寒くなる前にブーツは買わなきゃ。あとタイツ。それにマフラー。ふわふわのニットのワンピースもほしいし、ワンピースだけでは飽きるからブーツの丈に合わせた可愛いウールのスカートもほしい。挽きたての珈琲豆の香りが漂う店内で指折り数える私に匡貴くんが苦虫を噛み潰したような顔でカップに口をつけた。
平日昼過ぎの店内はまだ静かで穏やかだ。クリスマスも近いからかいつもなら楽しそうに会話をするママさん達もいないので私の声も彼の元までよく通る。
「コーヒー苦い?あ、酸っぱいのか」
「違う。よくそんなに毎年飽きもせずに買い込むなと思っただけだ」
「それかあ〜女の子でいるのはね、お金と労力がかかるもんなのよ」
カップをソーサーに置く、そんな仕草もよく絵になる彼は私の返答にため息をこぼす。私ならソーサーに置く時ガチャガチャと音を立ててしまうだろうけど、彼は慣れているのか下品な音は立てずカチャリ、なんて上品にカップを着地させた。
そんなどこかの英国貴公子ですか、なんて聞きたくなるような匡貴くんを見ながら私は来る厳しい冬に向けてやりたいことやらなければならないこと欲しいもの買わなければならないものを指折り数えていく。片手ではスマホを弄っているものだから、5本しかない指はすぐに全て折られてしまった。折ったり広げてみたりそれが3周目になった頃にはもう自分が何個並べたのかわからなくなってしまったので数えることは諦める。
兎にも角にも冬支度というのは大変なのだ。男女共通認識であると私は個人的に思っている。加えて師も走るほど忙しいと言われる師走なのだから、今月はさらに忙しい。大学も長期休みの前の定期テストやら提出課題やら。
「匡貴くんはレポート出した?」
「先週末に提出した。まさか、お前手もつけていないのか?」
「手はつけたよ。冒頭の3行くらい」
「それは手をつけた内にならない。太刀川と同レベルだろ」
顔にでかでかと有り得ない、と書かれている匡貴くんの顔があまりにも険しく眉間に皺もより過ぎているのが面白い。こんな顔太刀川くん以外にも見せるんだ。あれ、私彼女だったような。首を傾げるけど、やっぱり珍しい彼の顔を咄嗟にスマホのカメラに収める。最近のアプリってすごいよなぁ。シャッター音鳴らないんだから。まさか撮られているなんて思っていない匡貴くんは、買い物なんてしてる場合じゃないだろとイライラした様子だ。テーブルに置いている人差し指を上下に規則正しく動かし始める。貧乏揺すりを指でやる人現実にいるんだなあと私は自分のほうじ茶ラテを啜った。
「そんなにイライラしないでよ」
「お前冬季休暇中も大学に行くつもりなのか」
「そんなわけないじゃん。冬はイベント多いんだよ?クリスマスも大晦日も元旦も」
「課題が終らなければ休暇はない」
「ボーダーだし許されないかな?」
「無理だろ」
仕方ないなあ、と誰に言っているのか分からないような言葉で誤魔化しながら私は横に置いていたトートバッグからタブレットとキーボードを取りだした。いつでもやれるように、一応持ち歩いてはいるのだ。それにコーヒーショップでこういうのこなす女ってカッコイイし。だから待ち合わせで待っている間にでも進めようと思ったのに、匡貴くんの方が早く待っているものだから取り出すタイミングがなかっただけ。
いつもこうなる。遊びやら買い物やら女の子は忙しいのに、加えてこんなにカッコイイ彼氏がいるもんだから自分磨きもしなきゃならないし、可愛い自分でいるためにデートだって欠かせない。それでも世界平和のためにボーダーの仕事だってこなしている。
褒めて欲しい。まあお給料もそれなりに貰えるから文句は無いけど。
「なんで折角のデートなのに課題なんてやらなきゃいけないのームカつくうう」
「さっさとやれ。太刀川になりたいのか」
「太刀川くんなんだかんだちゃんとやってるし」
「それは風間さんのおかげだ」
ほら、と二宮くんは手を振る。なんだ。太刀川くん結構やるじゃんとか思ってたけど、風間さんにおしり叩かれてただけなんだ。まあその分私は書く題材もプロットも終わってるからそれに肉付けしていくだけなんだけどね。
そう思うけど中々キーボードを叩く指は動かない。ザワザワと騒がしいクリスマス前の喧騒が耳を擽ってきて、なんだかドキドキしてしまう。あー今年はイルミネーション見れるかなあとか、どうせ焼肉行くだろうからケーキはどこのを予約しようかなとか。
私が集中していないことなんてお見通しの匡貴くんは大袈裟に息を吐いてみせる。はいはい。集中しろってね。分かってますよ。
私が集中するまでに時間がかかることも、そんな私に彼が呆れることもいつも通りのことなのであまり気にしないで私はゆっくりとキーボードを叩く。
「おい。早くしろ」
「なんか、やる気出ないんだよね」
「……買い物行くんだろ」
バツが悪そうに呟いた匡貴くんの顔がやっぱり可愛いので写真に収めたくなったけど生憎スマホはロックされている状態だ。残念。私の二宮匡貴アルバムには同じような写真が何枚もあるのだけれど。こんな彼氏の可愛い顔何枚あったっていいよね。1人で納得しながら上がる口角を隠さずいると、もう一度匡貴くんは早くしろ、と小さく言う。
言えばいいのに。俺もお前とのデート楽しみにしてたんだよって。そうは思うけど、この人からそんな言葉が出たら多分大雪が降るどころの話じゃない。雹とか槍とかが降ってくる。
死人が出るよなあ。間違いなく1号は私。
「ねえねえコレ終わったらお揃いのマフラー買わない?」
「買わない」
即レス。さすがデキる男は違う。
いい加減集中しない私に痺れを切らしたのか口を噤んだ匡貴くんの視線が逸らされた。どこを見るかさ迷った彼の視線は飾られている赤いポインセチアに向けられる。
あの花可愛いよね、と私が呟くと去年もそう言っていたな、と匡貴くんが返してくれる。ほら、そういうとこ。
ねえ本当は知ってるよ。そのコーヒー、すぐに無くならないようにゆっくり飲んでること。課題提出が済んでないことを私から聞かなくても知ってて、やらせる為に待ち合わせ場所にここを選んだこと。その重たそうな黒い合皮のトートバッグの中に参考書が入ってること。
ひと口ひと口小さくゆっくりと飲む口元を見つめながら私はタブレットに隠れるように背中を丸めて笑う。ねえどこかの誰かさん。私の彼氏ってすっごく可愛いでしょ。分かりにくい優しさ持ってるでしょ。これ全部私のためなんだよ。すごいよね。
手を動かしながら、私はこれから過ごす冬の日々を思い浮かべた。キラキラに輝いていてやっぱり胸の中が高揚感でいっぱいになる。
彼と過ごす日々は、煌めきで溢れているのだ。