だいすきだ
ふ…と目蓋を開くと部屋の中は薄暗かった。
のぼりかけの朝日が僅かに明るさを放ち、視界に次々と入ってくる情報が昨日の記憶を呼び覚ます。
いつもの朝の景色と違う。コレは自分の寝室の天井じゃない。でもどこの天井かは知っている。
誰の家かも。誰の寝室かも。誰のベッドかも。
俺の身体に両腕を巻き付け、すやすやと寝息を立てながら眠っているこの人が誰なのかも。
そして、俺がこんな可愛い弟に昨日もまんまと抱かれてしまったことも、全て。
「……ジュナ」
ツン、と通った鼻を俺の二の腕に擦り付けて、んん…と彼は唸った。
寝ているはずなのになんて力だ…
がっしりと拘束された身体はピクリとも動かせず、苦しいからと手を避けようとすると彼の腕に力が入る。
「…くるしい」
「…………」
「…くるしい。起きてんだろ?」
「……苦しくないよ」
「…いや苦しいの」
「……離れちゃ駄目」
いつから起きてたのかは知らないけどやはり起きていたらしい。駄目って言ったってこれじゃ起き上がれない、水も飲みに行けないじゃないか。
カラカラの喉を潤したい。昨夜全てが終わった後、満足そうに眠りについた彼の横で、あぁ喉乾いた…って、でもまぁいいか明日でって。俺昨日の夜からカラカラなんだよ?
離してよ
「……っ…」
ねっとりと
二の腕に這った舌が生温かくて鳥肌が立った。
「やめろ…」と言って離れると、シーツをくしゃくしゃにしながら大袈裟に近寄ってきてまた大きな腕に抱き込まれる。最大限、自分の中の怖い顔で睨みつけてみると彼は眉を下げて寂しそうな視線を落とした。
そんなので可哀想だなんて思わない。こんなんじゃなんの威嚇にもなってないでしょ、なんなら逆効果かもしれない。彼は変わっているんだ。
俺が威嚇すればするほど尻尾を嬉しそうに降って戯れようと噛み付いてくる。
その戯れが、洒落にならないから困っているんだけれど。
「ヒョン……そんな目で見ないで…」
やはり逆効果だったらしく威嚇なんてするんじゃなかったと後悔した。
「……やだ」
「…?」
俺は嫌だと拒否をした。
勿論昨夜に引き続き行われそうになっているコトに対しての拒否だったんだけど、彼は何を拒否されたのか分からないような顔をして首を傾げた後、「まぁいいか」と一人で頷き俺の首を片手で掴んだ。
何に関しても加減を知らない彼の力が悪気はないのだろうがそれでも強過ぎて息苦しい。
「カハッ…」と痞えた息と共に歪んだ俺の顔を見て首にない方の手でよしよしと、気持ち悪いくらい優しく撫でられるのも意味が分からない。
でもそんなのも今に始まったことじゃなくて、実際今の俺たちの関係だって意味も分からずグダグダと続いているのだから、彼と俺の間には意味の分からないコトが沢山彷徨っている。
「…嫌だ、って言った」
「きこえたよ…」
「…離して、手」
「やだ…」
「…ジュ、」
「僕だって嫌だ」
「……俺が先に言ったんだろ」
離せ、
って、言おうと思ったのに声が出なかったと言ったらだから甘やかし過ぎなんだ、と言われるだろうか。
でも……
誰にも見られていないんだからいいか…何も気にせずに彼だけを甘やかしてあげられる空間は作らないと出来ない。こんな風に。
「じゃあハグしてあげるから、おいで」
「ハグ?」
「甘えたいんでしょ」
「違うよ」
「…」
「甘えたいんじゃない」
あまやかしてあげたいんだ
彼はハッキリとそう言って、俺の開いた口を塞ぎ込むようにキスをした。口の中に注ぎ込まれる唾液で喉が潤わされていく。甘ったるくて強い酒を飲まされているみたいで酔ってしまいそうだった。
両手で彼の頬を挟み、加減を教えながらキスをしようとしてみたけど俺の両手の力だけじゃ抑え込めないくらい激しいそれに応えるので精一杯で教えるどころじゃない。
「……ん、ンん」
「……カワイイ…」
「…ふっ…ぁ…」
「……キレイ…」
酸素を欲して深く息を吸い込む為に開いた口を、また上から塞がれての繰り返しで呼吸が苦しい。
いったいいつどこでこんなキスを覚えてきたのか…
少し寂しく感じたのは親心?兄心?
…それとも
いや
それ以外は、ナイか
「ヒョン」
「…ん?」
「すきだよ」
「………」
「だいすきだよ」
「……ん。」
親でも兄でも駄目だろう。こんなの…
彼の『すき』に、深い意味や感情はきっとないから。
興味、好奇心、そんなのが詰まった自然な欲情をどう処理するべきなのか教えてやっているんだ、俺は。
俺は、平気なんだ
こんなコトに
深い意味も感情も、求めていないんだよ
「だいすきだよ」
「…俺もだよ、俺もだいすきだ」
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