MEMO



サイト内の番外編SSやお話未満の置き場。たまに雑談。
*R18にはパスがかかってます。mainと同じです。
*男主名は、サイト内のデフォ名を使用しています。
2023/12/19 ▽ベックマンと不思議な花屋。

 一時期拍手お礼として置いていたベックマンの夢小説です。
 夢主は男よりの無性別。人間じゃなくて妖精みたいな存在です。
 完結していませんので注意。
 ◆

 @

 ベックマンは気づいたらそこにいた。
 周囲は闇に包まれ、しかし恐ろしさは感じない。どこか暖かみのある雰囲気を持っていた。
 そして、足元にはまるで道を示すように白い霧が立ちこめ、真っ直ぐと続いている。
 はて、自分は何かの能力にかかったのかと首を捻る。
 しかし、記憶を辿っても最後にシャンクスやヤソップたちと宴をして部屋に戻ったところまでしか行き着けない。
「ってことは夢か? これは」
 夢にしてはやけに意識がはっきりしている。しかも、一体なんの夢を見ているのか全くわからない。
「どうせ夢なら美女の一人や二人出てきてくれたっていいんだがな……」
 最後に島に着いたのはいつだったか。
 もう結構な時間、陸地を踏んでいない。
(まあ、スネイクが数日で次の島が見えるって言ってたしな)
 しかし、こんな夢を見ていては寝た気がしないだろうな、と見当違いな心配をしていた。
 夢ならいつか覚めるだろうと思っての余裕だ。
 自然と手の内にあった煙草に火をつけて口にくわえる。しかし、愛用のライフルがないのはどうにも落ち着かなかった。
「人間の方。お花はいかがですか?」
「ん?」
 まさか人の声がするとは思うまい。
 見下ろせば、ベックマンの腰ほどの背丈の少女が小さな手で花を抱えていた。
「お嬢ちゃん、ここで花を売ってるのか?」
「ええ。でも誰も貰って下さらないの。ここでならみんな喜んで受け取るって言って下さったのに……人間の方が来られたのは初めてだけれど……もしよかったらいかがですか?」
「すまないな。今、渡せるもんがないんだ」
 煙草はあるが、金銭は持ち合わせていなかった。
 夢の中なのだからそのぐらい都合よくいってもいいだろうに。
 ポケットを探って残念そうに肩を落としたベックマンに、少女はクスクスと笑って小さな手を差し出す。
「あら、お金はいらないわ。ただお花を配りたいだけですもの」
「そうなのか? それじゃあ受け取ろう」
 随分とちぐはぐな印象の子供だ。
 その容姿はまだあどけない少女であるのに、浮かべる表情や雰囲気は人離れした異質さを感じさせる。
 白い小花がたくさん連なったその花を受け取り、まじまじと見つめてその愛らしさに「綺麗だな」と呟く。
 すると、少女は「まあ! 嬉しい!」と頬を染めて満面の笑みを見せた。
「お花は綺麗で心が癒やされるでしょう? だから色んな方にこの幸せをお裾分けしたいの」
「だから無料で配ってるのか?」
「ええ。でもここの方たちはお花があんまりお好きじゃないみたい……誰も受け取って下さらないの」
 シュン、と沈む様子が不憫で、ベックマンはつい少女の頭を撫でた。
 ぱちりと大きな丸い瞳が瞬いた。その反応で、少女が大人からこういった扱いを受けないことが明白に分かる。
(それにしても一体なんの夢だこりゃ……真っ暗な空間で嬢ちゃんに花を貰うなんざ……)
 夢なのだから深く考えてもしょうがないか、と思いつつも首を捻るしかない。
「ふふ……こんな風に人間の方と触れるのは初めてです」
 くすぐったそうに笑う姿は年端も行かぬ少女らしいものだが、その発言にベックマンは引っかかる。
「人間の方ってのはどういうことだ? まるで嬢ちゃんが人じゃねぇみたいだな」
「あら? 知らないでここにいらっしゃったの? てっきり悪魔か誰かの関係者かと……」
 また奇妙な言葉が出てきた。
 悪魔だなんだとそれこそ夢物語の世界の話だ。
「私は花の精です。だから人とは違うんですよ」
「花の……?」
「ええ。人間の方と触れ合うには子供の姿が良いと聞いたのでこの格好をしたのですが。いけなかったかしら?」
「ってことは、本当の姿ではないのか?」
 少女の姿をしたものは、いとも簡単に頷いてみせる。
(こりゃまたよく作り込まれた夢だ……)
 頭が痛くなりそうだ。こういうのはお頭が好きだろうになぜ巻き込まれたのが俺なのだか、とベックマンは頭を抱えたくなった。
「本当はこちらの姿ですのよ」
 くるりと少女が回ってみせれば、思わずベックマンは煙草を取り落とした。
 白い霧の道に落ちた煙草は、そのままどこかに消えてしまう。
「お、お嬢ちゃんか……?」
「はい。と言っても私たちに性別という概念はありませんが……身体は人間の方の男性が近いかと」
 先ほどまで少女が居た場所には、ベックマンよりは頭一つ分ほど低い青年が立っていた。
 と言っても、真っ白なくるぶし丈のマーメイドワンピースを纏っているので、本人からの申告がなければ女性と見紛いそうなほどだが。
 真っ白な髪は腰の高さで緩くウェーブを描き、毛先にかけて薄緑色に染まっている。瞳も同じように緑色の暖かな色を持つ。
 女性のような柔らかな肢体はなく、どこまでもしなやかで華奢な身体は確かに男のものだが、清廉な空気の中にどこか色香を感じる。
 有り体に言えば、目を瞠るほどの美しさを兼ね備えた人物が現れたのだ。
 身体のラインを映し出したワンピースは、袖と裾がふわりと広がっていて、確かに花弁のように見える。
「……驚いたな……アンタ本当に人じゃないのか」
 見ただけで納得してしまうほどには、その美貌は人離れしていた。
「花の妖精なんです」
「だから花を配って?」
 そう問えば、彼はふるりと首を振る。
 ふわりと花のような微かな甘い香りが鼻に届く。
「いいえ。わざわざ花を配るなど私ぐらいなもの。人間だって、人だからと言って人間が大好きではないでしょう?」
「まあ、確かにな……」
 いまいち的外れな気もするが、確かにとも思える。
 まあ人であるベックマンには分からない次元の話だろう。
「わざわざこんな真っ暗で何もないところで花を配ってるのか?」
「ここは影の道なんです。普段はもっと悪魔や妖の方々がいらっしゃるんですが……今日は姿を見ませんね」
「あんたのお仲間か?」
「種族的にはちょっと違いますが……人からしたら同じようなものかもしれませんね」
 随分と適当なんだな、とベックマンは拍子抜けしてまた一本煙草を手にした。
 ふわふわしているのは雰囲気だけではないらしい。
 思考やら話し方やら、いかにも平和ぼけしたような脳天気さを感じる。
(花の妖精だっていうんだから、らしいと言えばらしいか)
 しかし、なんだってこんな夢を見るのか。
 まさか自分の好みはこんな美人だとでもいうのだろうか。
(どちらかというと柔らかな肉の付いた抱き心地のいい女が好きだったと思うんだがな……)
 まあ抱く目的以外で女と関わることはないので、やはり触れたときの質感にこだわってしまうのはしょうがないことだろう。
「ケホケホ……人間の方は不思議な煙を吐くのですね。もしよかったら他のお花もいかがですか?」
 そう言って青年が促すように手を広げて後方を示せば、小さな花屋が闇の中から浮き上がった。
 移動が出来るようにだろう。ワゴンの棚いっぱいにカラフルな花が積み込まれ、視界を華やかにする。
 花から香る自然な甘やかな香りは、普段香水ばかりに触れているベックマンには新鮮だった。
 パタパタとワゴンに駆け寄る青年の後を追い、ベックマンは煙草の火を消して足元ですり潰した。
「もしよければこの花をもらって下さいませんか?」
 差し出されたのは一本の白い花。
 香りが強く、ふわりと濃厚な甘さが広がる。
「人は花言葉というものを付けると聞いて勉強したんです。それが今の私の気持ちなので、受け取って頂ければ」
「すまないが、花言葉には詳しくなくてな。もしよかったらどんな意味があるのか教えて貰っても?」
 控えめに申し出れば、ぱちりと瞬く薄緑の瞳。
 そうして、真っ白な肌に僅かに血色が昇り、ぽそりと小さな口が告げる。
「その花はクチナシで、私は幸せです……と喜びを伝えるときに渡す花だと伺いました」
「幸せ……」
「花を受け取って貰えることは滅多になくて……たくさん花を育てても、いつも受け取って貰えずに枯れてしまうので。人間の方が来て下さって嬉しいです!」
 貴方にもこんな幸せが訪れますように、と青年がまた一つ花を差し出す。
 きっとその言葉通りの意味が込められた花なのだろう。
 手元にある三種類の花を見下ろして、ベックマンは目元を和らげる。
 たまにはこうして眺めるのも悪くない。
「花が嫌いな人間は、滅多にいないんじゃないか?」
「まあ! 本当ですか? ああ嬉しいです! 今日はなんて幸せな日なのでしょう!」
 くるくると喜びを表すように青年が回れば、その動きに応じて小さな白い花弁が頭上から降ってくる。
 出どころを探っても見つからない。
 花を受け取っただけでここまで喜ばれることはそうそうない。
 なんだか自分まで嬉しくなってくるほどのその喜びように、ベックマンは花を眺めたときのように心が和らぐのを感じた。
 変な夢だと思ってはいたが、不思議と楽しんでいる自分がいる。
 ふいに、ベックマンは己の身体の芯がどこかに引っ張られるような感覚を覚えた。
「あら、お別れの時間のようですね……」
 気づいたのはベックマンだけではなく、彼は寂しそうな儚い笑みを浮かべて別れを告げる。
 ベックマンは惜しい気持ちになって手を伸ばそうとしたが、自分の身体は思うように動かず、視界が黒く塗りつぶされた。
「さようなら、人間の方」
 真っ白な美しい青年の姿は一瞬で消えてしまい、最後にその鈴のような密やかな声だけがベックマンに届いた。

 ◇◇◇

 夢で嗅いだ花の匂いに誘われてベックマンは目を覚ました。
 ハッと飛び起きたが、いつもの自分の船室だ。
 枕元の煙草に手を伸ばし、煙を吐き出す。
 外は晴天。随分とまあ強い日差しが照らしている。
「結局なんの夢だったんだか……」
 クスクスと鈴の転がすような控えめな笑い声が耳の奥で蘇る。
 あれが夢だったとはとても思えないほどに鮮明に。
 煙草を一本吸い終えて、身支度を整えてから外に出た。
 甲板に出れば他の船員たちの姿が多く見える。そんな中、ベックマンも陽光を浴びながら大きく伸びをした。
「あ〜〜頭いてぇ……完全に二日酔いだなこりゃ……」
 いてて、と頭を押さえながら登場したシャンクスの姿に、ベックマンは相変わらずだなと苦笑と共に言葉を投げる。
「だからほどほどのところで止めろって言っただろう。お頭」
「んなこと言ってもよ〜。飲んでるときは気分最高なんだからしょうがないだろ、お?」
 気怠げな緩慢な動きで頭を上げたシャンクスは、ベックマンを見るやいなや二日酔いも忘れたように目を開き、ついで弾けるように笑い出した。
「わははは! なんだベック! いつの間に花なんか買い込んだんだお前!」
「はあ?」
「だっはは! そんな花びらだらけで凄むなって! いいじゃねーか! 花は綺麗だもんな!」
 相変わらず笑い転げるシャンクスは、数分もしないうちに「頭いてぇ」と蹲った。
 それを呆れた目で見下ろしたあと、ベックマンは自身の髪を梳いてみる。
「こりゃ……」
 髪に付着していたのだろう。己の手には小さな白い花弁があった。
「夢じゃ、なかったのか」
 刹那に訪れた胸のざわめきは、恐れか喜びか。
 その判断が付かぬうちに、小さな白い欠片は潮風によって遠く海の向こうへと飛び立った。

 
 A
 
 
「あら? またお会いできるなんて嬉しい」
 ――こんにちは、人間の方。
 闇の世界の中で、真っ白な美しい青年は微笑んでベックマンを出迎えた。
「あー、俺はまた来ちまったのか?」
「あら、ご自分で来られたわけではないのですね」
「気づいたらここにいてな」
 困ったもんだ、と思いつつも前回ので朝になれば目が覚めるとわかっているのでそう慌てることもない。
 それに――。
「ふふ、でも嬉しい。またお会いできないかと思ってましたの」
 朗らかに、そして随分と嬉しそうな様子で言われば、悪い気はしなかった。
 どこぞのご令嬢のように口元に手を当ててクスクスと微笑むと、裾の緩やかなウェーブがふわふわと揺れてベックマンの視界を楽しませる。
「花を見ててもいいか? どうせ起きるまでやることがねぇんだ」
「ぜひ見ていって下さい。お好きなものは持って帰って下さっても大丈夫ですよ」
 さあさあ、とその細い腕が促すので、ベックマンはゆっくりとした動きで小さなワゴンをぐるりと回る。
 その時にサッと周囲にも目を回してみたのだが、変わらず真っ暗でなにもないところだ。
 道だと思われる白い霧のような細い線だけがあちらこちらに続いている。
「今日も誰かに配ってたのか?」
「ええ。でもまた受け取って貰えませんでした・・・・・・」
 シュンと肩を落とす青年に倣うように、小さな白い花弁が力なくパラパラと彼の周囲を落ちる。
「そういえば名前を聞いてなかったな。俺はベン・ベックマン。あんたたち妖精にも名はあるのか?」
「ベックマンさん・・・・・・ええ、一応それぞれが形作る花の名の他に個人の識別名は存在します」
 ――私はアパルです。
 そう言って静かに胸に手を当てて僅かに頭を下げる仕草は優雅なものだ。
「アパルか・・・・・・いい名前だ」
「ふふ、ありがとうございます」
「ここには俺のような人間が来るのは稀だと言ってたが、アパルは一体誰に花を配ってるんだ?」
 たしか誰かからの助言でここで花を配っているような口ぶりだったが。
 前回の邂逅での言葉を思い返して訊けば、アパルは明るくした顔色でパッと両手を合わせて答える。
「悪魔の方に教えていただいたんです!」
「悪魔・・・・・・?」
「はい!」
 華やかな表情から出てくるには少々似合わない言葉だ。
(そりゃ妖精がいるんだから悪魔もいるか・・・・・・)
 そういえば前回も似たようなことを言ってたな、と普段の癖で煙草をくわえる。
 しかし、目の前のアパルのことを思い出し、火を付ける寸前で止めた。
「その悪魔がアンタにここなら花を受け取って貰えるって言ったのか?」
「はい!」
 ベックマンの知る悪魔という印象からはかけ離れた親切な奴だな、と僅かに疑問がよぎる。
「ですが、未だに受け取って貰えたことがなくて・・・・・・」
 寂しそうな笑みでワゴンを飾る花に目を向けるアパルに、ベックマンはつい「騙されてるんじゃないか」と口に出そうになった。
 しかし――。
「よっアパル! 今日もやってるか!」
「あ、ディアさん!」
 突然二人だけだった空間に、誰かの影が忍び寄った。
 若い男の声だ。
 ベックマンがちらりと目を配ると、そこにはベックマンの掌にのせられる程度の人型の何かが浮いていた。
 すいっと浮いていた男はそのまま差し出されたアパルの手に降り立ち、親しげに声をかけ始めた。
「今日は誰か受け取ってくれたか?」
「それが、今日もダメでした・・・・・・」
「そうか・・・・・・ここの連中は気のいい奴だけど警戒心が強いからな。まだお前のことを信じ切れねぇのかもな」
 腕を組み、男は神妙な顔で頷く。
 その背中には、真っ黒な羽根が生えていた。
「大丈夫です! このくらいじゃへこたれませんから。みなさんに信用して貰えるまで頑張ります!」
「おう、その意気だ! 頑張れよ!」
「はい! あ、そうだディアさん、今日もなにか花を持って帰って下さい」
「大事な花を俺にくれちまっていいのか?」
「ディアさんに貰って欲しいんです」
 片手で男の背丈とそう変わらないほどの一輪の花を取りだし、アパルは差しだした。
 男――ディアは全身で喜ぶようにその花を受け取る。
「じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」
「そうなんですか? ちょっと寂しいです」
 見るからに気落ちした様子のアパルに、ディアに心を許しているのがわかる。
「また様子を見に来るさ。アパル、影の道からは出るなよ? あんまり外と出入りするような奴をここの連中は信用しないからな」
「大丈夫ですよ。ちゃんとここにずっといますもん」
「そりゃよかった。じゃあまたな!」
「はい」
 ふわりとアパルの白く細い手から飛び立ったディア、そこにきて初めてベックマンのことを目に入れた。
 一目で人間だとわかると驚きに目を瞠ったものの、にやりと笑ってベックマンに近づく。
「兄ちゃん海賊か?」
「そうだが?」
「やっぱりな。荒事に関わる奴は魂の色でわかる」
 そこで一瞬、ディアは背後のアパルに目をやる。
「兄ちゃんもあれを狙ってんのか?」
「なに?」
 あれ、が差しているのがアパルのことだとすぐにわかった。さっきまでのアパルの前での好青年ぶりはどこへやら。不快な物言いに、ついベックマンの目元に力が入り剣呑な雰囲気を醸し出す。
「怖い顔したって無駄だぜ? あれは俺が先に目を付けてたんだ。横取りはダメだぜ」
「おい、一体どういう」
 自分の言いたいことだけ告げると、その小さな悪魔はすぐに姿を消した。
 ディアの去った暗闇を、ベックマンはじっと見つめ続けた。
「ベックマンさん? 怖い顔してどうしたんですか?」
「アパル、あれがさっき言ってたアンタにここで花を配るように言った悪魔か?」
 突然の問いに、アパルはきょとりと目を瞬かせながら「そうですよ?」と肯定を示す。
 そこにはディアを疑っている様子は微塵も見えない。
「あーなんだ・・・・・・人間の間じゃ、悪魔といや悪いもんて印象だからな。不思議に思っただけだ」
「確かに悪魔の方で悪いことをする方もいます・・・・・・でも、ディアさんはとっても親切な方なんです」
「そうか・・・・・・」
 その親切って言うのは、あんたを騙そうとしてるからじゃないのか、とはベックマンは訊けなかった。
 信頼しきったアパルに対し、ぽっと出のベックマンがあれは悪い奴だと言って信じるものは少ないだろう。
 何より、ここで忠告してもベックマンは最後までアパルとディアの関係を見届けられるわけではない。
 今更これを夢だと思ってもいないが、再びここに来られる保証はない。
 最後まで責任を取れないのなら、足を突っ込むべきではないだろう。
「そうだ、ベックマンは家族の方などはいらっしゃいますか?」
「家族? まあ、同じ船に乗ってる仲間ならいるが」
「もしよかったらこれを持って帰って下さいな」
 そう言って、アパルは大きな花束をベックマンに差し出す。
 アパルの細い両腕で抱えられる程度の大きなものだが、ベックマンが持つと一気に小さく見える。
「これはアヤメか?」
「アヤメをご存じなんですか? 似てるけど違うんです。こっちはカキツバタです」
 ベックマンが不意に漏らした言葉に感激の色を見せたアパルは、しなやかな指を伸ばし、紫色の花を指した。
「カキツバタ、か」
「この花の姿が、幸運を運ぶと言われるツバメの姿に似ているので幸福が来るという花言葉があって贈り物などによく選ばれるそうです」
「へぇ、そうなのか」
 どこかで見た覚えはあるが、そこまで深く知らなかったので素直にベックマンは感心して頷く。
 しかし、この花束とさきほど訊かれた家族の話題とでどう繋がってくるのかが分からない。
「これ、もしよかったらベックマンさんの大事な方に上げて下さい」
「俺の?」
「はい。私ほとんどここに一人なので、こうしてベックマンさんとお話しできるのすごく楽しいんです。前回はベックマンさんに花を贈ることが出来たので、今度はベックマンさんの周囲の方にも幸せを感じていただきたいな、と思いまして」
 こてりと首を傾げ、アパルはにこりと笑う。肩をきゅっとすぼめて照れ笑いのような笑みを浮かべられると、どうにもベックマンの胸がざわついた。
 つい、その柔らかそうな頬に手を伸ばし、そのままアパルの白い肌を撫でる。
「ありがとう。花なんて綺麗なもんとは縁のねぇ連中だが、喜ぶだろう」
「ふふ、そうだと嬉しいです」
 すりっとベックマンの厚い皮膚の手にすり寄って穏やかに笑うアパルに、ベックマンはくすぐったいような奇妙な感覚を覚える。
 一歩、アパルとの距離を詰めようかとしたとき、クンッと意識を引っ張られるような感覚が襲う。
(時間か・・・・・・)
 揺れる視界の中、アパルの表情が一転、寂しさの交じったものに変わる。
「気をつけて帰って下さいね」
 頷いたつもりだったが、果たしてアパルに伝わったのかはわからない。
 とにかく腕の中の花束だけは離さないようにと、包装の紙のかさつく音を聞きながら、ベックマンはスッと意識を委ねた。

 ◇◇◇

 随分と眩しい日差しによってベックマンは再び目を覚ました。
 バッと起き上がって慌てて手元を確認したが、ベッドのサイドデスクに花束を見つけ、脱力したようにベッドに身体を戻す。
「全員に配るのは無理だな・・・・・・」
 赤髪海賊団は四皇に名を連ねるシャンクス率いる海賊団。他の四皇たちほど大所帯ではないが、船員が少ないわけでもない。
 花束一つではまず船員には行き渡らないだろう。
 かと言ってベックマンの自室に飾ると、せっかく家族にと花をくれたアパルに申し訳ない。
「食堂なら、全員見るか」
 誰もが利用する場所なら、きっと大勢の目に入るだろう。
 そうと決まればベックマンは身支度を済ませ、花束片手に食堂へと向かった。
 とりあえず、この船の食事事情を仕切るルウに相談するか、とベックマンは煙草の煙を吐き出した。
「ルウ、ちょっと食堂に花を飾らせてくれねぇか」
 すでに忙しく動くコックたちの中、その中でも一際目立つ巨漢に声をかける。
 ルウは、すぐにいつもの陽気な笑みと共にベックマンを振り向く。
「おう、どうした急に」
「あーなんだ・・・・・・貰ったんだ」
 ルウは、こんな海の真ん中で花を? と思ったものの、陸地を離れたのはつい二日前。
 どうせ島にいるときに女に渡しそびれたか、それとも貰ったかどちらかだろうと当たりを付けた。
「野郎どもに倒されちゃいけねぇからな。入り口の端っこにでも置いとけよ」
「ああ、そうする・・・・・・花瓶なんてねぇよな?」
「それはねぇなぁ・・・・・・」
「だよな・・・・・わかった。忙しいときに悪かったな」
「気にすんな」
 カラカラと笑うルウに手を上げて返し、ベックマンは厨房を後にする。
 まだ人のいない食堂に立ち、どうするかと頭を捻る。
「次の島でちゃんとしたもんは買うとして・・・・・・今だけこれで我慢してくれ」
 昨晩空にした酒瓶を綺麗に洗い、そこに花を生けた。
 上品な花の美しさと、あまりに不釣り合いだが代わりになるものがないので致し方ない。
 紫のカキツバタの花に交じり、白い小花がいることでカキツバタの紫が更に強調して美しく見える。
 その小さな花は、よく見るとアパルの周囲を舞っていた花弁に似ている気がした。
「こっちがなんの花だか訊くの忘れてたな・・・・・・」
 ――次の機会があれば訊いてみるか。
 どうやって会えるのかも分からず。また会える保証もないくせに、次を想像して表情を緩ませるほどには、ベックマンはアパルとの密やかな時間を気に入っていた。


 
 

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