花が息を止める頃 01

※貞操観念の低い女の子と生駒くんがテーマの作品です。随所にそのような描写がありますので注意してください。





特別派手なものが好きだとか、人より目立つことが好きだとかそういうことはあまりなくて。ただ単純に求められていることが嬉しくて、それに応えてばかりいたら今になった。私をどう表現するか、心理学の講義を聞きながらそんなことを考える。

人からどう思われているか。誰だって一度は考えたことがあると思う。もちろん私もある。なんなら一度と言わず定期的にそう考えることがたくさんある。私は多分八方美人だと思われているはずだ。以前スポーツバーで友達と呑んでいた時、ナンパを断りきれずヘラヘラ笑っているだけの私にブチギレた子がいた。その子が言うには、満更でもない様子、そうやって男にヘラヘラしてモテているつもり、あなたといても楽しくない、勝手にやって、とのこと。もうそのときは頭が真っ白でどうしようだの、嫌われたくないだのと考えたけど。数日後には唐突に理解できた。ああそうか、そういうことをせずとも人と一緒にいれる人から見ると私はそう見えるのかと。

私は多分そういう人間だ。求められることに満足感を得られて、女として生まれて男に必要とされる自分が好き。友達と喧嘩したことを相談できる同性の友達もおらず、結局はたまたま連絡を取り合っていた男友達に慰めてもらった。お前は悪くないよ。彼は大して事情なんて知りもしないし聞きもしないくせに、わかったような顔でそう言った。そう言えば、私が満足すると彼も本能的に分かったんだろう。見返りを求める優しさに縋ることは、友達とのこれからの人間関係について考えることよりずっと楽で心地よくて、生ぬるかった。そしてそれから私は、色々と考えることをやめた。

そんなことをずっと続けていたら、私の周りには私みたいな人しかいなくなって、結局私は一人ぼっちになってしまったのだ。大学生までなればそんなことは別に大したことでは無い。どこへ行くにも友達がいなきゃ変に視線を集めた高校生までとは違うから。だけど、視線をまるきり集めない訳ではなく、むしろ人からの評価で自分が決まって、この広い大学を噂だけが闊歩していく。例えばもしも化粧もせずスッピン、気の抜いた格好で来れば「昨日きっと彼氏の家にいたんじゃない?」なんて話をされる。だから私は常に私を守らなければならなくて、程よいメイクを必ず施し、女性物で且つ私がいつも着ている系統の服を必ず身に纏わなければいけない。
なんて思考に耽りながら次の講義が休講になったという知らせの張り紙が貼られている掲示板を見つめていると、背後から控えめに声を掛けられた。

「あの」
「……えっと、確か……」
「生駒です。生駒達人」
「うん。生駒くん。知ってるよ、嵐山くん達と同じボーダーの人?だよね……同じ歳の」
「知ってはったんですね……」

凛々しい眉毛に繊細な色の瞳がキラリと光るその人を、おそらく知らない人はいないだろう。生駒くん。三門市で知らない人はいないあの聳え立つ大きな建物を本拠地にするボーダーの隊員らしい。以前講義が同じであった嵐山くんが話していたのを聞いたことがある。彼はどうやら元々ここの人ではないらしく、なんと能力を見込まれてここまで来たのだとか。全体的にモヤっとした噂程度のとこしか知らないのは、そもそも私がそれについては興味が全くないこととそれを一緒に話すような友人がいないからである。
生駒くんは些か緊張したように口を真一文字に結んで、仁王立ちのまま動かなくなってしまった。はて、私に何か用でもあったのだろうかと考えるけれど、私たちの間には声をかけて話すだけの関係性は皆無である。ただ彼の口が時折息を吸って、言葉にならない、あ、だの、う、だのと声を漏らすのでなんとなく私もその場に立ち尽くした。
何度目か分からないほどの声を漏らすのを聞きながら、私はひたすら彼の喉仏が動くのを見つめる。唾を飲んでいるのかゴクリと上下するのが、彼とはまた別の生き物のようでゾワゾワした。

「……あの」
「はい」
「好きです」
「……えっと、何が好きなんですか?」
「すんません。あなたのことが、めっちゃ、好き、なんです」

関西人なんだ。彼の独特なイントネーションのすんません、や、めっちゃという言葉を拾って私は口に出して彼の返答を求めるような話し方をする。生駒くんは一瞬静止して、その後こくりと頷いた。出身は京都です。そう言うと、ほんでお返事頂けますか、と聞いてきた。
ほんで、そんで。彼が言った言葉を頭の中で繰り返す。関西人ってノリと勢いで生きてるって誰かが言ってたような。ああ、そうか。彼もそうなんだ。私は1人納得しながら、今日しているネックレスのトップに触れる。鎖骨近くのハート型を指でなぞって、そして空洞になっている中心を指で軽く叩いた。

「ええですよ」
「えっ……ええて?ホンマ?ちょお、え?待って、なんで関西?えっ?」
「……ごめんなさい、からかいました。いいですよ。お付き合い、しましょう」
「これ、夢やないんですかね」

どうでしょう。私は起きてからもう8時間近く経ちますけど。私がそう冗談めかして言うと生駒くんは凛々しい眉毛を下げ、その綺麗な瞳がからポタリポタリと涙をこぼす。泣いてる。そう私が認識すると途端に後ろを向いて、アカン!と今日1番の大きい声で叫んだ。ゴシゴシとこっちに聞こえてきそうな勢いで目を擦るので、私はトートバッグからタオルハンカチを出す。ピンクとペールブルー、フワフワの無撚糸のハンカチはブランド物のお気に入りだったけれど、まあいいやと差し出した。これ使って、と差し出した私の手ごと両手で包み込むと、生駒くんは死んでも守りますとまだ赤く濡れている瞳をキラキラさせながら言う。
そのあまりに大きな声は今いるエントランスによく響いて周りの人がチラチラとこちらを見た。恥ずかしくなってきた私は俯いて、死ななくていいよ、とだけ返すので精一杯だった。

生駒くんと交際を初めてはや三ヶ月が経過した。ここまでで分かったことといえば、彼は存外というか、見た目から伝わってくるような印象よりもずっと思慮深くとんでもなく良い人だということである。そして寡黙なのかと思われた第一印象はすぐに改めた。彼は私以外の前では本当によく喋っている。女の子が苦手なのかとも思ったけど、そうではないらしく、普通にグループ課題の集まりでは輪の中心で楽しげにしている姿を見掛けたりもした。

だからと言って嫉妬したりだとかそういうことはしないけど、彼もやっぱりそういう人間なのかななんて思った日もあった。結局そうか。私は今日も今日とてツイードのセットアップを着て、髪の毛も可愛く巻いている。生駒くんと付き合ったところで私の何かが変わるわけでも、周りの印象が変わるわけでもなにもない。バイト先で注意されない程度のジェルネイルが施されている爪先はだいぶ伸びてきていた。ネイル替えよう、予約しないと。私はそう思って食堂のテーブルに投げ出していたスマホを手にする。時折伸びた爪がスマホ画面をコツコツとノックする音を聞きながら、操作をしているとその画面に大きな影がかかった。見上げると講義が終わったのか、生駒くんが落ち着かない様子で立っている。

「待たせてゴメン……。なんか食べとったん?」
「ううん。全然、たまたま早く終わっただけでなんにも食べてない」
「ほな!な、なにか、食べに行こか?」

画面左上に表示されている時間は正午を30分ほど過ぎていた。正直お腹が空いているかと聞かれると別に、という位だったけれどここで提案を断ると彼が困り果ててしまうことは容易に想像がつく。そうしようか、と言って、まだ日程を探している途中の予約アプリを閉じた。立ち上がった私が生駒くんの腕を緩い力で掴むと、彼は熱湯に放り込まれたタコのように腕を縮こめて、顔を真っ赤にする。腕、ダメだった?と聞くと、そういうんは男からって決まってんねん、と恥ずかしそうにするので私は少し楽しくなった。生駒くんは、そんな私の手を恐る恐ると言った様子で握る。思っていたよりも数倍しっとりとしていたのでびっくりすると、すんません、と小さく謝ってきた。
その日一緒に食べたのはよくあるチェーン店のカレー。私はミニサイズのカレーにマンゴーラッシーを飲んで、生駒くんはナスカレーを食べた。俺な、これが好きやねん、と笑って私のカレーの上に一番大きいナスを乗っけてくれる。私小さいのでいいよ、と私が返そうとスプーンでナスを掬うと、それがいっちゃん美味いから食べ、となんだかお父さんみたいなことを言うので私は笑ってしまった。生駒くんの言うとおり、そのナスはとろとろで味が染みていて、多分彼のお皿に盛られたどのナスよりも美味しいんだろうなと思った。

彼と付き合って半年が過ぎた。生駒くんは私の家まで迎えにくる日、いつもお花を買ってくる。大体が一輪とかミニブーケの本当に小さいバージョンで一人暮らしの部屋に困らないサイズだったけど、1番最初だけとんでもない量のピンク色の薔薇を抱えて来た時はさすがに頭を抱えてしまった。花瓶がないよ、と笑う私にガビーンという効果音が聞こえそうな程口をあんぐりと開けた後、玄関先だというのに膝をついて悲しそうにするのがあまりにも可愛くて、可哀想だったので、私は薔薇を受け取る。そして取り敢えず水を張った洗面に生けて、しょんぼりとする生駒くんに、今回だけね、とそのまま花瓶を買いに行った。
次、もしも買ってきてくれるときはここに入りそうなだけにしてね。私がそういうと生駒くんは部屋に戻るなり、何本の花がそこに入るのかと検証を始める。薔薇が大体10本ほどそこに納まったのを満足そうに眺め、あらゆる角度から写真を撮っていた。

「かわええなぁって思ったら、買いたなってもうて……」
「うん。ありがとう」
「次は、この写真見せて買うてくる」
「そうだね、その方がいいね」

残りの薔薇はスマホでやり方を調べてドライフラワーにした。少し面倒だったけれど、それを生駒くんに写真つきで話すとすごく喜んでくれたので、たまにならこういうこともありかもしれない。そう思った。

生駒くんは結構マメな人だった。今まで付き合ったりした人はみんな頻繁に会いに来たり電話したり、そういう時間と労力がかかることをしてくれるのは最初の1ヶ月間続けばいい方だったのに。彼はどんどんその頻度を増やしてくれた。最初は恐る恐ると言った様子で、今日オウチお邪魔してもええですか、と1週間に1回だけだったのに、半年経った今ではボーダーのお仕事が終わって、私の次の日の予定を確認するとすぐにこれから行ってもええ?や電話してもええ?と聞くように変化をした。その割には私に触れるのは手を繋ぐ時だけで、私たちはそれ以上の肌の触れ合いをこれまでしたことがない。
不思議な感覚であった。別にその触れ合い自体を嫌っているわけではなさそう(特に私が頭を撫でるとすごく嬉しそうに擦り寄ってくる)であるのにも関わらず、彼は必ず私の了承を得ない限り勝手に私の一部に触れることはなかった。カバンさえにも、触ってもええモンなん?と聞くので、私は首を傾げたことがある。カバンなんていくらでもどうぞ、と言うと壊してもうたら申し訳ないやん!と声を大きく言うので、触れるものは全部傷つけてしまうのかなと笑う。シザーハンズ?と聞くと、不思議そうに首を傾げる姿が可愛くて、私はまるで花に誘われた蝶のように彼の形のいい唇にそっと自分のそれを押し付けた。喋ってはいけないと本能的に分かったのか、生駒くんはビシッと石のように固まると鼻息でその驚きを表している。頬に当たる随分勢いの強い鼻息が、なんだか愛おしいなあと思って、唇を離した私は小さい声で、もう少しだけ、と囁いて再び彼に口付けた。

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