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咲希が特級呪霊との戦いで心に深い傷を負ったあの日以降、五条が変わった。具体的に何が変わったのかと言えば、「めんどくせー」と顔に書いてあるような惰性的な姿勢が軽減され、授業の一環である体力強化のための走り込みにも比較的真面目な態度で挑むようになったのだ。それから、やたらと咲希に張り合うような態度を見せるようになった。にも関わらず、以前なら声を掛けた時にムスッとした顔でこちらに振り向いてきた五条が、「んだよ」と、発せられた言葉だけ拾えば冷たく思えるが、その表情や声音は今までと雲泥の差があると言っていいほど優しくなり咲希は思わずくらりと倒れそうになる錯覚に襲われた。
何故なら五条は顔だけ見れば国宝級イケメンと言っていいほどに整った顔立ちをしており、東京の街を歩けば数十メートル歩いただけでスカウトマンが飛びつくはずだ。そんな顔を持った五条に今まで「かっこいい」という感情を抱かなかったのは、今まで五条の咲希に対する態度が良くなかったことと、五条悟の性格はクズであるというレッテルを貼っていたからだった。けれど、咲希に対する態度が優しくなった今、今まであった「憎たらしいヤツ」という嫌悪感が払拭され、ただただ整いすぎたご尊顔を向けられるという状況に咲希は動揺していた。隣のヤツが眩しすぎるから私もサングラス掛けようかな。と思ってしまうほどに。
あとは、「次から特級相手する時は俺も行くからな」と五条に宣言された時は心底驚いた。五条が私の事を心配してくれているのはわかったけれど、正直ここまでとは思わなかった。それとも、ただ単に手早く格上の相手と戦って強くなりたいと思っているのか。…うん、そうだな、答えは確実に後者だ。全く五条からの気遣いや気持ちには気付かず、今日も今日とて咲希はいつも通り元気に登校をして、いつも通り同級生達との会話を楽しんでいた。

そんな彼女と、以前よりも明らかに咲希に対する態度や接し方、物腰が柔らかくなった五条を見て夏油は面白いなと思いつつもあり、同時に親友である五条に同情していた。
咲希は恋愛経験はあるだろうに、呪術師に囲まれて生活し、常に未来を視て人一倍に努力や苦労をしているからか、自分に対する好意にはてんで鈍感になっている。まだ中学生の頃は一般の学校に通っていたから、学校にいる間だけは普通の女の子としていられたはずだ。だが今はどうだろう。一家の大黒柱。呪術界の重鎮と言っても過言ではなく、呪霊や呪詛師、あらゆる物からの危険を未然に防ぐことができる唯一の存在。あまりにも大きすぎる責任を背負い、同時に恋愛も両立するなど難しい話だ。確かに彼女の頭に恋愛をするという考えはないのかもしれない。これは苦労するぞ五条。可哀想に。そう思いながら心の中で静かに手を合わせた。

「もしかしてあの子、アイツの態度の変化に気付いてないのかな」
「ちょうど私もその事について考えていたところだよ」

やっぱそう思うよね。うん。
隣に座る家入と件の2人を眺めて頷く。傍から見ればどう見ても五条の片想い。けれど咲希は五条の気持ちに気付かない。そして当の本人である五条も、きっとまた咲希が好きだということに気付いていない。今まで彼の整いすぎた端正な顔立ちや、御三家である五条家の嫡男という肩書きに群がってきていた女性ばかり見てきた五条は、女性に対してあまりいい思いを抱いていない。そう、つまり恋愛経験がないのだ。五条の場合についても、自分の気持ちに気づかない事は仕方ないことのように思えた。

「これは私達が協力してあげないと何年かかるかわからないね」
「逆にどんだけ掛かるかはちょっと気になるかも」
「賭けてみるかい?」
「いいねー。じゃあ私は3年で」
「じゃあ私は2年だ」

そう言って2人の知らないところで賭けを始めた夏油と家入。ちなみに賭けた物についてだが、この賭けが何年掛かるかわからないのでどちらが勝ったかわかった時に景品を決めることで決定した。そうして各々、自らの勝利の為2人の仲を程よく取り持つ事になったのだった。





2人が付き合うまでに2年は掛かるだろうと予想した夏油であるが、発展するきっかけがなければ事は動かないだろう。そう考えた彼は、少しだけ咲希にヒントを与え、背中を押すことにした。今のままではあまりにも五条が報われない。それは可哀想だと思ってのことだった。

「最近の悟、何か変わったと思わないかい?」
「五条が?…あー、確かにちょっと変わったかも」
「そうだよね。例えばー…」
「…?任務にやる気を出すようになったとか?」
「違うよ」

早速夏油が咲希と話し、上手い具合に五条の変化に気付かせようと誘導尋問のようなものまでしたのにも関わらず「突然どうしたんだろう」という気持ちを全面的に整った顔の上に貼り付けてくる咲希に夏油の顔が思わずスンッと真顔になった。菩薩のような笑みから転じて真顔になった夏油に、咲希はひくりと頬を引き攣らせる。やめてよその「さっきまで大爆笑してたのに急に真顔になる女性みたいなやつ」とは怖くて言えなかった。夏油を怒らせたら怖い。きっと怖い。

「最近の悟は咲希に優しくないか?」
「…まぁ言われてみれば前より優しくなったかも」
「だろう?」
「でもアイツ私のプリン勝手に食べたりとかそういう意地悪も増えたよ?」

お前なに好きな子を虐める小学生みたいなことやってんだコラ。
咄嗟に寮の冷蔵庫の中に「咲希の。食べるな五条」とデカデカと書かれてあったプリンを思い出した。しかも、パッケージに書いたのではなくわざわざルーズリーフの切れ端を貼ってあったものだ。アイツあれを食べたのか…。もういいこの話題はやめておこう。頭が痛い。

「何で悟が任務にやる気を出すようになったかは聞いた?」
「早く特級になって私と並びたいからって言ってた」
「へぇ。私には違う事を言ってたけどね?」

夏油の言葉に反応するように顔を上げた咲希。なるほど興味はあるわけだ。そうわかっただけでも収穫だと思いながら、更に餌を撒くため言葉を投げ掛ける。

「咲希にだけ負担を掛けるのは嫌だと言っていたよ」

悟は咲希のことを凄く心配しているようだね。と言えば、咲希は何やら考えを巡らせているようだった。「どうして五条がそんなに私の事を心配してくれているんだろう」と、少しは自意識過剰に考えてくれていればいいのだが、こと恋愛に関してまるで頭にない咲希は違う事を考えているのだろう。

「…別に、私だけ負担を背負ってるとかそう思ったことはないよ。けど、私だけ強くてもダメなんだなっていうのは、痛感してるところ」

真面目な表情で何処か一点を見詰めていた咲希が、不意に夏油を見上げる。その瞳には曇りがなく、意志の強い光を持っているように見えた。

「だから、五条と夏油には一緒に特級になって欲しいんだよね」
「言われなくても、その内なってみせるさ」
「出来れば五条よりも先か、同じくらいになって欲しいんだけど、出来そう?」
「…五条家の嫡男と同じ成長スピードだと思って貰えるとは光栄だね」
「夏油には期待してるもの!そうなってくれればとっても助かるって天のお告げが言ってるんだよね」

よろしく頼んだよ。と、親指を立てて楽しそうに笑う咲希を見て、夏油は諦めたように笑った。守りたくなるけれど、強いから守らせて貰えない。寧ろ自分が彼女による恩恵を授かってしまう。そんな所に五条は歯痒さを感じ、どうしても自分が守ってあげたいと、そう思ってしまうのだろう。こればかりは五条の気持ちに深く共感する。それと同時に、もうこれ以上彼の事を意識させるのは現時点では無理だと諦めた夏油だった。








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