に笑った。
わたしはふゆっぺが運転する車に拾われて、円堂くんの教え子である神童くんと3人でホーリーロード決勝戦の会場に駆け付けた。足を負傷している神童くんを支えながら観客席の一番前で見たのは虎丸くんだった。
雷門中の勝利で決勝戦は幕を下ろし、わたしはようやくほっと一息つけた。
フィフスセクターの時代にピリオドが打たれた瞬間だった。
「まさか虎丸くんがフィクスセクターだったなんてね」
「賢い貴女のことだ。本当は知っていたんでしょう」
「ッあのねぇ!」
自分の口から出た声が思っていたよりも大きくて吃驚した。それから少し冷静になり口を閉ざした。
決勝戦後、わたしは聖帝――豪炎寺くんのもとを訪れた。目的は豪炎寺くんの隣の虎丸くんだった。
虎丸くん。わたしの彼氏。と、言ってもフィフスセクターが発足される少し前から彼との連絡は途絶えてしまっている。彼氏と言い切っていいのか、自信はない。
虎丸くんとの付き合いはイナズマジャパン時代からだったが、長期間連絡が取れないのはこれが初めてだった。人のことを翻弄するのが好きだった、ちょっと小生意気な虎丸くんのことだから、これもちょっとした意地悪で、もしかしたらその先に何かサプライズでもあるのかもしれないと期待した。そんなわたしはまったくもってバカヤロウであった。サプライズも連絡もなかった。訪れたのは虎丸くんのいない生活だけである。
自身がバカヤロウだと気付いたのと同時に、ブラウン管の中に面白メッシュに赤スーツの豪炎寺くんを見て「この男はきっとわたしの可愛い可愛い虎丸くんを盗ったんだろうな」と瞬間的に理解した。根拠はない。女の感だ。
しかし、こうしていざ豪炎寺くんを前にすると、わたしの口からは「おつかれさま」という言葉がするっと出て来た。盗られた、という当初のメラメラと燃えてひりつくような嫉妬心は微塵もない。豪炎寺君の事情を知ったわたしは、本当に、心の底から「おつかれさま」と思っていた。……もちろん、虎丸くんに対しても。
不思議なのは、虎丸くんを目の前にして、なんで連絡をくれなかったのだとかケータイまで変えてとかそんなにかっこよくスーツを着こなして世の女にいい顔してどうするのとか、とにかく不満と嫉妬心とが渦巻いて、ようやくこらえて出てくる言葉も皮肉めいた、それはそれは可愛いものではなかったことである。
わたしが大声を出してから言葉を紡がれず、訪れた彷徨う沈黙を打ち破ったのは虎丸くんだった。
「……すみません」
虎丸くんは謝罪をし、わたしの頭を撫でる。いつのまにかわたしの背なんかゆうに超え、男の身体になった虎丸くん。わたしに触れる手にはえっちな皮のグローブが嵌められている。それがなんだか気に食わなくて、乱暴に振り払うと奥の豪炎寺くんは可笑しそうに笑った。
「なによ」
「いや、すまない。虎丸は夕香を宥めるときもよくそうするんだ」
ねえ、豪炎寺くん。それは今言うことじゃないんじゃない? 夕香ちゃんね、見ました。見ましたよ。可愛いなあ、女子高生。虎丸くんも、そっか、そうだよね、夕香ちゃんみたいな可愛いくて若い女子高生がいいんでしょ。それに比べてわたしは虎丸くんよりおばさんで活力のなさそうな草臥れたOLで。夕香ちゃんみたいに小さくもないし細くもないし、可愛い夕香ちゃんの方が、なんて、だって、なんで、わたしはずっと、待ってたのに。
止まっていた時間と共に虎丸くんへの想いが溢れ出したらどうしようもなく愛しくなって、わたしはずっと虎丸くんのことを待っていたことを思い出した。
「虎丸、大丈夫だ。どうやら苗字も、嫉妬するくらいにはまだお前のことが好きらしい」
豪炎寺くんは事態を引っ掻き回すだけぐちゃぐちゃに混線させて、先程虎丸くんがしてくれたようにわたしの頭を撫でると、カツンカツンとヒールを鳴らして消えていった。
廊下に残されたわたしと虎丸くんの間には再び沈黙が訪れる。豪炎寺くんの足音が完全に消え去ると、虎丸くんの腕がこちらに伸びてきて、それからわたしを簡単に捕まえた。ぎゅうっと抱きしめられると、虎丸くんと離れていた時間が突きつけられる。虎丸くん、大きくなったなあ。
「名前さん、小さくなりましたか」
わたしは未だ怒っているのに、虎丸くんが嬉しそうに言うものだから「胸が?」と揶揄うように尋ねてやる。
「……そっちは、大きくなりましたか」
「確かめてみる?」
「それは是非、あ、いや、今は、そうじゃなくて」
虎丸くんはわたしを抱きしめたまま、ゴホンと咳払いをする。本当は顔を見ていいたいんですけど離したくないんですと言うものだから、許してしまう。虎丸くんには大概甘い。
「色々あったんです。名前さんを巻きこみたくなかった。連絡もせず、すみませんでした」
わたしを包んでしまうほど大きかった背中が、急にしゅんと小さくなった気がした。すみません、ごめんなさいと謝罪の言葉が降り注ぐ。
「それでも、俺を許してくれるなら、もう一回やり直させてください」
虎丸くんの真摯な言葉にぐらりと揺れる。わたしの答えなんか決まっているのに。考えてもみてよ。嫌いだったら、本当に嫌いだったらこんなところまでわざわざ来ないでしょう。ずるい、ずるい、ずるい! この男は本当にずるい! わたしのの心を知っているクセに、こうやって、こうやって。
「名前さん、すき」
……わたしもだよ。悔しいから、未だ口に出してはやらないけど。
背中に回した腕を、わたしはいっそう強くした。もう二度と置いて行かれないように。しっかりとこの男について行こうと、決意した。
20130412
20161107加筆訂正