ギャルと再会


それは何の前触れもなく僕の前に現れた。

"あの日"からずっと抱えていた後悔。それは1日たりとも忘れた事のない僕、五条悟の青い春の象徴だった――







――――――――特級仮想怨霊が出たという報告のせいでせっかくの休日を返上させられた僕のその日の機嫌は最悪だった。報告にあった渋谷のとある廃墟ビル。
僕は怒りをぶつける勢いで報告書にあった呪霊を祓う。蓋を開けてみれば精々二級の雑魚呪霊だ。
ただでさえ忙しいってのにこんな雑魚相手に最強を安易に駆り出すなよ。そういや報告書上げたの伊地知だったな。ムカつくから後でマジビンタしよ。



「うっわ え、ちょっと待って…アンタ、悟…?」


――なんて思いながら生クリーム盛り盛りのクレープ片手に歩いていた五条は真正面から自分を指差して来た派手な装いのギャルを前にピシリと固まった。



「………え?………凛……?」


「いや何その間!てか相変わらずのクソ甘党!しかもおまっ、ちょっと見ないうちになんでそんなヘンテコ目隠し!?あーしがあげたグラサンどうしたよ」


そこにいたのは高専時代に死んだはずのクラスメイト。あの時、確実にこの世から姿を消したのをこの目で見たのだ。生きているはずがない。


「は?え…待って 凛…はあの時死んだはずじゃ…」


「はぁ?何言ってんのオマエ。ったく、勝手にあーしを殺すなこのクソデカのっぽ!この通りピンピン生きてるケド?てかこのあーしがそんな簡単に死ぬわけなくね?もしかしてナメてる?悟、あーしのことナメてる?ん?」


「……あ、もしもし硝子?あぁうん、悪いんだけど場所言うから迎え寄越してくれないかな 僕とうとう凛の幻覚見ちゃってさ。そろそろ伊地知云々言ってる場合じゃないかも」


何処か神妙な顔つきでスマホを取り出すので何をするのか見守っていた凛だったが、ついに自分の存在を幻覚だと決めつけた五条に堪忍袋の尾が切れた。


「だぁーかーらぁ!!オマエいい加減その目隠しぶんどってその無駄にキレーなビー玉お目目見開いてよぉく見ろ!現実を!この麗しいピチピチギャルなあーしを!!」 


言葉通り無理矢理目隠しをぶん取られる。
オートマで設定したはずの無下限はあまりの動揺に意味を成さず。
呪術師にしては珍しく着崩した制服に短すぎるスカート。ポニーテールに結いた金色の髪に、平均より多いピアスの数々。
全てがあの時のままだった。体が熱い。全身の血が逆流するような火照りを覚える。


「……本当の本当に本物?あまりの凛会いたさに僕の脳内が作り出した都合の良い夢じゃなく…?」


「は?僕?まーいいわ。てか本当どうしちゃったの悟 あーしに会いたかったとか、そんなセリフがオマエの口から出てくるとか似合わなすぎて吹くんだけど あ、もしかしてツッコミ待ちとか?」


いつからあーしらコンビ組んだんだよ!と言ってケラケラ笑う凛だったが、一方の五条は黙ったままだ。流石の凛もこれには眉を顰めて彼を見た。


「いやなんか喋れよ…あーしが一人で喋ってる悲しい人みたいじゃん?」


「夢…じゃないんだよな?」


やっと喋ったかと思ったらまたそれだ。


やべぇ会話が成り立たねー。


それが彼女、名雪凛の思考の半分を占めていた。久しぶりに表の世界へ出て来れたと思ったら以前とはかけ離れた姿をした(といっても目元を覆う物がグラサンから目隠しに代わって髪が逆立っている意外に変化はないのだが)同級生がいたから思わず声を掛けてみたというのにどうしてかその男、五条悟は自分を視界に映したかと思うとまるで化け物を見るような驚いた目を向けてくる。(目隠しをしていたので実際は見てないががきっとそんな目をしていた)


終いには夢がどうのこうのと本当どうしちゃったんだこの男。
夢遊病か?硝子に見て早急に治してもらえ、と思ったが何か本当に様子がおかしいので一旦彼女はふざけるのをやめ、ポンと五条の肩を叩いた。


「はぁ だから夢じゃないって言ってんじゃん。いい加減信じてよ。まぁ悟も突然で驚いたかもだけどさ あーし、何とかあそこから抜け出せたみたいなんだよね どういう理由でか知らないけど、まぁ神様ってやつも気まぐれ――」


神様ってやつも気まぐれで困るよね、と言おうとした凛は突然、何の前触れもく突進して来た五条にぶつかりぶっ、と吹き出した。


「モゴっ、ちょ!くるしっ」


言葉を交わすよりも先に、体が動いた。


バタバタと凛が腕の中で暴れるがそんな物は五条にとって何の抵抗にもならない。
自分の身長に埋もれて息苦しさにもぞもぞと身動きを繰り返す凛。
もう二度と会えないと思っていた初恋が、素直になれなかったあの頃が、10年の時を経てまた自分の前に再び舞い戻って来た。


五感が、何よりこの六眼が、目の前の人物を、名雪凛という人物を覚えている。それは彼の何より大切な青い春。会いたくて堪らなかった人の匂い。体温。声。全て、何一つ例に漏れずに覚えている。忘れられるはずがなかった。だって、その人は――


「凛」


「ぷはっ!久しぶりに会ったと思ったら早速絞め殺す気かよ!?いーよ、アンタがその気なら相手したげる。表でろ悟ッ――」


言葉を紡ごうとして、また遮られた。
それも今度は五条の唇にだ。


さらりと己の頬にかかる銀髪。至近距離にある伏せられた長い睫毛。凛の目がこれまでにない程拡大されていく。


「ンン!?んごっごご!!」


状況を理解するのに数秒、いや、数十秒はかかった。

凛は目を左右に泳がせながらおおよそ女子ならざる声と共にバンバンと五条の胸板を叩く。
だがその手すらも彼の手に捕らえられてしまい、ついに彼女は動きを封じられてしまう。


「ン、んっ…!ン……」


数秒後、ふっ、と凛の体から力が抜けた。五条が少々名残惜しそうに唇を離して腕の中の彼女を見ればキュ〜と顔を真っ赤にして気を失ったエロいお姉さんことギャル呪術師がそこにいた。


「こんなんで気絶とか可愛すぎるでしょ」


ポテッと自分の胸に頭を預けるようにして気を失っている凛の顔をマジマジと見つめる。もう二度と放すものか。もう二度と彼女を危険に晒すものか。もう二度と。――あんな想いはしたくない。


五条は凛を横抱きに抱え、高専への道のりを歩くのだった。


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