すぐ側で人の息遣い。そして控えめに呼ばれる。ナマエさん、と。誰かが近くにいるみたいだ。

ーーーごめん、まだ眠いの。もうちょっと寝かせて。

反応を疎ましがるのが表情に出てしまったのか、クス、と笑いが漏れる音が聞こえた。


「今はまだ未熟で、貴女に全然及ばないけど、」


まだ大人になりきっていない、男の子の声。私に気を遣ってか、声を潜めている。


「いつか必ず、貴女に相応しい男になってみせます。それまで、待っていてくださいね」


穏やかに、けど真剣に。耳に流れ込むその声が心地良い。

ーーーうん、待ってるよ。頑張って。

眠いし言葉の意味は深く考えてないけど、なんだか応援したくなる。声には出さないけど、少し口角を上げ笑ってみせた。すると、頬に柔らかくて温かいものが押し付けられる。離れる際に聞こえた息遣いから、それが誰かの唇だったことを知る。


ーーーあなたは、だれ?


だけどついに眠気に勝てることはなく、そのまま心地良い闇に沈んだ。





「・・・・・・?」

目が覚め起き上がってみると、ウインディと私の周りに寄り添って眠る、遊び疲れた私のポケモン達と、更にうちの仔じゃないポケモンが数匹一緒に眠っていた。野生のポケモン・・・?にしてはこの辺りでは見かけない仔達だ。チルット、コリンク、マリル・・・そう言えば、あの子達の手持ちにこの仔達が居たような・・・


「あ!ナマエさん!!」


ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえる方を振り向くと、ヒビキくん、ユウキくん、コウキくんが少し離れた草むらから出て此方へ駆け寄って来た。


「目、覚めたんですね!」

「うん・・・?」

「集団で寝てるし、野生のポケモンから眠り粉でも食らったかと思いましたよ」

「えっと・・・?」

「ヒビキ、ユウキ、ナマエさん混乱しちゃうってば」


いまいち状況が飲み込めない私に、コウキくんが助け船を出してくれた。

つまり、こういうことらしい。
3人は図鑑を埋めるべくまだゲットしていないポケモンを探しにここへ来たけど、桜の木の下でポケモン達と熟睡している私を発見。あまりに無防備なので自分達のポケモン数匹に見張りを頼んでここを離れたらしい。・・・見張り頼まれた仔達、全員寝てるけど。


「そうだったんだ・・・気遣ってくれてありがとうね」

「いえ。見張りの意味、なかったみたいですけどね・・・」


コウキくんの視線の先には、見張りを頼んだはずの3匹を「なんで一緒に寝るんだよ〜」「見張っとけって言ったじゃん!!」の声と共に揺すり起こしているヒビキくんとユウキくん。


「まぁまぁ。こんなに気持ち良い日だから仕方ないよ!それに私は3人の優しさにすごく感動してる。一緒に来た訳でもないし、私なんて放っておけばいいのにさ」

「そんなことできる訳ないじゃん。もし寝てる間 ナマエさんに何かあったら何もしなかった俺達が後味悪いし」

「はいはいツンデレツンデレ」

「ツンデレって言うな!!」

言葉に棘があっても行動は裏腹なユウキくん。


「ナマエさん もうちょっと危機意識持ってください!野生のスリーパーが来たらどうするんですか!連れ去られますよ!」

「いい夢みた記憶ないから大丈夫」

「そういう問題じゃないです!」

心配が極まってお説教モードに入りそうなヒビキくん。


「ポケモンもそうだけど人間だって怖いんですよ。闇バイヤーに狙われたらシャレになりません」

「うちの仔強いから負けないよ?」

「僕が闇バイヤーなら寝ているトレーナーを人質にとってポケモンを捕獲します」

「うっ・・・」

冷静に痛い所を突いてくるコウキくん。


三者三様の言い分だけど、私達のことを考えてくれてのことだってよく伝わる。本当に思いやりのある立派な子達だ。だからこそ からかいたくなるのは私が年上だからだろうか。


「それにしても、私よりずっとレベルが下の男の子達に心配されるなんて、私も随分甘く見られたもんだな〜?」


挑発的に言ってみると「えっ」「ハァ?!」「あはは・・・」とバラける反応がやっぱり楽しい。


「うそうそ。心配してくれてありがとう。すごく嬉しかった」


素直に感謝を伝えるとこれはまた各々全然違う反応で照れている。とても可愛くて、込み上げる笑いは止める事ができなかった。

年の差は埋まらないけど、レベル差ならきっとあっという間に埋まるだろう。バトルセンスの他にトレーナーとしての勘、ポケモンとの信頼関係他諸々、3人の成長には目を瞠るものがある。この子達相手に苦戦を強いる未来もすでに想像できている。だけどこっちだって簡単に倒される気はないし、まだまだ姉貴分を気取らせてほしい。


ーーー不意に、さっきの夢か現実かよくわからない、こちらを覗き込むような誰かの気配を思い出した。「待っていてください」・・・この言葉は、彼等の中の誰かが言ったんだろうか?口付けされたであろう頬に指先を当てる。


一体、誰が?


・・・いや、誰だっていいや。だって夢かもしれないし、私は3人全員のこの先を見守りたいんだから。


「いい男になるね、3人とも。成長が楽しみだよ!」

「はいッ 頑張ります!!」

「年上だからって上から目線やめてもらえません?」

「期待に添えるように頑張りますね」

「ふふふ!」


楽しみにしてる。
だから、はやくここまでおいで。




青い春
青い春




見てないところで唇に手を当て顔を赤くしているのが彼だったと知るのは、数年先の話。