短編 へべれけゴールデン・ウィーク(笹)
待ちに待ったゴールデン・ウィーク。期間限定の缶チューハイ片手に映画をキメていたら、誰かが入ってきた。
「邪魔するで〜」
「邪魔すんなら帰って〜ってかまだ鍵持ってたん?」
マスクと帽子で変装をしているけれど、いま来たのは人気芸人白膠木簓。幼馴染で大親友だ。なんで合鍵を持っているんだって? 大学時代に飲み会で酔いつぶれては電話で呼び出して迎えに来てもらったからだよ! あの頃は若かったなぁ。
「何観てるん」
「大阪府警24時失われしマイクを求めて」
「何観とんねんほんまに」
「超人気芸人白膠木簓の初めての映画を楽しませてもらっとるわ」
「簓さんめっちゃ恥ずいねんけど」
ぐびっとチューハイを飲み干して次のに手を伸ばす。檸○堂を開発した人は神だと思う。
映画は警察と怪盗が手を組んで、怪人57面相の最終形態をバースでフルボッコにしているところだった。下っ端警察役の簓は市民の避難誘導をしている。
「これ最後はどうなると思う?」
「わかんない。どうなるん?」
「怪人が爆発して、今そこで戦ってる警察全員死ぬ」
「爆発オチなんてサイテー」
落ちがわかったので映画を見るのはやめた。めちゃくちゃ意味不明だし、何よりつまらん。
チャンネルをテキトーなバラエティ……「5チャンつけて」「はいはい」5チャンに合わせてから改めて簓を見ると、551の肉まんを頬張ってた。さっきからいい匂いがすると思ったらそれか。
「肉まん私にもちょーだい。生ハムの原木から肉剃り落として食う権利やるから」
「んーええよ。ってか、いつから原木と同棲始めたん」
「見合い相手にお断りされた翌日から」
「今日やないか。せや、先輩からもらったワイン持ってきたんやけど飲む?」
「もちろん! 簓めっちゃええやつやん〜生ハムとチーズ持ってくるわ」
「肉まんは?」
「それも食べる!」
冷蔵庫からモッツァレラチーズとバジル、プチトマトを取り出し盛り付けて簓にパスし、ダンボールで眠っていらっしゃる生ハムの原木セットを持っていく。
「このダンボールは?」
「原木。これより開封の儀を執り行うから」
この生ハム、本当だったら見合い相手と一緒に楽しむ予定やったのにな……まあ、好きな人が居るんやったらしゃーない。もともと親同士の約束で恋愛感情もなんもなかったし。
段ボール箱を開けると予想の2倍くらい大きい原木が現れ思わず動揺して閉じてしまった。
「あかん。こんなん食いきれんわ」
「せやろなぁ」
結局原木セットは、友達やら後輩やらが多い簓が引き取ることになり、私は黙って簓が出てるバラエティを観ながらワインを楽しんだ。楽しみすぎて飲んだ後の記憶がなくなったけど。
翌朝。多少広い部屋ではあるが、一人暮らしのそれほど大きくないベッドの上、なぜか簓と一緒に寝ていた。私は部屋着を着ているし、簓はTシャツを着ているのでおそらく何事もないはずである。あってたまるか。
「おはよう」
「オハヨウゴザイマス」
「昨日酔った自分が何したか覚えとる?」
「イエマッタク」
「やっぱり。ハァ、まあええわ」
昨日の自分は一体何をしでかしたのか。んー記憶がない。全くわからん。でも簓は怒ってるわけでもないし? 今普通にテレビつけてニュース見始めたし? 多分何もないやろ。
中央区のCMが流れる。ディビジョンラップバトルのDVDが発売されるらしい。
「あ、これ確か簓の友達も出とったんやっけ」
「友だちというか、元チームメイトやな」
「この白い人……ええと、サマトキサマやろ」
「せやで。ああ、こいつヤーさんやから見かけても絶対に近づいたらアカンで」
「ヤーさんが目立ってええんか?」
「そら知らんわ」
白髪のイケメンはヤクザらしい。すぐ怒るし、暴力的でアホほどシスコンと語る簓はとても楽しそうだ。
「なんでチームやめたん?」
「……さあな。どうでもええやん」
簓が地元に帰ってきてから、ご両親や同級生に話を振られても頑なに何をしたのか、何があったのかを語ろうとはしなかった。まあ、別に話して何が変わるわけでもあらへんし、しつこくは聞かんかったけど、そない悲しい顔するくらいやったらまた戻ればええのに。まあ、そんなうまくいくもんとちゃうか。
「なんか飲む?」
「クリームソーダ」
「無いわ。カフェオレでええな」
スーパーで安売りしていたインスタントコーヒーにお湯を注いで、パンとジャムを用意する。簓のカップにはミルクを砂糖を多めに入れる。
「はい、どーぞ」
「ありがとー」
「今日は仕事ないん?」
「今日はない。明日の夜からラジオの収録があるな」
「そ」
「にしても、このいちごジャム美味いな。手作り?」
「でしょ。おとつい泣きながら作ってん」
「急に塩辛くなったわ」
また中央区のCMがテレビに映る。
「この、ピンク髪の男の子めっちゃかわええな。癒やされるわ」
「はぁ!? お前、飴村乱数好きなん?」
「ラムダくん、言うんや。覚えとこ〜」
カフェオレをぐびっと飲んだ簓が、眉間にシワを寄せながら言う。
「可愛い顔して何考えとるんか全くわからんやつの何がええねん。かわい〜言うとるけどこいつとっくに成人済みやで」
「いやいや、そんなん関係ないから」
ふーん、と言ってすねた様子でパンをもう一枚食べ始める簓に、カフェオレをもう一杯出す。
「ありがと」
「どういたしまして」
「……なあ」
「なに?」
「俺がもしまたラップする言うたらどうする?」
「えー? 応援するけど」
簓がお笑いしたり、ラップする姿は別に嫌いではなかった。まあ、私が立ち入れない世界だからちょっと遠くに感じて寂しいと思ったりもするけど、それでも簓が好きなこと、やりたいことをやってんのを見ているのは楽しい。
「簓がラップする姿見るの好きやったし」
「さよか。じゃあ、簓さんの姿しっかり目に焼き付けといてな」
「なんや急に」
「いや? 昨日酔っ払った自分がラップしてやー韻踏めやーうるさかったから」
「え、あたしそんなこと言うたん!?」
顔がカァと熱くなる。そんな私を見て簓はニヤニヤしてさらに続けた。
「簓がラップする姿がめっちゃ好きやねん〜、お笑いしとるの見るのも好き〜、でも近くで見れんからさみしーふえーんって言うとったで。挙句の果てにずっと近くで見たいから結婚して〜とか言い出してなぁ」
「は!?」
「既成事実作ったるってベッドに引っ張られて、そのままなんもせんでスヤスヤ寝始めて」
「申し訳ェ!!! ございませんでしたァ!!!!!!!」
「ちなみに音声がこちら」
「消して!!!! この世からデータ抹消しよう!!!!」
「嫌やし、母さんと蘆笙に送って、ドロップボックスにも保存したから」
「なに送っとんねんボケぇ!!!」
「それ蘆笙にも言われたわ」
この野郎なんちゅうことしてくれとんねんマジで。死にたいんやけど。
「なあ、まだ結婚は無理やけど付き合わへん?」
「へ?」
「俺のこと好きやろ?」
「んんん?」
この後言いくるめられて付き合い始め、紆余曲折あって結婚したけどそれはまた別の話。
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うらばなし
「せや、きせーじじつ作ろうや」
「え? 夢子? なにいうとるん」
酔っ払った夢子がたち悪いのは昔っからやったけど、今回のは本当にやばかった。酒のせいだというのはわかっているけれど、潤んだ瞳に見つめられて据え膳食わねばという言葉が頭をよぎった。こうなった夢子は翌日絶対記憶をなくすって知ってるけど、自分から誘ったんやからもう、手ぇだしてもええんちゃう? お見合い相手に振られたらしいし? 簓さん行っちゃってもええやろ。よし行こう。手を引かれるがまま、よたよたとおぼつかない足取りでベッドに向かう夢子についていく。ベッドに腰掛けた彼女が甘えた声で「簓」と呼んでくる。
ごくり、とツバを飲み込んでそのまま、彼女を押し倒すと……スゥ、と寝息が聞こえてきた。
「寝るんかい!!!!」
一度寝た夢子は明日の朝まで絶対に起きない。くっそ。生殺しや。仕返しに、さっき酔っ払ってた時ずっと回してた録音をドロップボックス経由で蘆笙に送り、ついでに母さんにも送った。シャワーを浴びて、家に置きっぱなしだったシャツを着てベッドに潜り込む。
寝る前にスマホを確認すると、蘆笙からラインでなに送っとんねんボケとメッセージが来てた。
「か、わ、え、え、や、ろ……と。おやすみ、夢子」
スウスウと寝息を立てる夢子の頬に口づけて目を閉じる。今日はいい夢が見れそうだ。