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私の祖先は、日本三大妖怪の酒呑童子を倒したとされる源頼光公だと教えられた。とある古い資料曰く、源家は陰陽の才にも恵まれていたらしい。実際に源家の祖先達の中には数百年、もしくは千年に一度の頻度で未来を先読みすることができる者がいたという。そして、何百年かぶりに未来予知能力を持って生まれたのが咲希だった。五条家でも同じような例があったが、六眼無下限術式持ちの子が生まれたというくらいに源家にとっては大きな事件であり、源家の歴史に刻まれるほど喜ばしいことである。

能力に関してだが、自ら未来を読む事もあるが、大抵は突然未来が脳裏で再生され、自らの危機や身内の危険を知ることが多い。そんな才能に恵まれてしまった私は呪術師界隈では有名な存在となってしまい、家の人達からも源頼光公以来の天才などと言われ、それは蝶よ花よと育てられた。けれど、そんな私だけれど流石に一般常識は弁えているし、自分の周りにいる人達、つまり身の回りの世話をしてくれる人や仲の良い友人達には優しくしている。親しみを持って接している。それに、初対面ともなれば相手との距離を測るようにしてるし、顔色だって伺いながら話す。それなのに、この度私が喜ばしくも婚約者候補に選ばれたという五条家の嫡男のと五条悟は何だと言うのだろう。


「お父様、やっぱりこの前の婚約辞退することにするわ」


それが、この婚約の幸先を占った私が発した最初の一言だった。





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冒頭の通り発言をしたのは確かに自分だったのだが、そういえば呪術高専に入学するのはあと1週間先のことだったと思い出し、この時初めて「しくじった!」と自分を責めた。きっと五条家の嫡男のことだから、婚約者の候補なんていくらでもいるだろうし、相手を選んでいるのも本人ではないはずだ。だから1週間後に高専で彼と顔を合わせたとしてもお互い初対面なんだし問題は無い。そう言い聞かせるも、覗き見た未来では怪訝そうな表情を浮かべた五条悟が咲希を品定めするように見つめており、正直な所縁談を断った事がバレているのかバレていないのかわからない。くそう、あんな傍若無人に嫌われたら厄介なことこの上ないのに。せめて自分の記憶を消す事のできる術式を持って生まれたかった。ちくしょう。

そんな不安を抱えながら迎えた呪術高専入学日は、思っていたよりも平穏にその日を迎え、無事にその日を終えることが出来そうだった。
どうやら未来で覗き見た五条悟の怪訝そうな顔は、「源咲希?あぁ、あの未来予知能力持ちか」という、源家の者である私に対して品定めするためのものだったらしい。ただ、危なくも。「そういえば最近えんだ「せんせー!!私達の教室は何処ですかーーー?!」」五条悟の口から縁談のことを思い出すような発言が飛び出た時は、特急呪霊が目の前に突然現れた時と比にならないほど心臓がバクバクした。もっと言うなら過去1番心臓が早鐘を打った。そりゃあもう耳と心臓の場所が一緒になったのか!?って思うくらい。それに、こんな大きな声私の体から出たんだ、というくらいバカでかい声が出た。その声のデカさに驚いたからか、五条悟はそれ以降何も言うことがなかった。きっと同級生達には変な人認定されてしまっただろうが、ここで五条悟と険悪ムードになるよりもずっとマシだった。だってほら、御三家もとい五条家の嫡男と仲が悪いなんて知れたら周りから何言われるか分からないもの。先行きが不安だ。担任の先生の言葉を頭の片隅で聞きながら、ひたすらに今視ることのできる未来を見続けていた咲希だった。





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私の考える人生計画は幼い頃から変わらない。将来はカッコよくて優しくてそれなりに強くて頼りがいがあって、面倒見がよくて家庭的な旦那さんと、それはもう天使のように可愛い我が子を育てて、家族仲良く生活をしていく。それが昔からの夢であり目標だった。だから五条悟の許嫁候補に選ばれて、顔合わせの様子を先読みした時点で「顔はいいけどこんな人は嫌だ!」と頭を抱えた私は話が進んでしまう前に許嫁候補から辞退したのだ。ちなみに、まだ確定していない未来は視えない為、自分の将来の相手を知ることは出来ない。便利なようできちんと条件が揃わないと使えない縛りのある能力なのだ。


「カッコよくて優しくて?家庭的な男?お前夢見すぎだろ諦めろ」

教室で授業の合間の時間に硝子と話をしていれば、私の人生計画を横で聞いていたらしい五条が馬鹿にしたように私に現実を突きつける言葉を言い放った。全くその通りだと思ってるけど、夢を見ることくらいしたっていいじゃない。そう思いながら五条悟を下から軽く睨みつけてやる。ちなみに、入学したての頃こそ「五条悟と仲良くしなきゃ」と思っていたけど、彼と接しているうちに割と雑に会話をしていても嫌われることはないとわかった私は入学半年にして普通に五条悟とコミュニケーションを図ることが出来ていた。今思えばあんなに緊張することなかったなと、過去の自分にも教えてやりたい。


「だってこちとら未来予知能力持ち源頼光公と同じ術式持ちよ?それくらいワガママ言ってもいいじゃない」
「あーあ、源家のお嬢様は蝶よ花よと育てられたからこんなワガママになったんだな」
「ねぇわかってる?その言葉ブーメランだからね?今アンタ話しながら胸が痛かったでしょ?私知ってるかんね」
「「ブッ」」
「おい傑!!硝子!!笑ってんじゃねぇ!!!!!」
「いや、うん、これは笑うしかないよね。ッ、くはは…!」
「今の笑わないとか無理だから…っ、あははっ!」


硝子と夏油の笑いをこらえきれていない笑い声と、五条の怒号が教室内に響く中、咲希は始めて目にする同級生の姿に目を奪われた。

こんなに年相応に笑う夏油くん、初めて見たかも。

五条から顔を逸らし、楽しそうに腹を抱えて笑う彼は、今まで見た大人びた印象を払拭する程年相応の笑顔を見せていて、何だか新鮮だった。何となく人を寄りつけない雰囲気を纏っていて、だけど話してみると意外と普通で話しやすいし、冗談もちゃんと通じる。どうやら人をからかうことが好きなようで、そこはとても五条と似ていると思う。まぁ、だから2人は仲がいいんだろうけど。
五条に文句を言われ浮かび上がった涙を拭い談笑する夏油と、一瞬だけ目が合った。効果音を付けるなら、バチッという音が合うのだろう。そして、その一瞬で咲希の脳裏に断片的な彼の未来が流れ込んできた。

夏油くんが、暗い場所で1人立ち尽くしている。

周りを見れば地は赤く染められていて、彼の足元で倒れている人達が視えた。これは、本当に彼の未来なのだろうか。これが今、目の前で無邪気に笑っている同級生の未来だとでもいうのだろうか。
人が死ぬ未来は何度も視てきた。それを自分の手で、自分の指示で人を動かし未来を好転させてきた。けれど、呪詛師になる人の未来なんて初めて視た。
彼は一体、何をきっかけに呪詛師になってしまうのだろう。一瞬流れ込んできた未来は閉ざされ、今は視る事が出来ない。それならば、まだその未来は先の出来事なのだろう。咲希には今見た事を信じずなかったことすることも出来る。けれど、今まで沢山の未来を視てきた経験上これはきっと実際に起こる未来だ。だから、今回も咲希がその未来を未然に防がなければならない。その為にも、彼の事を知るしかない。そう思った咲希の行動は早かった。

まず、先の未来を見通せるように夏油と仲良くならなければいけない。いや、夏油と過ごす時間を長く取れるように、といった方が正しいか。咲希の未来予知能力は、先程のように意図せずいきなり未来が頭の中に入り込んで来る事がしばしばある為、なるべく接触時間は長く設けたいのだ。とりあえずその点に関しては任務が手っ取り早いので、学長に頼んで極力夏油と咲希が一緒に任務に行くようにしてもらった。これで1つ目のアプローチは完了だ。
そして、次のアプローチ。題して「〜友情〜victory大作戦」である。五条にこんな話をすればきっと「ネーミングセンスがクソすぎる」と哀れな者を見る目で見られそうだが、自覚しているだけ許して欲しい。それはさておき作戦の内容だが、これに関してはどうしても五条の助けが必要になる。けれど、何をきっかけに彼が呪詛師になるのかがわからないまま五条に「夏油くんが呪詛師になるかもしれない」と伝えてもきっと彼を混乱させてしまうだけだろう。それはよろしくない。最善策としては、夏油が何をきっかけに呪詛師になったのか、という理由を掴んでから五条に協力を仰いだ方がいい。

あー、それまでこの悩みを1人で抱えることになるのか。つらいな、しんどいな。夏油くんの運命私にかかってんじゃん。責任重大すぎ!誰か助けて!そう思っていたらついうっかり硝子にこの事を愚痴ってしまっていた。てへぺろ。でも大丈夫!硝子の事だから簡単に口外しないだろうし、「私一人じゃ頭パンクしちゃいそうだから、いい味方になってくれそうな人いたら教えてね」って言ってあるからもし口外したとしても頼れる人を選んで話すだろう。それが良い方向に転んでくれたなら願ったり叶ったりだ。それにしても、私はもっと自分が頭のキレるやつだと思っていたのに、ワンマンであまりいい働きが出来ないことに関してはポンコツだと思う。本当のできる人は、程よく人にタスクを振り分けて上手く事を運んでいく人だと私は勝手に思っている。けれどそれはそのタスクを誰が出来て誰が出来ないのかを把握出来ていないと成せないことである。うーん。いやでも本当に今回に関してはワンチャン夏油くんの頬に1発強力なビンタなり拳をお見舞いすれば彼を更生できる可能性だってまだゼロではないのだ。もしそれで彼が力を失ってしまったとしても…。ん?力を失う?あれ?それなら呪具なり私の術式使えば出来そうだな?
彼を説得、もしくは呪詛師にさせないようにする考えは何処へやら。実力行使の方法しか思いつかなくなった咲希は思考を放棄し、暫く夏油の様子を見るに徹したのであった。




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