「せーいちぃ!頑張ってぇ〜!!」



夏休みに入り、学校に来ている生徒は限られている中、いつものように自分の名前を呼ぶ声にため息が出るのをぐっと堪えながらその声の方に顔を向け微笑んでみせる。

なんだってあの女は用事がないのに連日のようにテニスコートのフェンスに張り付いているのだろうか。テニスしている時くらい心を休ませて欲しいものだ。



「顔に出ているぞ、精市」



苦笑いしながら話しかけてきた柳に乾いた笑いしか返せずにいたら、柳もなんとなく心情を察してくれているのだろう、俺の肩をポンっと労わるように叩いたと思えばそのまま後輩指導をしに、ラケットで素振りをしている後輩たちの元へと行ってしまった。

すると入れ替わるようにきた仁王が俺の元へ来た。



「お前さんの”カノジョ”、どうにかならんか。そろそろ目障りなんじゃが」



この男は本当にそう思っているのか、目障りと言いつつその表情は緩い。大方俺の現状を楽しんでいるんだろう、性格の悪い男だ。



「悪いね。でも俺もそろそろ我慢の限界なんだ。夏休み明けに決行するけど、ちゃんと手筈は整っているんだろうね?失敗は許されないよ」


「そう怖い顔しなさんな。確実に落とすぜよ」



仁王はくつくつ笑い、一瞬目線を外したかと思うと颯爽と俺を通りすぎ、怒鳴り声が止まない真田の元へ向かう。見慣れた猫背をしばらく見守って自分は赤也の練習相手になろうかともじゃ頭を探し歩けば、視界の端に映る、最近では笑顔を見なくなってしまった彼女が。


追いかけようかとも思ったが、追いかけた所でなんて声をかけていいか分からないし、登野城に見られでもしたら桜田さんに負担がかかってしまうかもしれない。もどかしい現状に、遠くに行ってしまった彼女の姿に胸が痛くなる。


早く夏休みが明ければいい。少なくとも現状より何か変わる。だから、その為に自分に今できる最善の事をしよう。なんせ俺の為に立ち上がってくれた、信頼できる参謀と詐欺師がいる。彼らが動き出しているからには登野城、君には覚悟してもらうよ。







夏休みに入り、私は定期的に学校へと足を運んでいた。こんな炎天下の下、ずっとお花たちを放ってはおけない。それに枯れたら幸村くんも悲しんでしまう。


幸村くんとはあれからまともに話してないし、これからも仲が深まることはない。だから私はせめて幸村くんが好きな花を大切に育てる。


花に水をあげたら、借りていた本を返しにいこう。結局今の私の現状にとてもよく似ていたあの小説の結末は泣いてしまうものだった、いい意味で。それはちゃんと主人公の女の子が行動したからこその結末。私はどうだろう、もちろん物語と現実を比べるのは現実的ではない。

しかし自分の根性のなさにも嫌気がさす。そんな事思っても幸村くんと登野城さんが好き合っているのだから、私の出る幕はないけど。告白なんてしたらきっと困ってしまうのが目に見えている。だからこの思いはずっと秘めておこう。


ずっと考え事していたから、気づかなかったけど、いつの間にかテニスコート近くまできていた。無意識に彼を探し、その姿を見つけては頬を緩める。部長姿の彼も凛々しくて素敵だ。そんな風に思って見ていると仁王くんが不意にこちらを見たせいで、思いっきり視線がぶつかってしまった。


心臓が飛び上がり慌てて視線を逸らし、止まっていた足をまた動かす。心臓の忙しない動きはしばらく止みそうになかった。





おまけ

「桜田…?あんな所で何を…」
「もどかしいのぅ」
「…仁王」
「さぁて、夏休み明けが楽しみじゃき」