ファントムNo.6
「アンタ、そいつが本当に泣かないと言えるのかい」
テンガロンの男が指差す、木漏れ日のベイビーを腕に抱いた母、エスメラルダ白石は顔を強張らせた。
何故かって?それは木漏れ日のベイビーが、ベイビーだったからに他ならない。ああ、誰が見たって、満場一致で。
きっとこのテンガロンは何もわかっちゃいないが、赤ちゃんは泣くのだ。如何様な状況、事態にあったって。何故なら、それが赤ちゃんの仕事だから。義務…ってやつ。生きる為のな。
ま、とにかくエスメラルダ白石は参っちまった。赤ちゃんが泣かないとは言えない。簡単にそんなことが言える奴はズブの素人ベイビーさ
だがこんな状況にあっちゃあ…
こんな、【なんとしても亡者の列車に乗り込まなくちゃならない。すし詰めの亡者たちに、一切の生気を気取られることなく】なんて状況にあっちゃあ、答えないわけにはいかない。「ええ、泣きませんとも!私の太陽、いえ、私たちの『未来』に泣き言なんてこれっぽっちもありませんことよ!」
よく言った!
「聞いたか野郎ども!こいつは賭けだ!俺はこの親子を乗せる。文句がある奴は降りろ。だが、もしこのベイビーが1デシベルでも声を上げたとき、俺は『責任』をとる。ケジメをつける!いいなッ!」
亡者たちの中にそれに応える者は居なかったが、列車の空気はテンガロンの「覚悟」を受け入れたようだった。分の良い賭けだったからかもしれない。責任はテンガロンにある。
じっとその様子を窺っていたエスメラルダ白石はそんな車内の空気を察すると、テンガロンの目を見て頷いた。ベイビーもテンガロンに向かって頷いた。利口なボウヤだ。
ゴトン…ガタン… ガタン……タン…ガタン、タン……タタン、タタン……
列車がいつもの調子に戻ったあと、窓際の座席で息をひそめるエスメラルダ白石は、木漏れ日のベイビーの小さな手を握り考えていた
「義務」「責任」「ロックンロール」
一体なんなのか……ってね。誰にもわからないさ。
「いいや、わかるぜ」
ハッとしてエスメラルダ白石は顔を上げた。傍らにそびえたテンガロンが外を見つめている。
「『責任』ってのはな、クレジットチップさ。俺に言わせりゃな。多く持つ奴ほど、いい思いをする権利があるんだ」
「あんたはその腕に大きな『責任』を抱えている。そしてあんたはそれを、俺たちの『未来』だと言い切った」
「俺は思ったのさ…『ロック』だとね。いや、感じたのさ。『ロックンロール』ってやつをね」
わかるような、わからないような。テンガロンの話は掴み所のないゴーストのように感じられたが、その裏にはしっかりとエスメラルダ白石を勇気付けるニュアンスがあった。
「感謝するわ。ありがとう、テンガロン」
「ヘンッ、よせよ。俺の話を聞いてたのか?」
2人とベイビーに安らかな笑顔が戻ったが、安心するのはまだ早い。
忘れちゃいけない事、ここは亡者の列車のド真ん中って事。
やつらは狙っているぜ。木漏れ日のベイビーが声を上げる瞬間を。
テンガロンが「義務」を果たす瞬間を。
列車は往く、闇の中を。
今にも掴みかかり、四肢をもぎ取らんとするファントムをかき分けて。
タタン、タタン
いくばくかの後、エスメラルダ白石はテンガロンの横顔を見上げて尋ねた
「あの…一体どうして、私たちを…」
テンガロンは俯いたまま答える。
「何故かって?それはあんたらがハ……いや、何でもねえさ。ヘヘッ!じゃあな、あばよ!」
そう言い残してテンガロンは、半分開いた窓から身を乗り出し、マントを翻しながら夜の闇へと消えていった。
全ての「責任」を置き去りにして。
何故かって?それはここがバ……いや、何でもねえさ。ヘヘッ!
〜A級犯罪者列伝〜
『密着!わしらみたいなもん!』
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