芥川君との逢瀬が叶わないまま、季節は巡る。

「都合をつけますので日時は後程検討しましょう」

 嘘吐き!
 わたしは芥川君に半ば押し付けられた黒いクマのぬいぐるみに足四の字固めを決めた。珍しく見上げる形になった上司の中原さんの顔がサッと青くなった。
「苗字手前仮にも女なんだから――」そう口を開く中原さんの説教が長くなることは知っている。それ程中原さんとの関係が深まったのか中原さんが浅い男なのかと尋ねられれば千呼万喚後者とせむ。芥川君が胎内回帰用に押し付けた黒いクマのぬいぐるみを抱き寄せ顔を埋めれば、中原さんのがなり声が少し遠のいた。

 芥川君と往きたい処は、例えば昼の観覧車。夜にしか往ったことが無いから。例えばぬいぐるみが並べられているファンシーショップ。銀ちゃんと往ったと云っていたから。例えば果樹園。横浜にも無花果の生る果樹園を調べた。昔、芥川君が好きだって云っていたから。
 正直、参る。溜息のひとつやふたつもでらぁな。わたしとて、こんなに芥川君のことを考えているのは癪なのだが、芥川君に遇えない間はどうも彼の事を考えなければならないような気がしている。考えなければ敗北なのである。誰にと尋ねられれば、最近芥川君の周りを歩く首領直属の遊撃隊だ。詰まるところ芥川君の部下であるのだが、どうもその中の華奢な女が特に、なんていうか、こう、その……ううん! ええいっ! なんだか上手く形容できないのだが、厭なのだ! 厭で、厭で、厭なのだ! 透ける金の髪の毛が、燦燦とわたしを融かすのだ!

「女らしさっていうのはなァ!」
 中原さんは尚、女性の美しさが何たるかを説いている。もうマフィアなんか辞めちゃって、コラムニストや評論家でもなってくれ。そうして、いつかワイドショーでコーナーでも持った方が幾分善い。
 わたしは鼓膜を侵食する中原さんの声を消すために、黒いクマの綿が弾け飛びそうな程抱いた。芥川君を想う。裂けそうな程、胸が痛んだ。


20170116
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