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新入生達の未来を確認し終えた後、咲希は変えるべき未来がいつなのかを特定する為に、事情を知っていて当事者でもある五条と行動を共にするようにしていた。未来はいつも断片的に脳内再生に再生され、全てが順番通りに視えるものではない。パズルのピースがランダムに渡されるような感覚のそれを、ある程度揃ったところで自分の中で組み立て、解釈していかなければいけない。その為沢山の未来を視て、情報を集めなければいけなかった。だから五条に事情を説明して、なるべく行動を共にする。という事は納得して貰ったのだが、一番効率の良い「じっと顔を見つめる」という方法は物の数分で五条が「こんなん俺が無理だわ落ち着かねぇ!」と、そこにちゃぶ台があったのならひっくり返されていたであろう剣幕で拒否してきた為断念したのだった。そうして五条と一緒に過ごすようになり、一週間が過ぎた頃事は動いた。

「問題です。実力のある呪術師に身辺警護してもらう子って、どんな子だ」
「あ?何だよいきなり」
「五条の未来を視てると、夏油と二人で女の子の警護をしてるっぽいんだよね」

用事がない限りは放課後や休日に一緒に過ごす事に決めていた二人は今、咲希が行きたいとリクエストした喫茶店に来ていた。五条は複雑な術式を扱っている為に脳が本能的に甘いものを求めるのか、咲希が「スイーツ食べたい」と言っても反対することなく、寧ろ自分も甘いものを注文していた。五条とスイーツ。その組み合わせを見ても、顔がいいからか違和感はない。けれど、五条の性格を知っている咲希にとってはその組み合わせは少し面白く、そして可愛くもあり、五条に気付かれないように携帯のカメラ機能を起動させ、シャッターをきった。シャッター音に反応した五条が顔を上げると、明らかに自分の方に向けられている携帯に気付き、「盗撮してんじゃねぇよ」と抗議の声を上げる。けれど、そんな五条にはお構いなしに笑ってみせる咲希に仕返しをする為携帯のカメラを向ければ、嬉々としてまだ手をつけてなかったケーキが乗った皿片手にポーズを取ってくる彼女。お前育ちの割にノリいいよな。と、笑いながら五条は写真を取った。

「え、何その邪気のない笑顔。初めて見たんだけど」

撮れた写真を確認しつつ保存ボタンを押した後に前を見やれば、ケーキの皿片手にポカンと口を開けて珍しい物を見た。という顔をした咲希がそこにいた。少しムカついた為、アホ面を撮ってやろうと思ったのだが、指を動かしたのがバレたのかキメ顔をされた為、また笑ってしまう。

「俺の笑顔はいつも邪気があるって事かよ」
「だって五条って人からかうの大好きじゃん」

咲希の的を得た返しに黙秘をしていれば、五条の携帯に彼女からメールが届いた。題名が「撮ったったー」となっている為、先程撮った写真が添付されている事がわかる。角砂糖が二つ入っている紅茶を一口飲み、「それで?」と咲希に先程まで話をしていた内容の続きを促した。

「呪詛師集団Qと、盤星教も絡んでて、女の子を殺そうとしてる」
「呪詛師と盤星教に狙われるって、そいつ何したんだよ」
「うーん、そこなんだよねぇ。盤星教って言ったら、天元様を崇拝してる団体じゃんね。二つの繋がりってなんだろう」
「天元様がいない方がいいQと、天元様を崇拝してる盤星教に狙われるって事は天元様関係なんじゃねぇの?」
「少女が消える事が双方狙いっていうことは、天元様の力の弱体化が関係してるって事になるだろうから…、まさか少女が星奬体とか?」

星奬体?何だよそれ。と口にする五条を他所に、咲希はそれなら全て辻褄が合うと、今まで視てきた未来の断片を脳内で整理し、情報を組み合わせていく。五条と夏油が警護をしていた少女が星奬体ならば、天元様を狙うQが少女を狙う事は必然的であるし、純粋に天元様を崇拝している盤星教が星奬体を疎ましく思うのも納得できる。という事はつまり、五条と夏油が任された任務は、星奬体の警護という事になる。それさえ解れば、後は星奬体を警護する任務を任される日を待てばいい。

「よっしゃー!これで謎解き終わったわ。今まで付き合ってくれてありがとうね」
「よくわかんねぇけど、良かったな」
「いや、ホント良かったよ。未来が視えてもどんな形で来るかわかんなきゃ防ぎようがないからさ。マジ感謝」

それに、五条とどっか出掛けんのも案外楽しかったし。と笑い飛ばせば、五条はぶっきらぼうな態度を見せている割に満更でもない様子だった。五条は「そうかよ」という短い言葉を紡いだだけだったが、声音は優しかった為咲希はくすりと笑いながら紅茶を口にし、手をつけていなかった二つ目のケーキにフォークを刺した。







**********






「夏油ー、今日夕飯付き合ってよ」

放課後、さぁ寮に戻ろうと皆が席を立ったタイミングで咲希が夏油に声を掛けた為、最近まで彼女と行動を共にしていた五条はピクリと反応する。「おいちょっと待て。俺の次は傑かよ」と言いつけてやりたい気持ちを抑え、二人を睨みつけてやるだけに留めた。五条のピリついた空気を察した夏油は、あからさまな態度に呆れつつ咲希の誘いに乗る。咲希が声を掛けてくるということは何か理由があると言うことは高専にいる者ならわかるはずだが?という意志を込めて五条と目を合わせる夏油だが、対して五条は思い切りそっぽを向いて教室の扉を目指し「硝子行くぞ!」と言い放った。五条の言葉を借りて言うのならば「寂しんぼかよ」が最適だなと思いつつ、笑うのを耐えていれば、横にいた咲希が笑いを堪える為に凄い顔をしていた為、夏油は彼女につられるように「ふはっ」吹き出す。そして、咲希も夏油につられて笑い出した。


一方の五条は二人の笑い声を背に、寮に続く廊下をズカズカとご機嫌ななめの様子で歩き、数歩後ろを歩く家入に愚痴を零していた。

「んだよアイツ、俺の次は傑かよ。クソビッチだな」
「そういうんじゃないってアンタもわかってるんじゃないの」
「わかってるよ!わかってるけど、ムカつくんだよ」
「そんなに気になるなら一緒に行けばいいじゃん」
「気になんてしてねぇし!」
「はぁーあ、男の嫉妬は見苦しいよ」

家入がため息混じり吐いた言葉に、五条は歩みを止めて「何で俺が嫉妬しなきゃいけねぇんだよ」と食いかかった所で、家入の携帯が着信を告げた為、彼女は逃げるように通話ボタンを押した。

『硝子ごめーん!今日私奢るからさー、五条も一緒に行こうって誘ってくれない?』
「わかってんねー。もうちょっと早ければ完璧だったんだけど」
『ごめんて!さっきの五条が面白すぎたのと、普通に今のは視えてなかったから』
「まー、面白かったけど。ほら、五条、咲希が一緒に行こうって」

家入の言葉に、今まで毛を逆立てて怒っていた狼がしゅんと尻尾を下ろして機嫌を直す姿に家入は呆れる。何でアンタまだ自分の気持ち自覚しないの?焦れったいなぁ。と思いつつも、夏油との賭けで三年後に二人が付き合うことに賭けている家入は口を閉ざした。着替え終わったら正門に集合ね。とだけ伝えて女子寮へと足を進める。
きっと咲希が夏油を夕食に誘ったのは、夏油に関する未来を視ておきたかったからなのだろう。咲希もよく頑張るなと関心しつつ、自分がもし彼女と同じ能力を持っていたとして、果たして自分は彼女と同じような行動を取るだろうかと考える。少し考えただけでも苦労が付き纏う人生だとわかる想像をかき消して、彼女の気苦労を労った。正義感が強いというのは、時に厄介だなと思う。見て見ぬふりをしても、誰にも責められない。それなのに彼女は「これは自分に与えられた責務だ」と言って枷を付けて、自分に与えられた役目から逃げようともしない。そんな人生を続けていて、彼女はいつか壊れてしまわないだろうか。源咲希という人物を頭に思い浮かべると、笑っている彼女が一番に思い浮かぶ。その事実にまだ大丈夫だと心を落ち着けつつ、これから彼女の様子を注視しようと心に決める。
服を着替え終えたところで自室の扉が叩かれ、家入は返事をして部屋を出たのだった。








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