星屑に見入らされた女



 天蓋付きのベッドの中――。薄いレースで仕切られた柔らかな布団の中には、華奢な人影が二つ寄り添っていた。
「姉様・・・・・・」
 ハンコックが上体を起こし、そっと眠りつくもう一人の耳元で囁く。
 むずがって身じろぎしたもう一人――アパルは、僅かに瞼を開けてハンコックを視認した。
「ハンコック・・・・・・?」
「姉様、もう朝じゃ」
 ゆるりと起き上がったアパルが、目を擦りながら欠伸混じりに紡ぐ。
「ハンコック、二人のときはそんな風に呼ばないでって言っただろう?」
「ふふ、すまぬ。アパル」
 微笑と共に差し出された謝罪の言葉はひどく軽いもので、何故か「姉様」呼びを気に入っているハンコックは、何度言ってもこうして呼んでくるとアパルは半ば諦めていた。
 すでに装いを整えたハンコックとは裏腹に、アパルはシャツ一枚。
 しなやかな長い足を布団から出してベッドを抜けたが、背後からの視線にアパルは居心地悪そうに身を竦めた。
「ハンコック・・・・・・その、どうしていつもジロジロ見るの・・・・・・?」
「わらわが何をしようが何を見ようが勝手であろう?」
「そりゃ、そうだけれど・・・・・・何が楽しいのさ、男の身体なんて見て」
 嫌いだろうに、と告げるアパルの小さな声を拾い、ハンコックは笑いが漏れ出そうなのを抑えた。
 なぜ、この十年以上もの間、こうしてハンコックの傍にいながら全く自分の価値を理解しないのか。
 なぜ、自分を他の低俗な男たちと同列に数えるのか。
 あまりにも笑ってしまいそうなほどにこの男はハンコックを理解していない。
 男子禁制国家である女ヶ島。
 そこに唯一男として――否、男であることを隠して滞在している者。
 それがアパルだ。
 絹のように細く艶のある漆黒の髪はハンコックと同じように長く、碧眼の瞳は星空を閉じ込めたかのようなきらめきを宿す。
 女性と変わらぬほどに華奢な肉体はほっそりとしなやかで、そのおかげで十年以上もの間この島で暮らしているが、三姉妹とニョン婆をおいてバレたことはない。
 ハンコックと共に人離れした美しさをもつ男だが、アパルの方がどこか人形じみた無機物的な美しさを備えていた。
 それは、その異質なほどに目映く吸い込まれそうな瞳故か。血色のないガラスのような白磁の肌のせいか。
 それとも――何年経っても変わらぬその姿故か。
 初めのうちは女性であるハンコックと共に寝所を共にすることを拒んでいたが、今ではすっかり慣れたようだ。
 自らは男だから、とハンコックの身を心配するのだから当初は笑いがこみ上げたもの。
(どうして自分の心配をせぬのか・・・・・・)
 本当に憎らしいほど人を疑うことをせず、ハンコックがいつまでも純真無垢な少女のままだと思っている。
 さすがにまだ素肌を晒すことは抵抗があるようで、シャツをはだけさせながらハンコックをチラリと気にする素振りをするので、露わになった背中にツッと指を這わせた。
「ひゃぁッ!」
 ビクリと震えたアパルの身体は、すぐに力が抜けてへたり込む。
 驚いたように見開いた瞳を向けるアパルに、追い打ちをかけるようにまた指先で背中の真ん中に線を引く。
「あっ、んぅ・・・・・・」
 小さく身体を震わせながら自身の身体を抱いて縮こまる姿に、ハンコックの胸に情欲が湧きたつ。
 しかし、ハンコックはベッドの上で足を組み替え、「ほれ、早く着替えよ」と先を促した。
 そうすればアパルはほっとしたようにいそいそと着替えを始めるのだから、危機感のなさに些か腹が立つ。
(まだじゃ・・・・・・まだ触れてはならぬ)
 十年ぽっちの時間など、ハンコックの本気を思わせるにはこの男には足りない。
 男にとったらそんな時間は瞬きのごとく済んでしまう儚きもの。
 今、手を出したところできっと気の迷いだなんだと抵抗を示すだろう。そしてきっと、ハンコックの知らぬ間にどこぞへと姿を消すのだ。
 だから早まってはならない。
 この男が、自らの中の無垢な少女像から今のハンコックへと印象を上書きし、この気持ちを認めさせる。
 そのために、長い月日をかけているのだ。
 今のような悪戯で済ませられる小さな触れあいを重ね、当たり前を増やしていく。
「ハンコック? まだ部屋にいるの?」
「今日は外に出る予定はない。アパル、そなたもこちらに来い」
 未だベッドから出てこないハンコックを不思議そうにアパルが見る。
 その装いは、ハンコックや他の島民たちのような露出の多いものではなく、顔と手以外の全てを覆うような身体のラインのわかるワンピース。そして、どうにもならない胸元を隠すために腰丈までのポンチョを羽織る。
 身体が弱いと言うことで、周囲と変わった厚着も、城に閉じこもる理由も説明付けている。
「いいの? 部屋に閉じこもってばかりじゃ気が滅入るでしょう?」
「わらわが良いと言えば良いのじゃ。ほれ、早う来い」
 手を伸ばせば、そこにアパルの手が重ねられた。
 軽くその腕を引くだけで、あっという間にアパルの身体は倒れ込んでくる。ハンコックは大した衝撃もなく受け止め、ころりとベッドに転がった。
「今日は甘えたい気分なの? 珍しいね」
「余計なことは申すな。そのまま撫でておれば良い」
「はいはい」
 首を傾け、ハンコックがその肩口に額を寄せれば勝手なことを言うのですかさず黙らせれば、アパルはクスクスと笑みを押し殺した。
 ハンコックの方が頭一つ分ほど背丈があるせいで、身体を丸める姿勢は広いベッドといえど厳しいものもある。
 しかし、この時間にはかえられない。
「いつの間にかこんなに大きくなって・・・・・・みんなをまとめて、先頭に立って・・・・・・偉いね、ハンコック」
「ふん、あれから何年経ったと思っておる」
「出会ってから十七年、か・・・・・・結構経ったねぇ」
「そうじゃ。もうわらわもアパルに守られるだけの子供ではない」
「そうだね。こんなに綺麗な大人の女性になっちゃって・・・・・・」
 遠回しに告げたところで、真の意味では理解されない。
(こやつ・・・・・・やはり無理矢理ことに及ばねばならぬな)
 そうでもしなければ、この男は絶対にハンコックを少女の認識から成長させはしない。
 眼前に迫った白い肌に、ハンコックは唇を寄せて軽く吸い付いた。
 ぴくりと震える肌が、ハンコックの胸に充足感をもたらす。
(この男の細い肢体をわらわの手で余すところなく触れたい・・・・・・わらわの手で、その表情を変えたい)
 あの汚らしい世界貴族どもとは違う。
 ハンコックは、この男を己のアクセサリーにしたいのではない。
 ただ、人間へと堕落させたいのだ。

 ◇◇◇

 人攫いに浚われ、ハンコックは奴隷として四年間もの屈辱の日々を過ごした。
 そんな日々の中で唯一穏やかな時間が過ごせたのは、当時天竜人たちの所有物であったアパルと触れ合っているときだった。
 奴隷たちの中でもその男は異質だった。
 他の者のように首輪をはめられることもなく、烙印も押されてはいない。
 しかし、天竜人と同じような崇められるべき存在ではなく、ただそこに居るだけだった。
 痛めつけられた奴隷を見ては駆け寄り、手当を施す。
 それでも天竜人の反感を買うこともなく、アパルはそういう「物」だと認識されていた。
 奴隷たちは痛めつけられることはあっても天竜人たちからの認識は下々の民である。それ故に自分たちの勝手にして良いという考えだ。
 しかし、同じ所有物であってもアパルは違った。天竜人からすればお気に入りの宝石を見せびらかすのとなんら変わらない。
 奴らからすればアクセサリーなどの装飾品と同じ部類だった。
 だからこそ痛めつけることもしないし、ふらふらとそれが輝くまま好きなようにさせていた。
 きっと、アパル自身が天竜人に逆らうことも逃げ出すこともなかったのが大きかったのだろう、と後になってハンコックは思う。
 アパルは目の前に怪我をしたものがいれば必ず手当を施した。
 ハンコックやマリーゴールド、サンダーソニアにもそういった経緯で知り合ったのだ。
「少し、しみるからね」
 そう言って静かに手当だけを施し、また天竜人の隣に収まる姿を何度も見た。
「ごめんね、痛むかも」
 そう言って己の懐から出した包帯を、ハンコックの腕に巻いてくれた。
 最初はなぜお前だけ扱いが違うのかと憤りを表した。どうせ心の内で笑っているのだろう、と。
 ――ふざけるな! 情けは受けぬ!
 そう言って手を払いのけるハンコックを、アパルは下げた瞳で見つめ小さく謝罪の言葉を落とす。それでも、手当だけは済ませていった。
 何度も同じようなことがあれば、ハンコックだって手当を受けた方が己のためだとわかる。
 しかし、いくら手当をしたところでハンコックたちの肌から怪我がなくなることはない。
 無駄ではないかと吐き捨てれば、アパルは悔やむように表情を変え、噛みしめていた唇で紡いだ。
「この間だけは、彼らは近寄ってこないでしょう・・・・・・?」
「だから、無駄ではないと?」
「・・・・・・ごめんね」
 こんなことしか出来なくて・・・・・・。
 謝罪に続く言葉は容易に想像が付いた。
 その態度もハンコックを苛つかせる。
(なぜそなたが謝る・・・・・・己の安全は保証されているのだから手を出さずに見過ごしていればよいものを)
 ハンコックにとってアパルは得体の知れない男だった。
 理解できない別の生き物を見ているような気分で恐れすら抱いていた。
 それなのに――。
「気づいたらそなたの手を掴んで走っていたのだ・・・・・・」
 目の前で警戒心の欠片もなく寝息を立て始めたアパルの顔を見下ろしてハンコックは思い出す。
 周囲では炎と瓦礫が溢れ、奴隷たちが我先にと逃げ出していた。
 そんな中でもただぼんやりと炎の立ち上る様を見上げていたのがアパルだった。
 思わず立ち止まり、ハンコックは問うた。
「なぜお前は逃げない」
 ゆるりと星屑の瞳がハンコックを映す。次いで出たのは「早く行きなさい」と先を促す言葉。
 ギリッと己の握る拳が音を立てたのが分かった。
 いつもそうだった。
 この男は、いつも諦めた目で全てを見ていた。
 唯一感情の色を乗せるのが奴隷たちに手を差し伸べているとき。
「なぜ! 逃げぬのだ! この馬鹿者が!」
「ちょ、ちょっと、ハンコック!?」
 立ち尽くすその細い腕を取り、ハンコックは妹たちのもとに追いつく。
 背後では、未だに状況を理解していないアパルが目を白黒させながらされるがまま手を引かれていた。
 結局その後、共にマリージョアから逃げだし、この女ヶ島に連れてきたのだ。
「・・・・・・本当はあの時、死ぬつもりだったのだろう」
 ――あの炎に抱かれて。
 きっと全てを燃やすつもりだったのだろう。自らの瞳も、家族の目と一緒に。
 アパルの白い首を飾るネックレス。
 細身のシルバーのチェーンの先には、深い夜空を模したような小さな石がはまっている。
 それはアパルの妹の瞳だという。
 女ヶ島にきてしばらく経った頃にアパルが教えてくれた。
 特殊な瞳をもつアパルたち一族は、目をくり抜かれるとその瞳は宝石となり高値で取引がされる。
 肉体が死して初めてその瞳は石のように硬くなり加工が可能になるので、種族の乱獲が行われていた。
 そんな中、囚われた家族とともに天竜人に献上されたが、生きている姿も見ていたいという気まぐれにより死ぬことを許されなかったのがアパルだ。
 アパルが種族最後の生き残り。
 他の者はみな死に、その瞳だけが装飾として残されている。
 混乱のさなかで妹の形見を取り戻したあの日、アパルは家族とともに死ぬはずだった命を終わらせるつもりだったのだ。
 瞳を残さないためには炎で灰にするしかないから。
「妾を恨んでいるだろう。死に場所を奪い、自由を奪い、こうして閉じ込めている」
 なのに、アパルはハンコックの腕の中で寝息を立てるのだ。
 ハンコックよりも脆弱な身体のくせに、ハンコックたちの身体を気にかけ、未だ子供のように頬を撫で、髪を梳き、熱を分けるように抱きしめてくれる。
 生まれながらに戦士として育てられるこの島において、柔らかな母の愛とは無縁。
 常に強くあらねばならぬと思い、それをめざし憧れながら生きていたところをどん底に突き落とされた地獄の日々。
 しかし、その地獄でハンコックたちは初めての優しさというものに触れた。
 邪な気持ちのない触れあい、気遣いを感じさせる声と手つき。
 ただただ己の身を案じられることの心地よさ。
 地獄の中でもたらされるそれは、まるで麻薬のように奴隷たちの心に染みこみ、身体を支配していく。
 どれだけ拒絶しようとも抗えぬそれは、母から与えられるような無条件な受け入れ、愛に近いものだった。
 依存と言われたら確かにそれまで。
 だが、ハンコックは優しさを与えられるのなら誰でも良いわけではない。
 むしろ戦士にとって優しさを手向けられるなど恥のようなもの。
 それでも、アパルから差し出されたものならば受け入れられたのだ。
 下心もなにもなく、ただ純粋な――子を心配する親のようなその手だけが、ハンコックたちの僅かな光だった。
「許せ、アパル・・・・・・もうそなたを手放すことは出来ぬのだ」
 押し当てた薄い胸板からは、トクトクと鼓動が聞こえてくる。
 マリージョアにいた頃、抱きしめられたときに聞こえたこの音だけが、ハンコックたちの身体から強ばりを解くことが出来た。
「愚かな奴らめ・・・・・・」
 確かに殺して宝石にしてしまえば使い勝手がいいだろう。
 いくらでも自分好みに加工できる。
(石では、この音は聞けぬ・・・・・・この温もりは感じぬ・・・・・・)
 窓からさす光は未だ強く、眩しさを保っている。
 それらが天蓋から垂れる薄いレースに差し込めば、緩く室内をあたためる。
 男のくせにハンコックとそう変わらぬ細い肢体に抱きつき、この島の女帝は目を閉じた。
 ただ一つ、己が安らかに眠りに入れる場所で。

 
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 *読まなくて言い後書き*

 ハンコックが向けるのは、ルフィに対しては恋。男主に対しては愛・執着。
 このハンコックはどちらかしか選べないとなったら己の精神安定上失えない方(男主)を選ぶ。
 このあとルフィが女ヶ島に来てハンコックが恋はハリケーンし出すと、男主は自分に向けられていたハンコックの情を意外と心地よく思っていたことを自覚。
 そして、いい機会だからと三姉妹はもう大丈夫だなって勝手に出奔。
 だが航海術など持っていないので漂流して色んな所に流れつき、ハンコックたちとの地獄の鬼ごっこが始まる。
 天竜人は「こんなんだったらさっさと殺しとくんだったえ〜〜!!」ってなってるので、政府からの追っ手も加わって三つ巴状態。
 運良く麦わらの一味に拾われ展開くるかもしれない。
 最終的にはハンコックとくっつくけど、連れ帰られたら多分身体から囲われる。
 けど、さすがに女キャラ×男主で性描写は控えた方がいいだろうか、と。悩ましいところ・・・・・・。
 個人的に女×男での挿入絶対無理派閥の人間なので、ただただ美しい女に美しい男が溶かされるだけの話なんですがね。

 妹たち二人(マリーゴールドとサンダーソニア)は、閉じ込めるのは可哀想だけど一緒にいたいし、それなら仕方ないからってハンコック寄り思想での傍観者。
 サンダーソニアはPTSD発症すると男主いないと収まらない。ので実は居るだけでめちゃくちゃ精神安定剤になってる。

 書いてから、この設定ならフィッシャータイガーと関わり合ってもおかしくないのではと思ったけれど、あくまでハンコック夢なので。
 別ルートでタイヨウの海賊団に身を寄せるルートがあったかもしれない。
 そっちルートだとタイガーと恋人未満みたいな関係でわちゃわちゃしてるかもしれない。(なおその後の未来・・・・・・)