エーレンフェストとの社交

 貴族院は貴族の子女が貴族としての教育を受ける場であり、なおかつ社交の場だ。大領地アーレンスバッハとしての威厳を見せるべき領主候補生がアレでは、社交は大して期待できないだろう。フォルトゥナータは貴族院入学を機に、領地内の中立派閥や中央貴族、他領の貴族すらも味方につけて、ディートリンデの勢力を削ぐつもりで動いている。
 それもこれも、ゲオルギーネの暗躍のせいだ。第一夫人に続き、自身の夫でもあるアウブ・アーレンスバッハすら手にかけるとは末恐ろしい女である。アウブ・アーレンスバッハも病床に伏しながらも思う所はあるのか、先の領主会議で何かを王へ願ったという話を聞いた。

「ともかく、今年もディートリンデ様の後始末をしつつ、こちらへ引き込めるものは引き込んでいきましょう。エーレンフェストの内情も気になるところですし、ディートリンデ様の接触についても注視せねばなりません」
「あのお方も大人しくしてくだされば良いのですが…。今年も頭を痛めることになりそうですね」



 領主候補生が二人入学したことで、エーレンフェストは非常に活気付いたように見える。初日にはローゼマイン様を筆頭に、下級貴族までが髪を艶やかにして注目を集めていた。さらに、一年生は初日に全ての座学に合格を果たしているし、その他の学年でも優秀な成績を修めている。
 ローゼマイン様は髪に艶を出す《リンシャン》や、図書室の魔導具の主人となり、その座を賭けあのダンケルフェルガーに勝利したり、乗り込み型騎獣、パウリーネ先生のお茶会に招待されエグランティーヌ様とアナスタージウス王子と交流を持たれるなど、神殿長の務めのために早くに領地へ帰ってしまったというのに成果が凄まじい。
 対して我が領地はディートリンデがローゼマイン様を排した《いとこ同士のお茶会》を開くようで、早速恥を晒した。ヴィルフリート様も紋章付きのシュタープを考案するなど、流行を広げているようだが、その影響力は明らかに差がある。ローゼマイン様と交流すべきなのに、《いとこ》に拘り領地の利益を考えないディートリンデ様には困ったものである。

 ちなみに、エーレンフェストの内情は、こちらにお茶会を申し込んでくるのはガブリエーレ様が嫁いだ関係でいるアーレンスバッハ系の貴族で、《旧ヴェローニカ派》と呼ばれる派閥のようで、領主が母であるヴェローニカを失脚させた影響などにより勢力が削がれているようで、あまり有益な情報は得られなかった。

「出来ることなら、ローゼマイン様の側近とお茶会が出来たら良いのですけど」
「私はハルトムートと同じ講義があります。ハルトムートは文官として色々な領地の情報を集めているようですので、情報交換に乗る可能性は十分あると存じます。ただ、お茶会となると男の私ではお役に立てそうにありません」
「念のため打診をお願いします。建前としては初日のディートリンデの謝罪で十分でしょう」

 アスタナは橙色の瞳を陰らせて言う。上級貴族であるフォルトゥナータが社交をするなら同じ上級貴族が良いが、中々縁がない。アドルフィーネ様に頼んでローゼマイン様も招待したお茶会を開いてもらうのも良いが、肝心のローゼマイン様が領地へ戻られてしまったのでそれも難しい。
 アスタナにハルトムートとの接近を命じて、数日後、なんとか了承をもぎ取れたようだった。ローゼマイン様の側仕え見習いのブリュンヒルデとのお茶会が次の土の日に決まった。しかし、かなり警戒が強かったと聞く。旧ヴェローニカ派からは聞き出せなかった何かが、エーレンフェストで起きたのかもしれない。

「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
「フォルトゥナータ様に 命の神 エーヴィリーベの祝福を」

 フォルトゥナータより一学年上のブリュンヒルデに跪かれるのは少々落ち着かないが、こちらがより上位の領地なので仕方がない。フォルトゥナータは受けた祝福を返し、名乗る。

「わたくしはギーべ・エーデルシュタインの娘ですが、アウブ・アーレンスバッハの第一夫人の孫でもあるのです。ディートリンデ様とはいとこに当たる関係なのですよ」

 さも仲良しですよ、アーレンスバッハは安泰ですよ、と微笑んで見せる。一方でブリュンヒルデはフォルトゥナータが本来であれば領主候補生である出自に、驚いたようだった。書記を務めるハルトムートの瞳が、ギラリと真剣味を帯びたのが分かった。
 早速テーブルにつき、フォルトゥナータがお茶とお菓子に口をつけて、繊細なお茶会が始まった。

「本当はローゼマイン様に謝罪したかったのですけれど、神殿のお務めでいらっしゃらないでしょう?ですから、飛信の女神 オルドシュネーリになってくださる方を探しておりましたの」
「謝罪、ですか?」
「えぇ、本来であれば領主候補生であるディートリンデ様がすべきことなのですけど、時の神 ドレッファングーアの紡ぐ糸が重なり、従兄弟に会えた事は大きかったのでしょうね」

 周囲の教育不足などを責められるかと思ったが、ブリュンヒルデはお茶に口をつけただけだ。フォルトゥナータは先を続ける。

「貴族院入学前に、前ギーべ・ビンデバルドがエーレンフェストに侵入した挙句、ローゼマイン様に危害を加えたと。貴族院に入学なさってからは、ディートリンデ様が《いとこ同士》に拘ったせいで、ローゼマイン様にはご不快な思いをさせてしまいましたわ。たかが上流貴族のわたくしが申し上げることではないのですけれど、ローゼマイン様やエーレンフェストの皆様を思えばこそ、謝罪せねばといても立ってもいられなかったのです」

 フォルトゥナータが眉を下げる。フォルトゥナータはわずかに赤みがかった薄い茶髪に、若葉色の瞳で、とてもおっとりとして優しげな顔立ちをしている。そのため、内に激情を秘めている事はまずバレないし、むしろ庇護欲をそそる。
 ブリュンヒルデは流石に流されず、フォルトゥナータの気遣いに感謝し、飛信の女神 オルドシュネーリとなることを了承してくれた。これでお茶会の名目は果たされたが、当然ここからがお茶会の本番である。

「そういえば、今年のエーレンフェストは非常に活気付いていますね。髪の艶や座学だけでなく、乗り込み型騎獣に紋章付きのシュタープ、文官が使う紙、図書室の魔導具にダンケルフェルガーとのディッダー。あげればキリがありませんね」
「髪の艶や新しい紙はエーレンフェストの新しい産業なのです。領主候補生のお二人は大変仲がよろしく、共に領地のために様々なことに取り組んでおいでです」

 ブリュンヒルデの語る内容はこれまで文官たちが収集した情報と差がなく、領内で情報統制が行われていることが伺える。これ以上エーレンフェストの流行について触れても収穫はないだろうと、フォルトゥナータは話を変える。

「ローゼマイン様といえば、アナスタージウス王子とエグランティーヌ様の助言の女神 アンハルトゥングとなったと噂になっていますね」
「そうなのですか?」
「上位領地同士の社交がありますので。お二人ともローゼマイン様とのお茶会を終えて、随分変わられましたから」

 ブリュンヒルデは否定も肯定もせず、曖昧に話題を逸らした。王族や中央への関わりを上位領地にひけらかさないところは評価すべきだが、あまりに謙虚すぎるため裏があるのかと疑ってしまう。
 ブリュンヒルデはアーレンスバッハの菓子や女性の流行について尋ねてきたため、ランツェナーヴェとの国交や薄布について話して、お茶会は終了した。



「存外、得られる物が少なかったのが残念ですね」
「ブリュンヒルデもハルトムートも、かなり警戒していました。やはりエーレンフェストで何かがあったようですね」
「ええ。それに、白の塔に入られたヴェローニカ様はともかく、一度もガブリエーレ様やゲオルギーネ様について話題にならないのは、領地の交流を考えると不自然です」

 フォルトゥナータの言葉に付き添った文官見習いのアスタナと、筆頭側仕えを務めるナタリアが同意を示す。
 正直、落ち目でゲオルギーネ様に心を寄せるであろう旧ヴェローニカ派より、現在の主力派閥と交流を持ちたい。ゲオルギーネ様の様子や嫁いできた経緯から察するに、旧ヴェローニカ派の失脚のよりゲオルギーネ様は後ろ盾をなくしているし、アウブ・エーレンフェストと敵対している。
 アーレンスバッハもゲオルギーネ派と元第一夫人派で敵対しているため、エーレンフェスト主力派閥もとい、入学からわずかで王族にも影響力のあるローゼマイン様と友好関係にありたい。ディートリンデ様と従兄弟という関わりのあるヴィルフリート様より、養女であるローゼマイン様の方がより引き込みやすいと思ったのだが、中々優秀な側近で少ない収穫で終わってしまった。
 幸いにも、ブリュンヒルデとは再会の約束も出来たし、アスタナはハルトムートと交流を深められたようなので、ここから時間の許す限り口説き落とすことになるだろう。
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