旅好きの父に愛想をつかした母は、この街を出るのだと言ってあたしの手を引いた。あたしはここほど素晴らしいところを知らなかったから、離れたくはなかったのだけれど、母はどうしてもと言った。聞き分けの悪かったあたしはその手を振りほどいて逃げて、迷子になったところにあの人が、ジョゼフが話しかけてきたのだ。
途方もなく美しくて、お話ができることを光栄に思った。神様みたいとは思ったけれど、神様はあたしに話しかけてくれるほど暇ではないことを知っていた。だからこそ対等な関係だと思って話ができたのかもしれない。
あたしとジョゼフはもう一度会う約束をした。もう一度会ってお話をしましょうと約束を取り付けたのだ。それをかなえるために、あたしはもう一度この街に戻ってきた。
ショーウィンドウの向こうにジョゼフはいなかった。代わりにあったのは写真機で、色あせた街を映写機のように映し出していた。これがもし、オーナーの言っていた魂を閉じ込めるカメラだとしたら。これで、失踪者4人の魂を閉じこめてしまったのだとしたら。考えたくはないけれど、知ってしまった以上それ以外の可能性は考えられなかった。
あたしが触れようとすると、すうっとそれは消えてしまった。けれど完全に消える直前、そこから生暖かい何かが顔に飛んだ。咄嗟に目をつむったけれど、若干入ってしまったみたいで眼球がちくちくとした。鉄臭さが届いてきてようやく、もしかしたらこれは血液かもしれないと気づいた。ゆっくりと目を開くと、目の前は青だった。
「ああ、ジェシカ……すまないね、そんなもの」
「ジョゼフ……?」
「ああ、そうだよ」
彼はあたしの顔をそっと手で拭った。きっと顔についた血を落としてくれたのだろう。「目に入らなかった?」「入ったけれど大丈夫、もう痛くないわ」「そう」そうは言っても心配そうな顔をするので、あたしは彼の体に腕を回す。安心させようという気が半分、ようやくその体に触れられるという下心が半分。ジョゼフはあたしを拒まなかった。
「君は温かいな」
「あなたが冷たすぎるのよ。大丈夫、今に温かくなるわ」
「うん、ありがとう、ジェシカ」
ジョゼフがあたしを抱き締める。まるで氷に取り憑かれているような感じがしたけれど、それならそれで、あたしが溶かせばいいだけの話なのだ。