24日、水曜日。カレンダーのその日にバツをつける。昨日あんな顔ですっ飛んで来たジェシカは、今日は休みのようだ。無理もない、昨日の今日だ。
昨日の夜、ジェシカがあたしの元に泣きつきに来た時は何事かと思った。どうやら失踪事件については何一つ知らなかったらしく、知らないうちに自分が関わっているかと思うと怖くなったのだそうだ。あたしのところへも来たが、あの探偵、ジェシカのところにも行ったらしい。失踪事件より先にお人形さんのことを馬鹿にされたと泣いたのだから、手酷く言われたのだろう。
あたしは人形がしゃべるなんて信じているわけではないが、ジェシカがそう言うのだからきっとそうなのだろうとは思っている。あたし達相手にはぴくりともしないが、ジェシカ相手には表情が豊かだと言う。あたし達に心を開く相手がいるように、あの人形もジェシカにだけは心を開いているということだろう。
ジェシカがああだから、一度だけ、その人形を見に行ったことがある。確かに美しかったけれど、何だか不気味で好きにはなれなかった。何人か人形に心を奪われた人がいるらしいが、ジェシカはそんなもんじゃないと思った。彼女は心を奪われて狂わされたのではなく、恋をして狂わされた。たいていが神様のようだと上に見る彼を、恋の相手と同位置に見た。だから、人形は心を開いた。彼女を守りたいと考えたのだろう。
けれどあの人形、既視感がある。どこかで会った記憶があるのだ。幼い頃、あれと全く同じ目を見た気がする。あたしは褒められるくらいまめだったので、どこかに日記が残っているはずだ。
『青いひとみのお兄さん。あの人は青のよくにあう人。』思い出した。これだ、この人だ。もう30年も前になる。『たましいをとじこめるカメラ』そういえばそんな話もしたっけ。本当はあまり見せていいものでは無いけれど、特別に見せてあげようと言われてそれを見た。普通のと何ら変わらなかったから、子供ながらにあたしを怖がらせようとしているのだろうと思った。
懐かしさに浸っていると、彼の名前を見つけた。ジョゼフ・デソルニエーズ。ここだけ筆跡が違ったから、おそらく彼自身が書いたのだと思う。
あの様子じゃどうせ朝ごはんもまともに食べられていないだろうからと、サンドイッチを作ってバスケットに詰める。いざジェシカの家まで行くと、案の定彼女はちゃんと眠れていないようだった。普段は無いはずのくまができていた。おはようございますより先にごめんなさいを言われて、額をパチンと弾いた。こんなこと、なんてことないのだから。
あれからどうしたのかと聞くと、うちから帰った後は怖くて眠れなかったと言う。失踪した4人がすがりついてくる夢を見て、何度も目を覚ましたのだそうだ。助けを求めたくても、怖くてベッドからも出られない。ひたりと足を下ろした床から、8本の腕が生えてくるところを想像したら、もう何も出来なくなった。彼女はそう言って震えた。
あたしにはジェシカがとれほどの恐怖を味わっているか分からない。確かに怖いけれど、きっと想像している以上なのだろう。せめて元気づけてあげようと、ジョゼフという男について教えた。するとジェシカは、ぽかんと口を開けた。次には顔を覆った。
「それは……それは、あの人の名前…あの人がもし、本当にそのカメラを持っていたとしたら、」
その先は何も言わなかった。けれどもし本当にジェシカの言う通り、あの人形と会話ができて、動けるのだとしたら。かつ、カメラを持っているとしたら。
ジェシカは大急ぎで出て行った。あの人形の元に行ったのだろうと考えると、止めたくても止められなかった。