「るん、るるん、るん」
昼休み。お弁当を教室で食べてから、わたしは下手クソに冬の歌を口ずさんで階段を駆け上がる。登りつめて最上階。いつぞやから立ち入り禁止の文字が書かれたドアを押せば、屋上だ。
「さぶ」
びゅう、と抜けた風にぶるりと身震いをして、教室から連れてきたマフラーをぐるぐると首に巻きつける。ばたん、と慌てたようにドアが閉まれば、四ツ谷先輩と真ちゃんがわたしを見る。
「名前先輩!」
真ちゃんは大きな瞳を輝かせた。手に持っているのはおしるこ缶が2つ。その手は赤く悴んでいる。
「寒いね」
「ええ、雪でも降るんじゃないかってくらい寒いですよ。それなのに四ツ谷先輩てば、まだこんなところに居座って」
四ツ谷先輩。真ちゃんに名前を呼ばれた彼は機嫌が悪そうに指先が五つに分かれたハイソックスを纏った足で、真ちゃんのかわいらしい柔らかな髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。うわ……。そんな彼の手にもおしるこ缶が収まっている。
「名前先輩もおひとつどうぞ」
「ありがとう」
「夏はむさくるしいおしるこ缶も、冬になれば恋しくなりますね」
四ツ谷先輩に足蹴にされながらもわたしに笑顔を向け、おしるこ缶を差し出す。わたしは受け取る前にぎゅうと真ちゃんの悴んだ手を握った。真ちゃんの手はやっぱりキンキンに冷たかった。
「冷たいねえ」
「そりゃあもう昼休みの頭から居ますから」
「健気なんだ」
「弱みを握られているというか……何というか。名前先輩はなんでわざわざこんなところに? まさか名前先輩も弱みを……ッ!」
「そうだなあ、ううん、惚れた弱みというやつかなあ」
「エッ」
「……そんなことはないけど」
じゅるり。喉を抜ける小豆を煮た汁は、受け取った缶のぬくもりよりも随分冷えているような気がした。さすが昼休みの頭から外気にさらされていただけはある。
真ちゃんの百面相は面白い。それがここに来る理由のひとつでもあるが、それは言わない。
空き缶が飛んだ。
カコーンッ!
小気味よい音を立て、命中したのは真ちゃんの後頭部。缶を放ったのは四ツ谷先輩。
「無くなった」
「自分で捨ててくればいいじゃないですか! それにわざわざ投げなくてもっ!」
ぶつぶつ言いながらも真ちゃんは缶を握りしめ屋上を後にした。
「……四ツ谷先輩」
「なんだ」
「嘘ですよ」
「なァにが」
「惚れてるって」
「知ってるよ馬鹿野郎」
「四ツ谷先輩」
「だから、なんだ」
「わたし、卒業するんですよ」
「……そりゃァ、おめでとサン」
四ッ谷先輩からの祝辞に、ぐらぐらと脳が煮立ち始めた。
「目出度くなんて、ありません。もう、四ツ谷先輩の怪談も聞けませんよ。真ちゃんにも会えないし小町先生の腰も撫でられないしシナモ先生で遊ぶこともできません。四ツ谷先輩にも、いえ、四ツ谷先輩は――」
「そういえば……まだお前に語ってない怪談があったなぁ」
「え?」
「お前だけに聞かせてやるよ。ヒッヒッヒッ。さぁ、語ってあげましょう、貴方の為の怪談を」
なんて楽しそうな顔をするのだ、この先輩は。
「お了いは、言わないでくださいよ」
間もなくして、真ちゃんが帰ってくるだろう。そうしたら、また、この屋上に似合いな悲鳴が響くんだ。……真ちゃんからの餞はそれで十分か。
20120115
20170103 加筆修正