お前どーせ暇だろ?ちょっと付き合えよ と幼馴染のグリーンに何処かしら連行されること数知れず。全く幼馴染使いが荒いったらもう!とか言いつつ、真っ先に私に声を掛けてくれることが嬉しいと秘密にして軽く十年。本日は水ポケモンの宝庫である水族館に連行された。
「グリーン、まさかジムサボって来たとかじゃないよね?」
「まさか!今日は休みだっつの。だいたいオレ、サボって遊んでる訳じゃないんだぜ?ちょっと遠くに行って黄昏たり、他所のジムに顔出したりしてさ」
「サボりを正当化する理由にはならないでしょー」
「いーんだよ。挑戦者少ないし」
並んで話しながら歩いていると、一際大きな水槽に辿り着く。ラブカス、サニーゴ、チョンチー、コイキング・・・比較的穏やかな性質の水中に暮らすポケモンがのびのびと泳いでいる。水槽全体を隈なく見渡せる場所で足を止めた。
「わー・・・可愛いなぁサニーゴ」
「の割にはお前の手持ちってゴツいのばっかだよなー」
「何言ってるの。私の手持ちは可愛くて一目惚れした仔がほとんどだよ?それが進化したらみんなかっこよくなっちゃって・・・グリーンだって好きでしょ可愛いポケモン」
「オレは強いポケモン一択」
「とか言って部屋に可愛いポケモンの写真集あるの知ってるんだからね!」
「ちっげーよ!あれは姉ちゃんのだって!!」
「あーハイハイ。そういうことにしといてあげる」
姉ちゃんのならなんでいつもグリーンの部屋にあるのか疑問だよなぁ。笑いを噛み殺していると肩の震えに気づかれたらしく、信じてねぇだろ!と小突かれた。痛いです。
そんな遣り取りをしていたら水槽越しにラブカスの群れがこちらへ泳いで来た。
「おー ラブカスいっぱいきた!」
「正面から見るとすげぇシュールだよなコイツら・・・」
「薄いからねぇ・・・」
横から見るとハートの群れ。うっすら青い水の寒色に映えるピンク色はとても華やかだ。そういえばこの容姿から、好きな人に送り合う習慣があるとかないとか。
「古いバージョンの図鑑解説でラブカスを見つけたカップルは永遠の愛が約束されるっていうのあったよね」
「そーいやあったなそんな解説」
「ここなら永遠の愛約束され放題だね!」
「はは!そんなレアなポケモンでもないしな!」
永遠の愛とは思ったよりも手軽なものらしい。昔はもっと希少なポケモンだったのかな?今はたくさんいるし、海がハートで満ち足りるのは良いことだ。
なぜか私達にサービス精神が旺盛なラブカス達とガラス越しに戯れていると、水族館の目玉である水ポケモンショーの開催アナウンスが流れた。
「お、そろそろ行こうぜ」
「うん」
わざわざたくさん集まってくれたラブカス達に小さく手を振り、名残惜しくもその場を離れる。水槽が大きいので水槽に平行して移動する形だ。
グリーンが館内パンフレットを開いていたので、覗きながら隣を歩く。
「おっ!珍しいなヨワシのショーあるってよ!」
「へぇ〜!群れた姿とか見られるかな?」
一緒にショーの内容に胸を膨らませていると、近くから容赦のない子どもの大声が耳に刺さる。
「あー!!おかあさん、あのひとたちのうしろにラブカスいっぱいついてきてるよ!!!」
「あら、本当ね〜」
目を向けると声の主は間違いなく私達を指差している。水槽を振り向くと、先程のラブカスの群れが私達の後を追うようにして泳いでいるではありませんか。
驚いて足を止めると、ラブカス達も私達の前で動きを止めた。
「えっ?えっ?」
「お前好かれたんじゃねーの?」
「そっ そうなの??」
さっきの短い触れ合いはそんなに好かれる程のものだったのか。全然ピンとこない。それとも私、仲間だとでも思われてる?そんな訳ないか。
その疑問の答えはすぐにもたらされた。
「ずるいー!!ぼくもラブカスに おいかけられたい!!」
「ふふ、ラブカスはね?カップルを見つけると後ろにくっついて泳ぐ習性があるのよ。追いかけてもらいたいならまずはガールフレンドを探さないとねー」
「えーーーーー!!!」
その親子の遣り取りを聞いて思わず固まる。
・・・え?
カ ッ プ ル ?
私とグリーンが?
理解すると口は速かった。
「ちっ 違います!私達カップルじゃありませんっ!!」
慌てたためか声量なんて考えられず、周囲の人の目で自分が大声だったと気付く。集中する視線にいたたまれなくなり思わず振り返り掌で水槽をペシペシ叩きながら違うからね!とラブカスに語りかける。変わらないその表情が憎らしい。
「一緒にいる男女が必ずしもカップルって訳じゃないんだからね!!」
「ではきっと両思いなんだね」
更に親子の後方から男の人の声が介入してきた。そちらを見ると、大きなサングラスを掛けた、一見中性的な男性。緑色の長い前髪を横に流し、稲妻のような形をしたもみあげが特徴的だ。あれ?どこかで見たことある・・・?
「私のポケモンにもラブカスがいるけど、想いの通じ合っていない男女に興味を示したことはないよ」
サングラスの向こうの目はきっと唇と逆の弧を描いているに違いない。上品に笑う男性の言葉に周囲のお客さんがワッと囃し立てた。
「ヒューヒュー!」
「とっとと くっついちまえ!」
「にーちゃん告白すんなら今だぞー!」
「やーん羨ましい!!」
「おかあさん、りょうおもいって なに?」
「お互いが大好きだってことよ」
みんな随分と好き勝手言ってくれるけど、私は脳内処理が追いつかない。戸惑い?恥ずかしさ?名称がつけられないその感情が、顔に熱を伴って涙腺を刺激する。なんで、やだ、こんな所で。
側に立っていながら反応が怖くて見られなかったグリーンをそろりと見上げた
ら。
そこには顔はもちろん耳まで真っ赤なグリーンがいて。こちらを伺うように視線を寄越すと、目が合ったことに過剰に驚いて肩をビクリと震わせた。止まない野次のコールにぎゅっと口を結んだかと思えば、突然私の肩を抱いて。
「行くぞ!!」
足速に歩みを進めた。
そんな私達に沸く観衆の中、
「あー!またラブカスついていってる!!」
という男の子の声がはっきり聞こえた。
あんなことがあった後にショーなんて落ち着いて見られるはずもない。ショーの場所からかけ離れた屋外の展望所に連れられても何の異論もなかった。幸いお客さんはショーを見に行っているらしく、人目は少ない。
足は止まったのに抱かれた肩がそのままなのがひどく気になる。野次を切り抜ける最善の判断だったとは思うけど、今ここには私達しかいないのに。
・・・さっきの人の話は本当なんだろうか。
強引に連れ出されるのはこの先もずっと私だけが良いと密かに思っていた私の気持ちに、グリーンも見合うものがあると思っていいんだろうか・・・
「なぁ・・・さっきの奴の話、本当だと思う?」
「ラブカス持ってるって人の話?」
「あぁ」
「・・・・・・」
本当だと思うと答えたら、それはつまり告白になるのでは?どうしよう、言う予定なんてなかったのに。正直に答えるとすれば「本当であってほしい」だ。それもまた、遠回しな告白になる。
言えばいい?伝えるとしたら今、なの?突然降って湧いたこの機会を、チャンスと捉えればいいのか、余計なお世話と言えばいいのかわからない。だけどもし伝えて「オレは違うと思う」なんて言われたら・・・。ぐるぐるぐるぐる、頭ならたくさん動くのに口は全く動かない。
返事はできずにいると。
「オレは・・・本当だったら嬉しい」
グッと肩を引き寄せられて半ば向かい合う形で告げられた。それは、私の希望と同じもの。
「ナマエが好きだ」
私が告げるのを躊躇っていた気持ちと一緒。嘘じゃないのはその赤い顔と真剣な声と、肩に置かれた少し震える手でわかる。
嘘だ。思わず漏らしてしまった呟きはきっと誤解を生んだだろう。じわ、と視界が滲む。気付いたグリーンが慌てて続ける。
「嘘じゃねえよ!言っとくけど今まで散々連れ出したのだってオレなりのアピールだからな!」
フイ、と目を逸らされた。言い訳じみたその発言に笑える余裕が戻って来る。
違うよ。嬉し過ぎて信じられなくて「嘘だ」だったんだよ。でも、それが伝わらなくたってもう構わないや。
「言っておくけど、今まで散々連れ出されたのだって私なりのアピールなんだからね」
グリーンの台詞を悪戯に拝借して返すと、バッと勢いよく戻ってくるその視線。
「私も好きだよ」
斯くしてハートの魚についての言い伝えは証明されたのだった。
初デートになった水族館での記念として、本物は要らないけどこれなら、という理由で小さなラブカスドールを交換し合ったのも良い思い出になるだろう。
*****
帰る前にもう一度ラブカスのいる水槽に行ってみた。
「うわぁ!またラブカス集まって来た!」
「そりゃあ名実共にカップルだからな!」
抱いた私の肩を引き寄せて得意気であるグリーンに、疑問をぶつけてみる。
「・・・あのさ、グリーン。さっきからグリーンの手が私の肩にあるの、なんでなの?」
「そりゃカップルだし?」
「・・・。私、こっちが良い」
私の肩が定位置になりつつあるグリーンの手を下ろして、それに私の指を絡めて繋ぐ。恋人繋ぎって、実はちょっと憧れてた。
「・・・お前、可愛いトコあるじゃん」
「かわ・・・っ?!付き合うことになったからって そういうの無理して言わなくていいよ!!」
「無理してねーよ。あ〜可愛いなオレの彼女超カワイー!」
「ちょっとやめてってば!!」
そんな甘ったるい空気を敏感に察した水槽中のラブカスが私達を囲み、側からだとまるでバカップルがハートを乱舞させているようにしか見えない状況だったなんて、恋人になりたてほやほやの私達は知る由もなかった。
「おいちょっと見てみろよあそこのカップル・・・」
「うっわ何あれ、ラブカスも相まって超うぜぇ・・・リア充爆発しろ」
「ちょ、マジウケる!写真撮ろ!」
「今日のブログのネタ決まり〜」
「なんとワンダフル・・・!」
こんなことを言われていた事実ももちろん知らない。