「オレさ。カロスに1年留学することになった」
毎週決めた曜日にするデート。いつもの時間。よく行くコース。いつもの帰り道。ひとつだけ違うのは、グリーンの報告だった。
「へー そうなんだ。いってらっしゃい」
「えっ、おま、それだけ?!」
「えっ 逆になんて言われたかったの?」
「『行っちゃイヤ!私グリーンがいないと寂しくて堪らないの・・・!』とかさ!」
「何年私と幼馴染してきてその発言を期待したの。そんなキャラじゃないでしょ私」
「そーだけどよぉ・・・1年だぜ1年!1年会えなくなるのにそれはないんじゃねーの?」
「・・・。行ッチャイヤ私グリーンガイナイト寂シクテ堪ラナイノー(棒読み)」
「お前ホントにオレのこと好きなの?!」
好きじゃなきゃ付き合わないでしょうが。相変わらず女の子みたいなこと言うなぁ。
カロス、か。でもその名前を聞くと納得する。
「グリーン、昔からカロス地方に憧れてたもんね。ボンジュールって挨拶、好き好んで使ってたし」
「まーな!やりたいことがひとつ叶ったぜ!」
「カロスはオシャレで可愛い子が多いから、好きな子が出来たら乗り換えてもいいよ」
「ナマエお前さぁ!本当にオレのこと好きなの?!!なぁなぁ?!!」
両肩を掴まれて前後にガクガク揺すられる。必死過ぎて若干涙目だし非常に女々しい。こんなんだからレッドに「男女逆転カップル(笑)」って言われるんだよ。レッドが私の前でグリーンのことを「ナマエの彼女(笑)」って呼んでること知らないでしょ。
「ごめんごめん、冗談だってば。ちゃんと好きだよ」
「軽い・・・愛が感じられねぇ・・・」
「今に始まったことじゃないでしょ。そんな女を好きになったのは他でもなくグリーンでしょうが」
「そうだけどよぉ・・・」
もうちょっとサービスしてくれても、だとか期待するくらいいいじゃねぇかだとかぶつぶつ独り言のように呟き始めたグリーンを見て思う。
ーーーグリーンは昔から物凄く寂しがり屋だ。しかもその寂しさは、昔馴染みの近しい者にしか埋められないときた。ジムリーダーになって人望を集めるようになっても、辛いことや悲しいことを素直に打ち明けられる人はオーキド博士、ナナミ姉、レッド、私くらいしか知らない(ポケモンは除く)。格好つけるばっかで新しく理解者を作ることをしないグリーンにとって、人間関係を含む環境の変化には怖いものがあるんだろう。博士も益々偉大な研究成果を上げて忙しくなったし、ナナミ姉は結婚するし、レッドはどこにいるかもわからなくなるし。そんな中私という存在が最後の砦なんだと思う。変わっていく環境の中で、私だけは繋ぎ止めておきたいのではないか。告白された時はそう確信した。
そう、思ってたんだけどな。
カロス留学はきっと自分の意思なんだろう。あの寂しがり屋のグリーンが、自分から馴染みの場所を離れて新しい環境に飛び込んでいく。グリーンだって成長して変わっていく。それは喜ぶべきことで。寂しいなんて私のワガママの比じゃない。
新しく好きな女の子が出来たらそれはまたグリーンの成長として受け入れたいと思う私にとって、さっき言ったことは結構本気だった。そんなこと言うとグリーンが泣いちゃうのは目に見えてるから黙っておく。
「グリーン。私ね、」
「おう」
「誰よりも応援してる、グリーンのこと。グリーンが決めて、グリーンがすること。全部全部、歓迎してあげたいの。カロス留学がそのひとつなら、それがグリーンにとって最高のものになるように全力で祈るよ」
「ナマエ・・・!」
「明日にでも、エンジュのマツバさんの所に行って御守り貰ってこようかな」
ね。と向き合うと感極まった様に震えているグリーン。そのグリーンの後ろに高い階段を見つけた私は、抱きしめようとするグリーンの腕を綺麗に避けて提案した。
「あ!グリーン階段ある!久々に階段ジャンケンしよ!」
「・・・お前さ、空気読んでくれよ。今間違いなく感動的なシーンに繋がるはずだったよな?」
「いいからホラホラ!グリーンが留学しちゃったらしばらく出来ないんだし!」
グリーンの手を引いて階段へ向かう。ちなみに階段ジャンケンとは大人から子どもまで一度は遊んだことがあるジャンケンゲームで、主に階段を利用する遊びだ。ジャンケンをしてグーで勝てば「く」から始まる単語、チョキで勝てば「ち」から始まる単語、パーで勝てば「は」から始まる単語の文字数だけ、階段を進むことができる。早く階段を上りきるまたは下りきると勝ちだ。私達はどちらもポケモンと密接に関わっているので単語はポケモンの名前にするという【ポケモン縛り】ルールでよく遊んでいる。
「負けたら勝った方の言うことを聞く!これでいいでしょ?」
「・・・よしきた!ポケモン縛りで良いんだな?」
「もちろん!」
「おっしゃいくぞ!」
「「ジャンケンポン!!」」
・
・
・
「うわ〜負けた〜・・・」
「はっはーオレの戦略勝ちだな!相変わらずお前ってチョキで勝とうとするし」
「だって好きなポケモン多いんだもん・・・」
「好きだけじゃ勝てないぜ、ゲームもバトルもな!」
「んー・・・」
階段を先に上りきったグリーンが仁王立ちでドヤ顔している。その表情は昔から変わらないなぁ。グリーンに続き階段を上ると、上機嫌な表情が私を迎える。
「負けたら言うこと聞くんだったな?」
「うー・・・トレーナーに二言はない!」
「良い心構えだ。さ〜て、どーしよっかな〜?」
ニヤニヤと私を見ながら考えるグリーン。頼むから過去にあった〈ピジョットコースター〉だけは勘弁して!(あれが楽しいのは間違いなくグリーンだけだ!)
「よし決めた!ナマエ、1分間目瞑れ」
「え」
「二言はないんだろ?」
「へ、変なことしない?」
「さぁな〜?」
くっ・・・!目を瞑る系の罰ゲームはあまり例がないから何をされるか予想できない。顔に落書き、とかじゃないよな?しかし1分間って長いな・・・
「わかった。今から1分ね」
「おう!それじゃあスタート!」
合図と共に目を瞑る。1、2、3、4、5・・・と、頬にくすぐったい手の感触を受けて少し構えてしまう。
「もーちょい、上向いて」
囁く様に聞かせるグリーンにドキリとする。え、もしかして。キス・・・とか、されちゃうんだろうか。あ、マズイ。カウント忘れた・・・
「もう少し・・・あぁ、そのまま」
あぁもう囁かないで!普段意識しないけどグリーンの声、良い声だな、とかおもっちゃうから!!目が塞がってる分尚更ね!
「そのまま・・・」
グリーンの手が頬を離れる。と、今度はその手が肩に回った。えっと、肩を抱かれてるのかな?胸がドキドキうるさい。もう!何期待してんだ私!!
自分への叱咤で眉間と唇に力が入った。と、何かが唇に触れる感触。間を置かずカシャ!というシャッター音。思わず目を開ける。目の前にはグリーンの横顔。
「えっ 今何撮って・・・!」
「おー よく撮れてんじゃん。さすがオレ」
グリーンの手にしている携帯端末画面には、私がグリーンの頬にキスしているような画像が写っている。うわああ恥ずかしい!!
「やだ!消し、」
「ほら、あと30秒は残ってるぜ?」
目、瞑れよ。そう言われて瞑るより早く抱きしめられ、キスされた。キスというより、かぶりつかれたという方が正しいような。半端に口を開けていたために、すぐグリーンの舌の進入を許す。私の舌に触れるとすぐ絡め取り、私の反応を確認すると今度はもっと深く吸ってくる。舌で会話するようなこのキスは、グリーンがよくしてくるキスだ。ただ今日は時間がすごく長い。グリーンの背に回した腕は、抱き返すというよりしがみ付くという言葉のほうが似合っている。くぐもった声を何度も上げたそのキスは、絶対に残りの30秒を優に超えていた。
唇が離れると、激しさを物語るように糸が引いたけど、拭う間も無くぎゅう、と抱き込まれる。
「・・・さっき撮ったやつ。オレがカロスに行ってる間、お前の携帯の待ち受けな」
「や、やだよ恥ずかしい・・・」
「負けた奴に拒否権はねぇよ」
「うー・・・」
色々な要因で今は絶対に赤いであろう顔を、グリーンの肩口に埋める。しばらくそうして浅くなった呼吸を落ち着けていると、段々と考える余裕も戻ってきた。
少し顔を上げると、不意にこうやってグリーンの肩越しに、色んな景色を見たことを思い出す。
嬉しくて勢いのまま抱きしめられたこと。
ムードを考えてカッコつけながら抱きしめられたこと。
嫉妬して感情的に抱きしめられたこと。
悲しくて縋るように抱きしめられたこと。
ーーー好きだと言って、照れながら抱きしめてくれたこと。
たくさん、たくさん思い出があって。
その中で確かに、グリーンといて幸せだと思える時間があって。
・・・グリーンとしばらくこうして触れ合えないなんて、やっぱり寂しいよ。強がってばっかりでごめん。新しく好きな子なんてできたら、きっと私の心は折れちゃうよ。私のこと忘れないで。本当は、本当に大好きだよ、グリーン。
言葉に出来ない代わりに、その思いは目から零れて静かに頬を伝った。
十分な抱擁の末に、グリーンが身体を離そうする。
「待って」
制止と一緒にグリーンに回した腕に力を込めた。
そう、待って。この涙が乾くまでは。
グリーンが旅立って数ヶ月後。
「ーーーあ、グリーンからメッセージだ。全くもう・・・そんなに頻繁に連絡しなくていいって言ったのに」
「相変わらずの男女逆転ぶりだね」
「レッドの方には連絡ない?」
「たまにくるよ。ナマエ程じゃないけど、カロスのポケモンとか有名人と写った写真を自慢気に送ってくる。あとナマエに会ったら浮気してないか見とけ、だって。嫉妬深いねナマエの彼女(笑)」
「ね。困っちゃうよね」
「あれ。そうは言うけどナマエ、その待ち受け・・・」
「え? あ!こっ これは違うの!グリーンが留学する前に階段ジャンケンで負けて!罰ゲームでグリーンの留学中はずっとこの待ち受けにしなきゃいけなくて!」
「何馬鹿正直に守ってるの。グリーンが見てないなら他の待ち受けに変えればいいのに。なんだかんだでナマエもグリーン大好きだよね」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
*****
カロスでは。
「グリーンくんはよく携帯電話を見て楽しそうにしているね。おや?その待ち受けの女の子はもしかして、君のガールフレンドかな?」
「プラターヌ博士!へへっ そうです、オレの愛しの彼女ですよ」