嘗て私が善い医者で在った時、否、現在も善い医者であるのだが、如何せん当時より肩書が増えてしまったのだよ。未だ純粋に医療に携わっていた頃、私は今よりもうんと善い医者であった。そんな善い医者であった私にも拘わらず、国の命により、先の大戦に身を投じなければならなくなった。戦場は酷い有様だった。鉄と、焼けた肉の臭い。そんなものは直ぐに慣れた。神経が研ぎ澄まされ、兵は殺戮の獣と化した。敵も味方も関係ない。救える命があるのならば、救うべきが善い医者としての務めであった。敵も味方も関係ないが、他人と自分の命を天秤にかければ、救うべきは瞭然で、私は気が付けば荒野に佇む廃屋に居た。欠けた屋根から覗いたのは星。これが噂に聞く蜃気楼かと思った。天に幾千の星が見えたのだ。私は瓦礫が積まれたような階段を上り、誘われるように屋上に向かった。満天の星空。その星空に、戦場で助けられなかった子供の瞳を見た。焦点は定まっておらず、握られた手がどんどん緩まり冷えていく。半開きの口で、私に何を告げようとした? 「貴方は何故戦うの?」天から降って来たのかと思った。この蜃気楼の幻に誘われ、天から声が降って来たのかと思った。真っ青いジャンパースカート。何時、何処から現れたのか。私の隣には女が居た。兵士にも操縦士にも見えない井手達であった。「流れ弾が当たるかもしれない。中に入った方が善い」私は格好のつかない汚れた白衣を翻し、彼女を屋内へと勧めたが、彼女は荒野を背景に佇むだけだった。彼女の顔に影が落ちる。瞬間、本当に星が落ちて来たのかと思った。流星群。私は自分で思っていたよりも、死に滅入っていたのかもしれない。煙の無い空でさえ、どれほど見ていなかったか。流星群なんて、見えるわけがない。けれど、美しかった。そうとしか云いようのない美しさだった。「リンタロウ」「何だい、エリスちゃ……嗚呼、矢張り青もとてもよく似合うね」「……知ってる」あの時の、流星群が降った空のような青――彼女が着ていた青。「リンタロウがそうセッテイしてるから」私は、また故郷の日本で戦っているけど、後悔はありません。貴女はどうしているでしょうか。「リンタロウ、今日はあたしの表情のセッテイをしてくれないのね」只、何遍瞼を降ろしても、貴女の顔を思い出すことが出来ないのが心残りであります。
20161201