中原さんは頭から足先まで高級な男だ。首輪まで、おそらく高級。ギャンギャンとよく吠える。高級な犬。わたしの新しい上司である。
「センスはどうかと思いますけど」
「あ?」
「中原さんって、その髪型、どうなっているンですか? どこの美容院で、そんなヘンテコな頭になるというのです」
「手前なんぞに教える理由ねぇだろうが」
「エッ! そんなッ! 困ります! 教えていただかないと、うっかりわたしが揃いの美容院で、揃いの頭に成ってしまう可能性が有ります! 断固拒否! 教えていただかないと、困ります」
 中原さんの周りの地面が揺れる。壁が揺れ、やわなコンクリが浮きはじめる。
 中原さんの異能は重力を操作するものである。感情の起伏が激しい男で、ついうっかり異能を発動して彼方此方を破壊してしまうお茶目さんなのだ。わたしを含めた部下達は、こんな新米うっかり八兵衛の幹部に大変困っている。そして、芥川君と散り散りにされ、大好きなにおいを嗅げなくなったわたしの楽しみといえば、目下この男を揶揄い回すことであった。
「本当に手前はアイツに似て育ちやがって」
「師の教育の賜物でしょうね。嗚呼、師が中原さんではなくて善かった!」
「本ッ当に手前はよォ! 泣かすッ! 扱き倒して絶対泣かしてやるから覚悟してろよ!」
 中原さんは地団太を踏む。どこの三下か。やめてください。奇しくもこの組織の幹部に御座すのですから。でもあまり立派にならぬように。揶揄い甲斐がなくなってしまってはあんまりだ。
 しかし、弟子が師匠に似てしまうのは仕様の無いことなのである。わたしたちのような、生き死にの関わってくる仕事では猶更に思う。そう、仕様の無いことなのである。
 唇に触れる。
 あたたかい。
 あの時の芥川君の唇はひんやりとしていて、触れた瞬間に背骨に冷気が駆け抜けた。身体が凍り付いたのかと思った。
「昇給の捧呈を頂けるのですか」芥川君の瞳はつるんと、底の見えない闇に鈍く光った。
「あまり高価なものと、太宰さんは準備できないけど」
「では、此れで」
 胎内回帰と称し、芥川君のにおいを目一杯吸い込んでいた身体を、いとも容易く持ち上げられ、抱きしめられ、唇を奪われた。
 くっつけられた唇は冷たい。芥川君の手に触れれば、指さえも冷たくて、わたしばかりが熱を持っていることが恥ずかしく思えた。
 芥川君の瞼はぴったりと下ろされていて、長い睫毛が震えていた。唇を割られる。されるが儘になっていれば、芥川君の舌がぬるりと侵入してきた。温い。舌を絡められ、吸われ、上顎を擦られ、咥内をぐちゃぐちゃに犯された。
 気が済むまで咥内を貪った芥川君は、わたしの口から溢れた唾液を舐め取ると「了いです」と告げる。
「昇給祝い、確かに受け取りました」
 幼少から貧民街で育ち、人を殺す仕事をする十八歳の男の口付けがこれかと思うと、矢張り師匠の影響なのであろうかと、酸欠になりかけた脳で考える。師匠の影響かと思えば、まァ、仕様の無いことである。
 しかし、太宰さんに遇うことがあれば、叱っておかなくては。

2016.06.21
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