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時は過ぎ、源家では一年の内最も忙しい正月が訪れた。何故なら咲希の実家は神社を営んでおり、県内では随一と言っていいほどの参拝者が毎年訪れることで有名な場所だからである。
咲希は主に御判行事を行うことになっており、1月1日から1月7日までその役目をこなした。その傍らで呪術師界隈の上層部から呼び出しを受け、今年一年がどういう年になるかを占い、報告するという毎年の役目を果たす。決して休みとは言えず、仕事をしていたと言ってもいい量の業務を片付けた咲希は休む暇なく高専に戻り新学期を迎えることとなる。咲希の正直な気持ちを言ってしまえば、実家でも新年早々に仕事をしてきて疲れたので休ませてください!(大の字)これにつきる。けれど、身体だけは丈夫な咲希は「教室行きたくないなぁ」と思い続けても、悲しいかな都合よくお腹が痛くなってくるようなことはない。高専の寮の自室内寝具に包まれながら何度スヌーズを繰り返したかわからないアラームを止めて、暖かい布団から漸く身体を起こした。そして、自分がこれから高専でやるべき事を考える。

今年一年の内に何が起こるかを実家で視た時の情報に拠れば、咲希がこの一年で気を付けるべき事は第一に新入生とコンタクトを取り未来を透視すること。第二に五条と夏油が二人で派遣される予定の任務を咲希がこなす事だった。
咲希の予知能力は、普段なら人を視界に入れることで未来を透視することが出来る。けれど、咲希が年に一度行う一年分の透視は、実家に保管されている過去に名を残した陰陽師の依代を媒介として視ている為、直前に脳内に再生されるのではなく事前に透視することが出来たのである。

運命を変えることが出来る唯一の存在は、私だ。
そう強く言い聞かせて自分に重い枷を付ける。背負うものが多い程強くなれる。咲希はそういう類の人間だった。




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時に呪術師というものは短命な者が多い。
基本的に呪術師は自分と同等級の呪霊相手の任務に着任するが、呪霊の情報に誤りがあり自分よりも階級が上のものを相手にすることがある。こういった事が起こらないよう慎重に下調べ等をしているが、大抵そのようなイレギュラーが起きた場合に命を落としてしまう者が若干名。また、長い間呪術師を続けていれば、やむ得ず格上の相手をしなければならないこともあり、命を落とすものもいる。

「うーん、2人とも生命線短いなぁ」
「「えっ…」」

寮内共同スペースの談話室にて、新入生二人の手を拝借し手相を見て物騒な事を呟く先輩に、新入生である灰原と七海は揃って声を上げた。呪術師ならば手相で一番気にする事は生命線であろう。素人目で見たところでもそれが短いのか長いのかわからず、敢えて自分が触れてこなかったものに対してはっきりとした物言いをされてしまい、それ以上何かを言う事が出来ず、ただただ目の前にいる先輩に救いの手を求めるような眼差しを向ける。ここで下手な占い師なら、やれ「ここに幸運の石が」等と始まる所だろうが、所謂「本物」である咲希は違う。すっかり怯えきった様子の二人に軽快に笑って見せ、「大丈夫大丈夫!二人とも私が守るから!」と声高らかに宣言した。その声音は自信で満ちており、彼女の瞳には一点の曇りも、不安の色さえも窺えない。それだけで、彼女が強い人なのであるということは新入生である二人にも容易にわかった。
源家と言えば、源頼光を先祖に持ち、古くから未来を占うものとして御三家と並び権力を持ち、けれどもどの傘下に入るわけでもなく中立な立場を築いてきた家柄だ。二人は事前に担任から咲希の事を聞いており、勿論彼女が未来を透視できる能力を持っている事は知っていた。そんな彼女が「大丈夫」と言うのだから、大丈夫…なのだろうか。
何の根拠もなく安心はできない。そう色濃く二人の顔に現れている感情を読み取った咲希は、彼等が安心出来るよう一つずつ「大丈夫だ」と言える根拠を説明していく。

「まず一つ。私は未来が視える。これは知ってるよね?」
「はい!さっき担任から聞いたんですが、どの位先まで視えるんですか?」
「ちょっとやそっとじゃ変えられないくらい確定してる未来なら何年か先の事でも視えるけど、それ以外は割と1週間以内とか直近のことが多いかな」
「…それなら例えば、派遣先の任務で殉職する未来も予知することができるんですか?」

咲希は七海からの問いかけに「できるよ!」と嬉々として食いつき、その質問待ってました!とばかりに人差し指を天井に向けて突き出し、身体を前のめりに傾けた。

「七海くんが言ったような事が起こらないように、全ての任務の人選決定権が私に与えられてるの」

2級だと思って現地に向かったら、準1級や1級クラスの呪霊だった。なんて事が起こったら命に関わるから、一回未来を視た上で人選決定してるから安心してね。
という咲希の言葉に、今まで変に身体に力を入れていた二人はやっと安心することができ、そっと肩の力を抜く。最初は一言目から「生命線が短い」と言われどうなる事かと思ったが、どうやら先輩のおかげで少しは長生きが出来そうだ。と思った所で、ふと疑問が思い浮かび、灰原は咲希に質問を投げかける。

「先輩に助けて貰えるなら、どうして生命線が短いままなんですか?」
「それは、まだ私が未来を変えてないからだね。私が未来を変えることを前提に世界は動いてないって考えてくれるといいかもしれない」

手相っていうのは、片手は生まれた時に与えられた運命を記したもので、もう片方の手相は日々変わっていく物だから、その内生命線も伸びてくるんじゃないかな。

そう咲希が口にした頃には、最初の怯えきった二人の様子は何処へやら。必死に両手の手相を見比べて「わからない…!」という表情を浮かべる灰原を見て笑いつつ、咲希は七海に微笑みかけた。

「そんなに不安なら刺青みたく手相掘ってあげるけど、やる?」
「遠慮しておきます」

間髪入れず断りを入れてきた七海に「冗談だよ〜」と笑い飛ばし、座り続けていたせいで重くなった腰を上げた。これで新入生二人に挨拶は済ませたし、ある程度の未来も視ることが出来た。そしてこの段階で、夏油が呪詛師になってしまう原因となる事柄が二つ判明した為、あと数ヶ月の間は安心して過ごせる事がわかった。その事柄とは、一つ目が数ヵ月後に夏油と五条が派遣される予定の任務での出来事。そして二つ目が、来年の夏頃に灰原が殉職をしてしまうということだ。
これら二つの未来を回避出来れば、夏油が呪詛師になってしまう可能性が大幅に減るだろう。けれど、未だに何故夏油が呪詛師になってしまうのかという決定的な原因が分かっていない。咲希が年始に視た未来では、夏油が非呪術師を見て至極不快、理解不能だといった表情を浮かべ、殺意すら顕にしていた為、きっと任務中に何かが切っ掛けで非呪術師に対して相当な不快感を覚えたのだと思う。咲希が視ることの出来る未来は、時に映像であったり、時に写真のように情報を窺うことができるが、その中に音はない。だから、夏油が何を思い何を発しているのかは理解できない為、一つ一つ汲み取っていくしかなかった。
けれど、夏油は日頃から強きは弱き者の為に。と言った考え方をしているからか、その概念が崩れてしまう事柄がこの任務の最中にあると思われる。そこまで推測をたてられていれば、充分だ。
よくやった私!と心の中で賞賛の声を自らに送りつつ、五条と家入に「進展あり!」というタイトルのメールを送信し、ここまで得た情報共有をする為の招集をかけたのであった。







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