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咲希から夏油が呪詛師になると聞いてから早1ヶ月が過ぎたけれど、それから特に夏油が変わってしまいそうなきっかけは特になく、ただ平穏な日常が過ぎていった。時折「やっぱアイツの間違いなんじゃねぇの」と思ってしまう事もあるけれど、聞いたところによると咲希の未来予知は百発百中。違う未来になる時は、咲希が違う未来になるよう事を運んだ時だけだというから信ぴょう性が高かった。だから今日も五条は咲希の言葉を信じ、何の予定も入っていない夏油を誘い街にくり出したのだ。

「傑、アイツから俺の事何か聞いてるか?」
「悟のことかい?特に聞いてないな」
「…あっそ」
「はは、嘘だよ。って言っても、咲希から話したんじゃなくて私が聞いたんだけどね」
「…何聞いたんだよ?」

てかいつの間に名前で呼ぶようになったんだよ!!
今にも噛みつきそうになってしまう気持ちを抑え、五条は頬杖をつきながら夏油をジト目で睨みつける。対して夏油は、そんな五条を至極おかしそうに、愉快そうに眺めながら口を開いた。ちなみに、五条が「アイツ」としか言っていないのに夏油が咲希のことを言っているとわかったのは、五条が普段から咲希の事を「おい」「お前」「アイツ」としか呼ばないからである。

「どうして悟との婚約を辞退したのかとか、その辺の話かな」
「!アイツはなんて言ってた?」
「父親から縁談の話が来た時、顔合わせの様子を先読みしたら悟の態度が酷かったらしくてね。自分の人生計画が崩れると思ったから断ったってさ」

確か咲希の好きなタイプは、優しくて頼りがいがあって家庭的で…そんな男性だっただろう?つまり、悟とは全然タイプが違ってわけだ。

菩薩のような胡散臭い笑みを浮かべながら、きっと心の中では腹を抱えながら五条のことを馬鹿にしているに違いない親友の姿に五条は怒りを覚える。
きっと普段の彼ならば、「ちょっとお前表出ろ」と言ってもれなく喧嘩を始めていただろう。けれど、この時の五条は違った。確かに怒ってはいるのだが、心の中では「こんな事怒ることでもないだろう」とわかっていた。そしてそれと同時に、ここで怒りを露わにしてしまえば、自分が彼女の事を「好きだ」と認めなければいけなくなるということもわかっていたのだ。

なんだ、怒らないのかい?と残念そうに肩を落とし、椅子の背もたれに背中をつける夏油。ここで五条が怒れば、どうして彼が怒っているのか、その理由についてからかって遊んでやろうと思っていたのに。そう残念がる夏油の正面に座る五条は、食後のデザートであるケーキに八つ当たりをするようにフォークをぶすりと刺し頬張っていた。きっと怒りを甘いもので中和させたいのだろう。

「そもそもアイツは理想高過ぎんだよ。そんな男どこ探してもいるわけねぇのに」
「理想に近い男ならいるだろ?それに、理想に近付こうと思えば近づける」

私の場合、後は家庭的な所を咲希に見せればイケる気がするよ。

そう言って笑う夏油は、自信に溢れていて楽しそうだった。そして、それが余計に五条の怒りを助長する。

「なわけねぇだろ!顔に関して言えば俺に勝るやつなんていねぇし、そもそも傑に負ける気はねぇよ」

声を荒らげ、怒りを隠すことなく夏油に噛み付いてきた五条。ついに五条の怒りは我慢できないところまで来てしまったらしい。思った通り簡単に怒りを露にした五条に、夏油は顔を横にそらして笑いつつ五条をからかい続ける。

「別に咲希は顔が1番だとは言ってないだろ?女性は一概に“優しい”男に弱いからな」

あからさまに“優しい”という言葉を強調した夏油。遠回しに、お前には優しさが足りないという嫌味を言われた五条は、「お前いい度胸だな、表出ろ!!」と言うために口を開け、腰を上げた。のだが。

「えっ、アンタらこんなオシャレなカフェで何やってんの?」

両手にブランドのロゴが入った袋を下げている咲希が五条の正面から歩いてきて、五条は口を閉ざした。「なんでお前がここに」と言いかけた所で、咲希が五条の眉間に人差し指をあててグリグリと円を描いて来たのでその指を無言で掴む。さっきまでの怒りは何処へやら。まるで頭に水をかけられたかのように大人しくなった五条は、大人しく腰を下ろした。

「皺すごいんだけど。アンタらまた喧嘩?全くよしなさいよね」
「今日のは傑が全面的に悪い」

何子供みたいなこと言ってんの。はい、詰めた詰めた。そう言って五条の横に腰を下ろした咲希は、テーブルの上に置いてあったメニューを手に取りしげしげと眺める。

「ここのパスタお勧めだよ」
「ホント?じゃあ今日はパスタにしようかなー」

ねぇ、2人は何頼んだの?美味しかった?と聞いてくる咲希に、2人は各々返事をする。本当にさっきまで一瞬即発だった雰囲気は何処へやら。密かに傍で見守っていた店員はハラハラしていたのだが、突如現れた救世主咲希に思わず心の中で合掌をしていた。

「ねぇ、2人ともまだ食べれる?私パフェも食べたいからちょっとピザ食べるの手伝ってくれると嬉しい」
「お前ホントよく食うな」

文句を言いながらも咲希のワガママに付き合ってくれる2人に礼を言いつつ、他愛もない話をしながらお腹を満たしていく。

「今日は硝子と一緒じゃないんだな」
「硝子は彼氏とデートだって。羨ましいよね。クリスマス近いし私も彼氏欲しい」
「へぇ。咲希も彼氏欲しいとか思うんだ」
「そりゃあ大抵の女の子だったらそう思うでしょ」

街歩きながらタイプの人探しちゃうし、任務の時なんか隙あらばイケメンを助けたい。あわよくばそこで恋に発展して欲しいって思ってるし。と下心を告白すれば、五条は呆れたように頬杖をつきジト目で咲希を眺めていた。現実を見ろ、現実を。と目が語っているので咲希は目を合わせないようにする。呪術師なんて大変な事をしていれば、現実逃避もしたくなる。本当は醜く歪んだ呪霊なんかよりも、綺麗に整ったイケメンのご尊顔をずっと眺めていたいのだ。

ご馳走様でした。と咲希が手を合わせた時、ちょうどいいタイミングで彼女の携帯電話が着信を知らせた。ディスプレイには、夜蛾先生と表示されている。きっと彼から着信があるということは急用の任務が入ったんだろう。

「はい、源です」
『休日にすまない源。悪いが戻ってこれるか?』
「5分以内には帰れますよ。どうしました?」
『特級呪霊案件だ。1度高専に戻り次第、すぐに向かって欲しい』
「わかりました。すぐ行きます」

通話を終えた咲希は腰を上げ、近くにいた店員にお釣りはいらないと言って万札を渡した。そして2人を見下ろし、手早く荷物を纏める。

「私は行くけど、2人はどうする?帰るなら一緒に送ってくけど」
「俺らも帰るか」
「あぁ。腹も膨れたしね」

了解。と言って咲希はいつもの様に腕を前方に伸ばし、2人がそれを掴む。それと同時に、3人を中心にして空間がぐにゃりとひしゃげた。
咲希は、自分が指定した場所に瞬時に移動することができる。これも彼女が使役している呪霊の能力である。今回のように急に召集が掛かった時の為に用意してある移動手段であり、この能力があることで呪術師が出払っている時には咲希に白羽の矢が立つ。最初の頃こそ、少し考えればわかることなのにも関わらず「こうなるなんて聞いてない!」と文句を言っていたが、最近では「私強いから仕方ないよね」と死んだ目で自分に言い聞かせていた。呪術師は常に不足している。しかも、特級呪術師は今の所咲希と九十九しかいないという状況だ。当然特級呪霊が現れれば派遣されるのは咲希の方だった。





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