男は中原が尾崎を探しているという噂を聞いた。
「業者が尾崎さんに花を届けに来たらいしいのですが捕まらないそうで」
 男の部下にあたる坂口が告げた。
 尾崎に、花。男は暦を見る。――ああ、そうか。男の瞼の裏では火の粉が舞った。火の粉と共に、艶やかな黒髪が躍る。その先に、轟轟と燃える炎の中に佇む齢たった十四の少女の姿が在った。

「……知ったような顔ですね」
 男の耳に、坂口の声がいやに鮮明に届いた。ゆっくりと瞬きをすれば、眼前には変哲の無い職場だ。
「君が他人を気にするだなんて、珍しい」
 そう云う男の声は震えていた。坂口は敏く、男の瞳が潤んだのを見逃さなかった。踏み込んで聞いていいものだろうか。坂口は空白を持て余し、窓へ向く。窓の外からは中原の声が聞こえた。姐さん、姐さん、と尾崎の名前を繰り返している。中原は未だ尾崎を探しているらしい。

「休憩にしようか」
 男が云った。それから上等な茶葉に手を取る。
「そうですね」
 坂口は適当な相槌を打ち、紅茶に合うお茶請けを見繕い始めた。


201707xx
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