美しい人形は、相変わらずそこにあった。ひんやりとした心地よい空気をまとい、薄く笑った口元はきゅっと閉じられていた。ああ、なんて美しい。どうやらあの女、ジェシカ・ブロウズは、美意識だけは確かなようだ。けれどそれだけ。あの女の価値は、私にとってたったそれだけなのだ。だってあの女は、愛しいこの人を奪い取った悪魔なのだから。
越してきた時から、あの女には好感が持てなかった。おしゃべりはやかましく、着ている服はいつも悪趣味。作る料理も淹れるお茶も不味くてたまらない。あんな女、可愛くもなんともないのに、可愛くて優しいからと惚れる男。本性はきっと腹黒い女だというのに、気立てがいいのは認めるけどねえと紫煙を吐く老婆。私の方が器用だというのに、あの子以上に器用な子は見たことがないと褒める喫茶店の女。みんな頭がおかしいとしか思えない。私はあの女以上に可愛くて、気立てが良くて、器用ないい女なのだ。
あの女は、そんないい女の私を殺した。じわじわと絞め殺して、蔑んだような目で笑うのだ。あなた、きれいよ、なんて具合に。悔しかった。絶対に許せなかった。だからせめて、女の大切なものを一つ奪ってしまおうと考えたのである。
ジェシカ・ブロウズは人形にご執心の虚妄女であることは知っていた。人目もはばからず、成立しているはずもない会話をするのだと言う。これだ、と確信した。これをあの女から奪えばいい。
女が帰った後にガラスの向こうを覗くと、あまりの美しさに息を飲んだ。絹糸のような髪、ひんやりと冷たい瞳。凛とした立ち姿に、薄く笑った口元。まるで神様みたい。そう思った時には、私は人形に取り憑かれていた。
あの女は毎日あの人の元へ通ったけれど、私も負けじとあと女の後に通った。あの女はくだらない毎日の話をしていたけれど、私は違う。私は毎日、あの人を褒め称えた。それだけの価値があの人にはあった。
あの人と会話はできなかったけれど、時々目が合ったと感じた。その時も大抵、美しく微笑んでいて、冷たい瞳はいつも優しかった。ああ、愛されている。私、まだ会話はできないけれど、美しいこの人に愛されている。もうジェシカ・ブロウズなんて敵ではなかった。
あの人の愛は私だけで結構。ジェシカは邪魔な女。そう考えた日から、何度あの子を頭の中でバラバラにしたか知れない。何度もバラバラにして、いつしか殺すことを考えた。死に顔が一番醜いのは絞首だと聞いたので、いつでも殺せるように、バッグにはロープを忍ばせた。

今日もジェシカはあの人の元へ訪れた。傷と服の心配と、あの人の照れた顔に喜んでいた。全く照れたようには見えなかったけれど、あの子は虚妄に捕われた女。照れているというのも嘘なのだ。ふん、と鼻で笑って、あの人の元を離れるのを見届ける。
こんにちは、美しいあなた。以前ジェシカが彼をそう呼んでいたのを聞いて腹が立った。先に彼をそう呼んだのは私、美しいひとは私のものなのに。今日も美しくていらっしゃるわ、と笑って、ジェシカを殺すことを伝えた。だってもういらないじゃない。あんなおしゃべり女なんて、あなたには相応しくないのだから。あの女より可愛い笑みを浮かべてその場を離れると、途端に生きた心地がしないような悪寒に襲われた。
なんて恐ろしい。私は今生きているのか死んでいるのかさえ分からない。ぎこちなく後ろを振り返ると、美しいあのひとが立っていた。いつもの冷たい空気は肌を刺すような、凍えそうなほどまで冷え切って、いつも薄く微笑んでいる口元は少しも笑っていなかった。怒りの瞳。それと目が合った時、恐ろしさのあまり私は気絶してしまった。
けれど、目は覚めた。私はまだ生きていたのだ。知らないところだったけれど、自分の目が覚めたことに安堵のため息をつく。次の瞬間、荒い感触が首に巻きついた。これは確かに、私が何度もジェシカを睨みながら握りしめていたロープの感触。もしかして、もしかして。
愛されていたのは私ではなく、ジェシカ。酸素を求めて喘ぐ私の姿は、なんと醜悪なことか。