イタチさんの2、3歩後ろをちまちまと歩いている。
当のイタチさんは何故隣に来ない?とでも言うかのようにこちらを伺ってきたが、彼が歩みを止めればわたしも歩みを止めた。これでは埒があかないと判断したのか、彼は困ったような、呆れたような顔とひとつため息を吐いて再び歩みを進めた。わたしはやはりその2、3歩後ろを歩いていく。

「イタチさん、緊張してお腹痛くなってきた」
「今朝からそればかりだな」
「だって…だって、わたし、大丈夫かな」

少しでも心を落ち着けるために胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。でも心臓はドクンドクンと大げさに脈を打っていて、このまま弾けて死んでしまうのではないかとすら思う。

「大丈夫だ。もうお前の話はよくしてあるし、父も母もサスケもお前を家族として迎え入れてくれるさ」

そうしてわたし達が向かう先は、イタチさんの生家である。いわゆる、婚約のご挨拶というものだ。



イタチさんと知り合ったのはわたしが暗部に入ってからで、その時の最初の班のメンバーに彼がいた。歳が近く色々とやりやすいだろうという事で先輩達は何かとわたしの面倒をイタチさんに任せていたようだ。しかしわたしのような名の知れていない小さな一族の人間でもうちは一族というのはよく知っていたし、中でもあのうちはフガクの息子で、格式が高く実力も兼ね揃えたうちはイタチというその人はなんだか遠い存在の人のようだった。
彼曰く「一目惚れ」だったそうだが(わたしはいまいちこれを信じていない)、確かにイタチさんはわたしをよく気にかけてくれた。任務で敵に襲われそうになった時には助けてくれたし、その後自分の不甲斐なさに落ち込んでいれば甘味処に連れて行って相談に乗ってくれた。その優しさや強さに惹かれないわけもなく、わたしはみるみるうちに遠い存在のその人を好きになってしまった。この恋が実る事がなくとも、ただずっと彼の側にいたいと考えた矢先。わたしはランクの高い任務で重傷を負い、その傷の深さと出血の量から流石にこれはもう自分は手遅れだと予感した。その時わたしは焼けるような喉の痛みを無視して、身体を抱えてくれていたイタチさんに言ったのだ。「貴方が好きでした。しあわせでした」これがわたしの最後の言葉になるはずであった。否、その場にいた誰しもがそう思ったはずだ。
しかしわたしは奇跡的に、本当に医者も驚くほどの奇跡的に、生き長らえてしまった。目を覚ますとベッドの側にはわたしの手を祈るように握るイタチさんがいて、わたしが起きたことに驚いたような顔をしてから、「俺も、お前が好きだ。愛している」と微笑んだ。わたしは己の最後のつもりで発した言葉を思い出しカッと顔に熱が集中し、もしかしてここは死後の世界で、天国というやつではないかと現実逃避をした事は秘密だ。



「あ、なまえ。やっと来たか」
「…サスケ、これからなまえはお前の義姉になるんだ。その口の聞き方はよせ」
「今さら良いだろ、別に。なまえもそんなの気にするタチじゃないし」
「またわかったような事を…」
「だって兄さん、こいつは俺と同期だ。それこそ付き合いは兄さんより長いし今さら義姉って言われてもな」
「サスケ、」
「あらイタチ、もう来てたのね。なまえちゃんいらっしゃい」
「あ…お邪魔しております。ほ、本日はお時間を頂きありがとうございます」
「ふふっ、そんなに固くならないでいいのよ?もう貴方達の事はわたしもあの人もわかっているわ」

玄関先でイタチさんとサスケが何やら話し込んでいるのをどこか遠目で眺めていると、ミコトさんの声が聞こえてハッとした。わたしは先に玄関に入っていたイタチの隣に並ぶと、慌てて小さくお辞儀をした。ぎこちないわたしの様子を見てミコトさんとイタチはどこか嬉しそうに笑い、サスケだけが如何にもこいつ大丈夫か?とでも言いたげな顔をしていた。

「じゃあ俺は任務だから。なまえ、うちの父さんは厳しいからヘマすんなよ」

サスケは意地の悪い笑みを浮かべてわたしに耳打ちをすると、ついさっき閉められたばかりの戸を開けてあっという間に家を出て行った。ああ、やっぱりフガクさんって厳しい人なのだろうか。わたしはうちはの人間ではないよそ者だし…。事前に話は通してあるとは言え、緊張するに決まっている。みるみる青ざめていくわたしを見たイタチさんはわたしの頭にそっと手を置いた。

「大丈夫だ。お前は俺が選んだんだからな」
「イタチさん…」
「だが、その赤い顔は俺以外の奴には見せてくれるな。勿論サスケにも、だ」

まるで照れたような顔をされて、わたしも胸がキュッと締め付けられるようだった。一連の会話が聞こえていたらしいミコトさんが「イタチも隅に置けないわねえ」と呟いた。



結果から言えば、挨拶は何事も無く順調に終わった。フガクさんは確かに見た目からはとても厳格なイメージが強いが、息子の幸せを心から願う父親に過ぎないとすぐにわかった。ミコトさんも先程まで何でもないように話していたが、イタチさんが「俺はみょうじなまえさんと結婚します」と言い切ったのを見て静かに涙を流していた。彼がどれだけこの家で大事に育てられ愛情を注がれているのかを実感した。
その後少しの歓談を経てわたしとイタチさんはうちは家を出た。来る前の緊張が嘘のように晴れやかな気分だ。

「良いご両親だったね」
「ああ、そう言ってもらえてよかった」
「イタチさんの小さい頃の写真、可愛かったなあ」
「…それは忘れてくれ。それと、」
「ん?」
「そろそろ“さん“付けはやめないか」
「あ……」

人通りの少ない路地で彼はぴたりと足を止めた。目を逸らそうとするわたしを逃すまいと両肩に手を置かれる。それから、熱を帯びた声で名前を呼ばれてくらくらしてしまいそうになった。

「なまえ、」
「イ、イタチ……?」
「…ああ、もう一度呼んでくれないか」
「イタチ…!」
「嬉しいものだな」

彼は顔を手で覆ってしまい表情こそ見えやしないが、耳が赤く染まっているのが目に入ってその珍しい姿にわたしまで顔が火照ってきてしまう。わたしたちは、これから夫婦になるのだ。その実感がじんわりと湧いてきて身体中を支配していくような感覚に陥った。

「ねえ、わたし今すごく幸せだなあって思った。イタチは幸せ?」
「ああ。…お前はあの日、俺に好きだと言ってくれた時に幸せだと言ったな。だがまだ始まったばかりだ。これからはもっと2人で幸せを築いていこう」
「うん…、うん」

わたしたちはそっと寄り添い合った。今度は独りよがりなものじゃなくて、ちゃんと一緒にこの気持ちを共有しよう。さっき彼が両親の前で言ってくれたみたいに、きっとわたしも貴方を幸せにするから。だからこれからも何があっても大丈夫だと、そう思えた。
警備任務中のサスケにくっ付いているところをバッチリ見られたのを知るのはまた少し先の話だ。