フォルトゥナータの絶望

 フォルトゥナータは絶望していた。
 アウブ・アーレンスバッハとその第一夫人を祖父母に持つフォルトゥナータは、本来であれば領主候補生であった。しかし、アーレンスバッハの後継者争いを避けるための悪しき慣習により、母は領主候補生から上級貴族に身分を落とし、そうして生まれたフォルトゥナータはしがないギーべの娘でしかなかった。
 次期アウブが派閥違いの第二夫人から出るのも面白くなかったが、これはフォルトゥナータが生まれるより前に政変により粛清された。だが、第一夫人には娘しかおらず、その娘は全員嫁いで領主候補生の座を降りている。そこで白羽の矢が立ったのが、第三夫人のゲオルギーネの息子、ヴォルフラムだった。
 第三夫人という身分の低さや、エーレンフェストという政変で上手く立ち回ったために順位を上げただけの、取るに足らない中領地という後ろ盾の弱さ。その全てがフォルトゥナータは気に入らなかった。

 フォルトゥナータの祖母である第一夫人はドレヴァンヒェル出身であり政変でも貢献度が高く、アーレンスバッハより上位の領地出身であるのにも関わらず、領主候補生が立たず第二・第三夫人派閥に劣勢を強いられている。そんなドレヴァンヒェル系貴族達にとってフォルトゥナータは希望の光であり、大切な姫君だった。
 フォルトゥナータの母であるチェレスティーナは派閥争いに消極的で、フォルトゥナータを過保護なまでに守ろうと家に閉じ込めようとした。けれど周囲はフォルトゥナータを放って置かなかったし、フォルトゥナータ自身も素直に守られる器ではなかった。

 転機は次期アウブだったヴォルフラムをはるか高みにようやく遠ざけた時だった。有力な領主候補生が不在となれば、自分が取り立てられるとフォルトゥナータも派閥の皆も疑わなかった。しかし、ゲオルギーネにはまだ未婚の娘がおり、その娘が領主候補生となってしまった。その娘こそ、憎きディートリンデである。頭の足りぬ不出来な娘であり、フォルトゥナータにとっては天敵だった。その天敵がフォルトゥナータが喉から手が出る程欲しい座を呆気なく掻っ攫って行ったのだ。心穏やかでいられるはずがない。
 さらにフォルトゥナータの受難は続く。第一夫人は不出来なディートリンデを次期アウブとすることに危機感を覚えた。すぐさま領主候補生を増やすため、養子縁組を試みる。当然フォルトゥナータにもお声がかかったが、なんと派閥争いを嫌う母が断固として反対したためにフォルトゥナータは領主候補生になることができなかった。まさかの伏兵であった。
 第一夫人はドレヴァンヒェルに嫁いだ娘の末娘(つまりは孫)のレティーツィアを養女とし、内々に次期アウブとした。けれど、第一夫人はおそらくゲオルギーネにはるか高みへと遠ざけられてしまう。フォルトゥナータは養母となる人物を失ったことにより、永久に領主候補生にはなれなくなった。この時のゲオルギーネとディートリンデによる嘲笑をフォルトゥナータは生涯忘れることはないだろう。

 ゆえに、フォルトゥナータは絶望のなか貴族院へ入学した。貴族院に入学してからは、ドレヴァンヒェルの領主候補生であるアドルフィーネが擁護し、フォルトゥナータの置かれる状況を共に憂いてくれた。フォルトゥナータはなんとか気持ちに区切りをつけて領主候補生となることを諦め、アドルフィーネがそうであったようにレティーツィアを擁護しようと決めた。


「来年はエーレンフェストよりヴィルフリート様とローゼマイン様がご入学なさるようです。文官見習いの上級貴族ハルトムートが随分熱心に情報収集をしていたようですが、エーレンフェストではね」

 そう告げたのはフォルトゥナータの側近の一人で、文官見習いのアスタナだ。アスタナはエーレンフェストを小馬鹿にしたように言う。確かに、ゲオルギーネの出身の、取るに足らない中領地だ。しかし、今はゲオルギーネの後ろ盾ではなくなった。フォルトゥナータの懸念を代弁したのはアスタナと同年の文官見習いであるエスティラだ。

「ビンデバルト伯爵が偽造した許可証を用いてエーレンフェストに侵入した挙句、領主の養女であらせられるローゼマイン様に危害を加えた一件。そして、ゲオルギーネ様とアウブ・エーレンフェストの母君であるヴェローニカ様が白の塔に幽閉となったことを考えれば、アーレンスバッハはエーレンフェストとの社交の出方を考えねばなりません」
「それに、次期アウブのヴィルフリート様とディートリンデ様はいとこに当たります。ディートリンデ様はきっと関わりを持たれることでしょう」

 補足したのは貴族院にも同行している筆頭側仕えのナタリアだ。エスティラとナタリアの意見はフォルトゥナータの懸念そのままだ。
 集めた情報によれば、ゲオルギーネは時期アウブと目されていたようだが、歳の離れた弟の現アウブ・エーレンフェストにその座を奪われ、かつてアーレンスバッハよりエーレンフェストに輿入れしたガブリエーレ様の縁故でアーレンスバッハへと嫁いでこられた。挙句、母を弟が陥れた。これらが由来して、ゲオルギーネにとって後ろ盾であるエーレンフェストだが、今はゲオルギーネの攻撃対象となっている。

「ディートリンデより先に接触して、エーレンフェストをこちら側に引き込みたいですけれど…。きっと警戒されてまともなお話し合いにはならないでしょうね」

 はぁ、とフォルトゥナータは重いため息をついた。
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