昨夜の約束通りに大学へ足を運び、慣れ親しんだ顔を見つけ右手を振った。目と目があって少しだけ、幼馴染みの眉間にシワが寄るのを見た後、そんな顔すると後ついて取れなくなるさ、と冗談を言いつつ眉間を小突くと、止めてよね、と手を払い除け、眉間を触りながら返事が返ってきた。
「眉間急所なのに触るとか止めて」
「じゃあさ、急所じゃ無ければ触ってもいいんさ?」
俺はナマエに触れたいし、触れられたいよと言うその後の言葉をグッと飲み込んで笑うと、バカじゃないの、と呆れた顔をされてそっぽを向かれた。ナマエの奥に座っているリナリーに苦笑いされ、前にいるアレンにはまるで苦虫でも潰したかの様な顔つきをされ、後ろから来たユウに特大のため息を吐かれた。ああ、世界が俺に優しくない!と大袈裟に泣き真似すると、講義始まるよと、ナマエに窘められた。俺様きっと今凄く憐れに映ってると思う。講義が始まり、ティキが入ってくる、横のナマエは少しだけ耳を赤くして、真剣に講義を聞く。注がれる視線は全部ティキへ。講義だと言うのに、その視線すら羨ましくて、ついついシャーペンの頭でナマエ脇をつつく。擽ったいのか少し体をくねらせたり、小声で止めて、と言われたり、手で押さえられたり、色々な反応をする幼馴染みが愛おしくて、イタズラが止まらない。こんな子供じみた行動、嫌われると知りながら。いい加減にして、とナマエが俺を見て真っ赤になって怒る。ああ、抱き締めてしまいたい。そんなことを思いながら、両手を上げ、ごめんごめん、つい…と謝ると、本当に脇は弱いんだから止めてよね、と頬を膨らませていた。知ってる、脇は急所さね。子供の頃から擽りが苦手なのも、触られるのが慣れてないのも知ってる。そして、ナマエがどれだけティキを好きか、愛されるティキがどれだけ妬ましいか、自分の課した枷のせいで想いを伝える事も止めさせることも何も出来ないのも、全部
「知ってるんさ」
漏れた言葉は小さくて、チャイムにかき消されて消えた。お腹空きました、と燃費の悪いアレンが皆をランチに誘い、皆それに着いて行く。出遅れた俺はボーッと講義後の片付けをしているティキを眺めていると、目が合った。そして近づいてきたティキは、学年首席が残るなんてめずらしい、と声を掛けてきた。
「別に、人波に乗り遅れただけさ」
「そうか、てっきり質問でもあるのかと思ったよ」
「知ってる内容だったからある訳ないさ」
これはこれは、と笑っているティキに少し腹を立てながら、席を立つと、少年、と呼び止められる。気だるいと思いながらティキに顔を向けると、君のプリンセス、面白いねと言われた。
「この前誘われてね。いやはやびっくりしたよ」
「知ってるさ。楽しんでくるんさね」
「おや、止めないのかい?」
「アイツが選んだんさ、止めねェよ」
「じゃあ、何してもいいね」
「は?」
「言葉の通りさ。君はプリンセスを守るナイトの役目を放棄した。だから、彼女に何しても文句言えないよね」
「泣かせたら許さねェって言っただろ」
「じゃあさ……」
何故もっとしっかり守らないとな、そう言われて嫌な汗がぶわっと出た。まるで見透かされている様な、そんな気分だ。
「何も知らないくせに煩い奴さ」
「そうだね、俺は君達の事は何も知らない、知らなくていい。でも、先生として心配することは出来る」
「ほざけ」
「少年」
素直になりなよ、と肩を叩かれティキは講義室を後にした。なんなんさアイツ…。からかったり、奪おうとしたり、応援したり、頭が痛ェ。
「ラビ」
急な頭痛に頭を押えていると、ナマエの声がした。来ないから見に来た、と駆け寄ってくる幼馴染みは様子のおかしい俺に気が付き、どうしたの?と覗き込んできた。
「何でもないさ」
笑顔を作ると本日2回目の眉間にシワを作り、嘘つき、と言う。
「具合悪いなら帰ろう。送る」
「いや、大丈夫」
「ラビは嘘つく時笑うからすぐ分かる」
それに、元気ないラビ、好きじゃない、と少し悲しそうに言うナマエ。ああ、神様。女神様。どうして俺の演技力スキルは幼馴染みには効かないように出来ているんですか。未だ覗き込んでいるナマエの手を取り、本当は頭が痛いんさ、さっきティキと話したら痛くなったんさ、帰りたいんさ、とまるで子供のようにぽつりぽつりと話す。それを嫌な顔ひとつせず、うんうんと聞いてくれるナマエ。
「じゃあ、帰ろう。ラビ」
差し出された手を無言で受け取ると、幼馴染みは少しだけ笑った。ああ、本当に抱き締めてしまいたい。押し倒してぐちゃぐちゃのドロドロになりたい。でも、嫌われたくない。ずっとこうやって心配して欲しい、迎えに来てほしい。なんて、女々しい行動に女々しい思考回路は留まることを知らず、いつか破綻しそうさ。
「ナマエ」
ありがとう、そう言うと、幼馴染みでしょ!と返ってきて、また頭痛が激しくなった。きっとこの恋が終わる時、俺は壊れてしまうんだろう。そんなことを思いながら手を引かれ、家路に着いた。熱中症にでもなったかな、なんて言いつつ幼なじみは俺の事を座らせ当たり前の様にコップを出し、当たり前の様に出来ていた麦茶を俺に差し出し、当たり前の様に俺はそれを受け取った。
「ちゃんと水分取りなさい」
まるで彼女を通り越して母親の様な事を言うナマエはベッドメイキングをして、俺の事を寝かせる。ラビが体調崩すの久しぶりだね、なんて言いながらコップを洗い、いつの間に買ってあったスポーツドリンクを枕元に置いた。
「…ナマエ、ありがとさ」
「どういたしまして」
いつもなら歯痒くて言い難いお礼も病気のせいにして言ってしまった。けれど、ナマエは何事も無かったかのように笑って返事をしてくれた。それが凄く助かったし、嬉しかった。だからその後も言ってしまった。
「ティキとデートするんさ?」
言ってしまってから気づいた。愚かな間違いを。ハッとした時はもう遅い。真っ赤な顔した幼馴染みが、なんで知ってるの、と呟いた。
「か、風の噂で聞いたんさ!ナマエはティキが好きなんでしょ」
「え、私そんなにバレバレ…?」
恥ずかしい、と顔を覆う彼女は可愛いけれど、それをさせてるのは俺ではなくてティキ関係なのが如何せん複雑である。リナリーにしか言ってないのに、と小声が聞こえてきて、何だかいたたまれなくなって
「告白するんさ?」
と、余計なことまで聞いた。恥ずかしそうに頷く幼馴染みを見て、我が身が凍る思いをした。自業自得である。そっか、と呟くと内緒ね、と言う幼馴染みは愛らしいと同時に憎らしい。なんでなんでなんでなんでなんでなんで。俺じゃダメ?俺はずっと見てきた。お前だけ見てきた。女遊びも気を引きたいから。この大学に来たのもお前が行きたがってたから。全部お前のため。なのになんでなんでなんでなんで。憎い憎い。黒い感情が心を覆う、ハートが粉々に砕けそうで、亀裂が走る音がする。
「ラビ、どうしたの?」
俺をのぞき込むナマエ。気がついたら抱き締めていて、ラビー?と耳元で声がした。仮にも男に抱き締められてるんだから慌てろ、と内心思いつつ、ごめんさと離すと、いいよ、と今度はナマエから抱き締められた。
「具合悪い時1人だと寂しいもんね」
なんて言うナマエと俺はどこまで行っても幼馴染みだと痛感する。だから、どうして。そう思ってしまうともう感情は溢れる一方で、遂に決壊する。本日2度目の過ちは俺の人生で最大の過ちになる。パンッ、と音が鳴り左の頬に痛みがあった。目の前には真っ赤な顔で涙目の幼馴染み。やってしまったと思った。彼女がカバンを取り、部屋を出ていくのを黙って見た。
「っあ、やっちまったさ…」
枕元のスポーツドリンクは結露が滴り置き場にシミを作った。俺達の友情を汚す俺の黒い感情の様だと思った。
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