「お待たせ致しました」


見た目も涼しげなステンドグラス風のコースターの上に置かれたグラスに、ミルクとコーヒーの2層がグラデーションになっている芸術的なアイスカフェラテ。カランと音を立てて崩れる氷も茹だるようなこの暑さを切り離し、視覚聴覚を虜にするとても美味しそうな一品だ。


「い、いただきます・・・!」


勿体無いと思いながらも手作りのシロップを入れゆっくりかき混ぜ、二色を混ぜて一色に変える。ストローで吸い上げたそれは、見た目の通りーーー


「美味しい!」


さすが本職シェフ、飲み物の域を越え料理になってしまいそうな味わい深さ。お菓子なんて添えなくても舌が満足してしまう、うーん・・・上手く言えないけど食べ物に下剋上起こした飲み物的な!

頭の中で懸命に感想を考えながらもカフェラテを飲んでいたら、私の一連の様子を真剣な眼差しで見守っていたズミが額に手を当て大きく溜め息を吐いた。


「ハァ・・・ダメだ、こんなものでは・・・」

「えっ どうして?!美味しいよ!!?」

「この程度では、まだまだ・・・」

「一体何を基準にまだまだなの?私の感想、信用できない?」

「そうではありません。しかし、まだ及ばない・・・」


最近のズミはちょっとおかしい。アイスカフェラテに異常なまでに執着し、作る度に私に試飲を頼む。今日のも、もちろん過去のカフェラテだって凄く美味しかった。そう伝えているのに、ズミはダメだ、違う、まだまだ、及ばない、を繰り返すばかり。ズミはバリスタでないにしろ、飲み物も大切な料理のひとつと考えているからバリスタも唸るコーヒーだって作れるのに。


「ねぇ、どこかにカフェラテが凄く美味しいライバル店でもできたの?」

「いいえ」

「アイスカフェラテの売り上げでも上げたいの?」

「いいえ」

「アイスカフェラテを目玉品として売り出したいの?」

「いいえ」

「もう!だったらどうしてそんなにカフェラテにこだわるの!最近のズミ、なんか変だよ?」


これが料理人のこだわりというものなんだろうか?自分の追い求めた味でなければ妥協は許さないで、こんなに険しい顔をして。華やかなお店のメニューになるには、こんな舞台裏が?私の理解が足りないのかな。
結局そこに考えが行き着いて、ズミに謝ろうと一度は伏せた顔を上げる。


「・・・ナマエのせいです」

「え?」

「ナマエが、ショップのカフェラテをあんな風に飲むから・・・!」


拳を握りワナワナと震わせるズミにぎょっとする。確かに私はフレンドリィショップのアイスカフェラテが好きでここ最近はよく飲んでいる。なんでズミがそんなこと知ってるんだっけ?記憶を遡ると早速思い当たった。併設されたショップで飲み物は買わない主義だった私が、あの暑い日初めてショップのアイスカフェラテを注文した。その隣にはズミがいて。

ショップの飲み物にあまり期待していなかった私は、予想以上に美味しいカフェラテに驚いて、美味しいを連発したっけ。そんな私を、ズミは信じられない、といった表情で見ていたーーー気がする。あの時?


「あんな風って・・・?」

「驚いた後に、あんなに無邪気に美味しい美味しいと子供のようにはしゃいでーーー」


あ、うん、だって。本当に予想外に美味しかったんだもん。年甲斐もないのは許して。


「あの表情が引き出せるのは私だけでありたかったのに!」


ダン!とテーブルを叩いた拍子にグラスの溶けかけた氷が音を立てる。それから堰を切った様に、あんな表情はこのズミの作る料理でしか見た事がなかったのに云々かんぬん、ズミが眉間に皺を寄せながら力説する。え、もしかして私にカフェラテを飲ませ続けたのって・・・?


「ズミ・・・ショップのカフェラテに対抗してたの?」

「対抗?まさか!このズミが作ったカフェラテがボタン一つで出てくるような大量生産のものに劣るとでも?」

「違うの?えっと、じゃあ何だろ・・・嫉妬?」

「そうではッ、」


そうではない、が最後まで紡がれる事はなかった。その代わり、たっぷりの沈黙の後、


「・・・・・・その言葉が的確と言えるでしょう」


肯定の言葉に証明するような薄っすら赤い頬。プイッと顔を逸らしてむすっとしているらしくないズミがいじけた子どもみたいで、なんだか可愛い。要するに、自分の作るカフェラテで私の例の表情が見たかったってこと。理由まで可愛くて、笑ってしまった。


「料理人は嫉妬の対象も人じゃなくて飲食物なの?職業病だなぁ」

「・・・何とでも」


これから美味しいものに出会う度に今のような嫉妬をさせちゃうんだろうか。それはそれで嬉しいけど、大事なことは忘れないでほしい。


「人でも物でもズミには敵わない。嫉妬なんてするまでもないんだけどなぁ」


どうやらヤキモチ焼きであると発覚した恋人に冷静になってもらうべく、無防備に晒されている赤い頬にアイスカフェラテで冷えた唇を寄せた。




職業病的嫉妬
職業病的嫉妬




あの日ショップのカフェラテにあんな反応をしたのはショップの飲み物に全く期待してなかったから思いの外美味しくて本当にびっくりしたこと、暑くて喉もカラカラだったし冷たいってだけで美味しさも倍に感じたこと、最近飲んでいるのは手軽だからということ。ズミの出してくれるカフェラテの方がずっと好きだけど、試飲だと思うと感想を考えなくてはと緊張していたためにズミの好きな反応をしてあげられなかったこと。

誤解を解くために色々話したんだけど。


「・・・それでも。私は悔しかった」


どうしようもなく愛しい嫉妬はしばらく続いた。もう、貴方がこんなにかわいい人だったなんて。