あぁ、よく寝た・・・どれくらい時間経ったのかな。ウインディ退屈してないかな。
むくりと起き上がると何かがパサリと滑り落ちて、肩から熱が奪われた。視線を落とすと重厚感のある布が掛けられてあって・・・はて。記憶にないぞ、この布。持ち上げて確認しようとしたところで耳に入る声。
「起きたかい?」
「! ワタルさん?!」
振り向くと片膝を立てて座っている憧れの上司ワタルさんが。どうしてここに・・・?そしてそのシルエットに少し違和感を覚える。こんなにすらっとした人だったろうか・・・あ、もしかして掛けられてたこの布って。
「これ、ワタルさんのマントですか?」
「あぁ。春とはいえ風は冷たいからね。風邪をひかないように掛けさせてもらったよ」
やっぱり!どうりでワタルさんに違和感あると思った!マント有る無しじゃ印象変わるなぁ。
「ありがとうございます!お陰でとても快適に眠れました!えっと、ワタルさんはどうしてここに?」
「実は俺もこの場所に目を付けていてね。花見をしようと来てみたら先客がいて驚いたよ」
「そうだったんですか?!すみません、私は充分お花見したので もうお暇しますね!」
「いや、それには及ばな ーーー危ない!!」
マントを抱え慌てて立ち上がると、寝起きだったせいか重心が定まらず盛大にフラつき芝生とこんにちはしそうになったところで、ワタルさんに支えてもらった。素晴らしきワタルさんの反射神経。気がつくと私は芝生ではなく逞しい胸に随分と熱烈なご挨拶をしていた。ドクン、と心臓が派手に跳ねる。
「すっ すみません!!」
「怪我はないか?」
「お陰様で!」
マントが無いと細身に見えるとは思ったものの、触れた胸板はしっかりと筋肉が付いている感触だ。実際私の体重を咄嗟に抱き留めてもビクともしないし、相当鍛えている身体。カァッと顔に熱が登る。これ以上変な気を起こさない内に離れようと一歩下がろうと足を引こうとしたところで。
「あ あれ!?足元に何か巻き付いて・・・!」
「ん? 確かに何か・・・」
足元だけに止まらず、螺旋を描きながら上へ上ってくるそれはワタルさんも巻き込んでいるらしい。一緒に縛られたような体勢で、離れるはずが逆に密着してしまった。
「なっ 何?!もしかして野生のポケモン!?」
「シッ!大丈夫だ、絶対に危害は加えさせない」
「ワタルさん・・・!」
でも、これがもし、野生のアーボだったら・・・怖くてワタルさんの服をギュッと握った。気付いたワタルさんも安心させるように自由が利く範囲で私の背中に腕を回してくれる。
ていうかウインディ!私ピンチだよ助けて!!少し目を動かすだけで視界に入るウインディにSOSを訴えてみるが、こちらを見ているだけで全く動く気配がない。そんな、いつもなら私の危機には真っ先に来てくてるのに!
・・・ん?待てよ、ウインディが動かないってことはもしかして逆に危機的な状況じゃないってこと?
そして犯人はワタルさんの肩口からひょこっと顔を覗かせた。頭部に小さな角と羽のような形の耳、首には水晶のような透明度の高い丸い石があり、その石に負けないくらいつぶらな瞳。
「ハクリュー!?」
「クー!」
「なんだ、お前か・・・」
頭上で がくりと脱力するワタルさんに「なんだとはなんだ」と不満気にワタルさんをつつき出すハクリュー。
「びっくりした・・・ワタルさんのハクリューだったんですね」
「すまないな、やんちゃ盛りで。気配を消して近づいて来るから厄介なんだ」
「優秀な証拠ですよ。将来有望ですね」
でしょでしょ?といった感じだろうか。ハクリューが目を輝かせて私の頬に擦り寄ってきた。可愛い。すごく可愛いんだけど、ワタルさんの肩から身を乗り出したことによって私達に巻き付いている部分が更に締まる。よってワタルさんと密着する面積がこれ以上ないくらいだ。この素敵な大胸筋を堪能出来るのは願っても無い役得なんだけど、長時間密着すると本格的にまずい。主に私の心臓が。
「あの、ハクリューちゃん・・・離してもらえるとありがたいんだけど・・・」
「クー?」
「ハクリュー、離れるんだ」
「ク!」
私の言葉には不思議そうにしてワタルさんの呼びかけにはプイとそっぽを向いた。なんだお前か発言は根に持たれているみたい。ワタルさんが強行突破とばかりにハクリューの巻き付けを解こうとしたけど、そこはやっぱり伝説級のポケモン、ビクともしない。むしろワタルさんに対抗したのか締め付けが強くなってしまった。
「す、すまない!」
「いっ いいいいえ!」
完全に動揺丸出しで返事してしまった。
「ウインディ 助けてー!」
今度は言葉にして助けを求めるけど、頼みのウインディは何やら微笑ましいものでも見るような顔でシッポを振ってその場から動かない。ずっと一緒に居たからわかるぞ!その顔は「よかったねー!」の顔でしょ!普段から聞かせている「今日のワタルさんもかっこよかったー!」発言がこんな所で響くとは・・・!
「すみません、私のウインディには私達がじゃれ合ってるようにしか見えてないみたいです・・・」
「はは、参ったな・・・」
他の仔は・・・ダメだ、めっちゃ遠くにいる!よく見たらワタルさんのカイリューに遊んでもらって楽しそうにしてる・・・!問題のハクリューは私の頭にジャストフィットな場所でも見つけたのか、頭部を私の頭に乗せてきた。ダメだわコレ、何も進展しない・・・!
「あ、あはは・・・まだ少し風が冷たいし、人肌恋しいんでしょうかねハクリューちゃん・・・」
「そ、そうかもしれないな・・・」
どうにも出来ないこの状況、苦し紛れの私の言葉に同意するしかないワタルさん。
「本当にすまない、俺のハクリューが・・・」
「まぁまぁ、今だからこそできる甘え方なのかもしれませんし!カイリューになるとこんなこと出来ませんから!」
「そうだな・・・」
この状態での沈黙が怖い私は、矢継ぎ早に思ったことを口にした。
「私としてはワタルさんの胸板を堪能できて役得ですけどね!あはは!」
「・・・・・・」
そして墓穴を掘った。
自分からワタルさんが反応に困る様なことを言って沈黙を招いてしまった。
しまった。ワタルさん引いてるよきっと・・・こいつ気持ち悪いなとか思われてるよきっと・・・!終わった、私の
淡い恋。
心の中で滝の如く涙を流していると、頭上からワタルさんの声。
「えぇと・・・じゃあ申し訳ないんだが、もう少しこの状況に付き合ってもらえると ありがたい、かな」
歯切れの悪い言い方。いつもの明朗で覇気のあるワタルさんとはかけ離れていてる。でもその内容は、私が恐れている反応とは間逆。
「こ、光栄です・・・」
試しにコツンとおでこをその胸に預けてみると、背中に回っていた腕に力が込められた。
すでに走った後みたいに暴走気味な私の心臓だけど、くっつけた額から伝わる鼓動も同じ様に速い。
もしかして もしかして。
期待、していいんでしょうか?
ハクリューから解放されてようやく確認出来たワタルさんの顔は真っ赤だったけど、私も人のこと言えない顔だった自覚はある。