※劇場版緋色の幻影前に書いたもの
※トリップ
わたしは寒さに震えて目を覚ました。それもそのはずで、わたしは剥き出しのコンクリートに横たわっていた。両の手足は何かで縛られており起き上がることは叶わない。
「目が覚めたか」
もぞもぞと身体を動かしていると、上から降ってくる声。それはどこか聞き覚えのある声で、いやに耳に馴染む。この声の主がわたしにこんな仕打ちをしたのだろうか。その姿を確認しようと視線を上げ、わたしは息を飲む。
「ほ、本物の、幻影旅団……?」
これは夢なのだろうか。コンクリートに擦られる頬の冷たさは、幻なのだろうか。
▽△▽
「お前、なぜ俺たちが幻影旅団だと知っている? なぜ俺たちのアジトで眠りこけていた? なぜパクノダの能力でお前の記憶が読めない?」
幻影旅団団長、クロロ・ルシルフルが饒舌に話しかけてくる。わたしに。
黒い瞳は漫画と変わらず大きく、白い肌は陶器のように美しい。わたしは益々この状態が夢のような気がしてならなかった。
「おい聞いているのか」
「はいっ!」
「聞いているなら質問に答えろ」
質問に、と言われても、寧ろこちらが問いたいくらいなのだ。この状況は現実ですか、と。
「ささとするね。殺されたいのか」
「フェイタン、思ってたよりも小さ……ッ!」
しまった、と思った時にはもう遅い。フェイタンの怒りはその刃に注がれ、わたしの喉元に突きつけられていた。しまった。ついうっかり憧れの幻影旅団さんを前にしたら心の声が漏れてしまった!
「待って待って待ってくださいッ! 殺さないでッ! ひとつずつゆっくり丁寧に説明しますから!」
▽△▽
どうせ夢ならば、と「温かいお茶が飲みたい」と言ってみれば一回腕を回したフィンクスにぶん殴られた。強化系の拳は夢の中でも痛かったので、もう無茶なことはしませんと心に誓った。
「なぜ貴方たち幻影旅団を知っているかということなのですが、信じていただけるかわかりませんが、わたしが読んでいた漫画の登場人物なんです」
瞬間、わたしの頬を何かが掠めた。
「次は脳天を狙う」
「う、ううう嘘じゃありませんッ! わたしだってこんなの初めてで、今の状況が夢なんじゃないかと思っているんですから!」
わたしは頬に垂れる血を拭い、必死に弁明した。夢なら醒めてよ! クロロと目が合う。その光の入らない大きな瞳が何を考えているのか、何を見据えているのかはわからない。
「続けろ」
わからないが、続けろと言われれば話を続けることしか選択肢はないし、クロロが言えば他の旅団は閉口し拳を下ろした。
「寝て起きたら、こうなっていたんです。なのでどうやってここに来たのかは、わたしにはさっぱり……」
「フンッ!」
誰のものかわからない鼻息がわたしを威圧する。わたしは肩を震わせ、再び口を開いた。
「パクノダさんの能力でわたしの記憶が読めないのは、これはわたしの仮説ですが、この世界の人間ではないからではないでしょうか」
わたしが言い終えると、クロロは「なるほどな」と相槌を打ち、何か考えているようだった。クロロが考えている間、他の旅団は手持無沙汰のようで、わたしをどうしていたぶってやろうかと巡らせているようにしか見えなかった。
「団員の顔と能力まで把握しているようだが、ここにいる全員の名前を言えるか?」
クロロは口角を上げた。試されている。間違えられない。殺される。重なるプレッシャーに、口の中がもうカラカラだった。
「……まず貴方が幻影旅団団長のクロロ・ルシルフルさん。左から、パクノダさん、フェイタンさん、シャルナークさん、フィンクスさん、マチさん、コルトピさん、フランクリンさん、ボノレノフさん、ノブナガさん、ウヴォーギンさん、シズクさん、で合っていますか」
クロロは愉快そうに微笑んだ。
▽△▽
「クロロさん。団員ナンバー4番の方が見当たらないのですが、どちらに」
「4番は欠番だ」
ウヴォーギンさんとパクノダさんがいたので原作でいうと今はどの辺りなのだろうと思っていたが、4番が欠番ということはヒソカが旅団に入る前か。
「わたしを4番にしてくれませんか?」
「お前、本物の馬鹿だな」
緊張感はいくらか緩んだが、わたしが旅団の敵という疑いは未だ晴れ切ってはいない。この旅団のアジトから逃げられる保証もないし、彼らから逃げ切れる自身もない。例え逃げられたとしても、本当に漫画の世界ならば行く宛がない。それならば、旅団に身を置くのが一番安全だと踏んだのだ。
「クロロさんは今おいくつですか?」
「そういうことはわからないのか」
原作を知っているだけなのだ。パクノダさんみたいに人の気持ちや記憶が読めるわけではない。確か原作ではクロロさんは26歳だった。
「見たところ25歳くらいでしょうか?」
「今年で24だ」
「じゃあ2年です。2年後、わたしは貴方達の役に立てる自信があります。傍に置いておく価値はあると思います」
ヒソカは幻影旅団の4番を殺して、自分がその座についたと言っていた。それならば、わたしが4番になれば、ヒソカはわたしを殺すだろう。
「2年間、わたしの面倒を見てください。一宿一飯の御恩ならぬ738宿2214飯分のお礼はするつもりです」
一日三食計算なの、というパクノダが呟きが聞こえた。その分の働きはするつもりだ。
わたしが知っている未来は2年後。ヒソカが旅団に入ったのが2年以内、ということしか知らない。1年後、あるいは一月後、もしかしたら明日かもしれない。その間にどうにか現実に帰れればいいが、最悪の場合、わたしはヒソカに殺されるつもりだ。帰れないのならば、そうする他ない。しかし、わたしの決意にもクロロは頷いてくれる様子はなかった。
「……信用して頂けないのなら、この中で誰が一番最初に死ぬか、当ててみせましょうか?」
とんでもないことを口走ったのは、自分でもよぅくわかっていた。
▽△▽
わたしの身体は剥き出しのコンクリートからふかふかのベッドに移された。
とんでもないことを口走った後、ウヴォーギンさんにぶん殴られて肋骨が殆どイってしまったらしい。「死ぬなんてそんなことぬかすな」とぶん殴られた。殴られてからわたしの意識は白く飛んでいった。それが三日前。
目が覚めれば、マチさんが応急処置をしてくれたのだとパクノダさんが教えてくれた。パクノダさんは優しい。マチさんも優しい。
骨もくっついているのだろうか。念糸で補強されてるだけってことはマチさんもこの辺に居るのかな。
「正解」
「わたしの心、読めるんですか?」
「靄がかかってるみたいで読みにくいけど、名前が現れてからのことは見えるようになったわ」
「こっちに来てから……ってことですね」
「ウヴォーのやつがごめんなさいね。ちょっと熱いやつなのよ」
「知ってます。その件に関してはわたしにも非があるし」
こちらこそすみません、と謝れば、パクノダさんは真面目な顔をして「本当に私たちの未来が見えるの?」と尋ねてきた。
「今から2年後の、ちょっとの間だけです」
「2年後に旅団の中の誰か死ぬのね」
パクノダさんは悲しそうに顔を歪めたので、本当のことは言い難い。そもそも、言ってしまってもいいものだろうか。
「名前のことを疑ってるやつらもいるけど、私は信じてるわ」
「ありがとうございます」
「団長も」
「え?」
「足の甲、見える?」
わたしは上体を起こし、布団から足を出す。言われた足の甲を見てみれば、足の甲いっぱいに黒い蜘蛛が掘られていた。その蜘蛛の腹には「4」という数字。
「これ……」
「仲間の証よ。名前なら知っているかしら?」
4番。ヒソカの数字。わたしが知っている4番は、ヒソカだけ。
「パクノダさん。パクノダさんの能力で、自分の記憶を弾丸に込めて他人に見せることができますよね」
「そういうことも知っているのね」
「その能力で、わたしが死んだときに今から言うことを旅団の皆さんに打ちこんでくれませんか」
「名前が、死んだとき?」
「これが738宿2214飯分のお礼のひとつです。わたしが死ぬ時は、殺される時です。わたしを殺した人が、次の4番になります。頭の回る、長身の男です。あらゆる能力に長けた男。わたしの死を悲しむ人がいるかはわかりませんが、彼を快く迎えてください。旅団の、特にクロロさんの力になる日が来ます。でも彼を決して信用しないでください。彼は、まるで、ピエロ」
パクノダさんの瞳が揺れた。骨を繋ぐ念糸が震えた気がした。
20120221~29 連載
20161231 加筆修正