寒くなってきたなぁ。
吐く息も目で確認できるようになったし、自転車やポケモンで移動すると寒さが目にしみて涙が出てくるし。そろそろこの裸の手にも手袋というお洋服が必要な時期だ。はぁ、と息を吹きかけても温かくなるのは一瞬で、再び冷たい空気に晒される。けどこんな寒い日だから、待ち合わせ場所に先に来て良かった。いつもなら先に来るのはマツバの方だけど、私だってたまにはマツバを待ちたい。
今日みたいな寒い日なら尚更、マツバを待たせるわけにいかない、冷えちゃうもんね。うんうんと納得していると、待ち人が来た。
「お待たせ。待たせちゃったかな」
ムウマージとお揃いっぽい紫のストールに、暖かそうなリブ生地の服。やぁ、と軽く上げたその服の袖には私同様裸の手ーーー
が、真っ赤。
「うわあああああ?!」
尋常じゃない赤さに思わず悲鳴を上げてしまう。確かに今日寒いけど、こんなに赤くなるほどじゃないよね?!ていうかマツバを冷やさないようにって私の気遣いは一体…!
「マツバどうしたの?!どうしてこんなに手赤いの!?水仕事してきたの?!それとも物凄く冷え性なの?!ちゃんと血通ってる?!感覚ある?!どうしてこんな痛々しいことに…!」
駆け寄ってその手を取る。
「ほらもう!こんなに冷たく………あれ?」
冷たく、ない。むしろ暖かい。けど手は赤い。どういうこと?不思議に思いマツバの手にペタペタと触れ観察していると気づいた、爪も薄っすら赤く染まっていること。えっと…?
「ふふ、びっくりした?寒くて赤い訳じゃないんだ」
「じゃあ何で…?」
「漬物を漬けてて」
「つけもの」
「うん、赤い野菜を漬けると色がどうしても手に移っちゃってね」
「つけもの…マツバ、漬物漬けたりするんだね」
「毎年この時期になると漬けるんだ。エンジュでは恒例行事だよ」
「そうなんだ…」
さすが古都エンジュ。季節に合わせた行事が家庭に浸透してるのね。じゃあ漬物漬けてる人はみんな等しく手が真っ赤なのかな。ちゃんと観察してみよう。
とにかく良かった、マツバが寒い訳じゃなくて。ホッと息を吐くと、嬉しそうな声。
「心配してくれたの?」
「そりゃあ、あんなに手が赤かったら・・・」
「慌てて駆け寄って来たと思ったら、必死になって僕の手を温めようとして。冷たくないってわかったら、ホッとした顔して。
ーーー君って本当、可愛いな」
ふにゃ、とした笑顔で発せられたその言葉の威力で何も身構えていない心臓が途端に慌てだした。
「よ、よくそんなことサラッと言えるよね…!」
「事実だからね」
「左様ですか…」
「あれ?顔赤いけど、僕のが移った?」
「そうだね!空気感染かな!」
照れ隠しには無理がある言い訳であるとわかっているのか、マツバがくすくすと笑う。ちくしょう。恨めしげな視線を送っても楽しそうなその笑いにつられて私も仕方なしに笑うしかない。
「待ってる間、寒かったでしょ。温めないと」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ」
「じゃあ要らない?」
「? 何が?」
「ぎゅーって」
そんな可愛らしい擬音と共に両腕を差し出されハグ受け入れ体勢をとられぎょっとする。
「いや、あの、ここ人通りもあるし、目立つし、」
「じゃあ ぎゅー、しない?」
頭を可愛らしく傾げる様も似合うのはどういうことなの。言い訳は並べたものの、肌触りの良いリブ生地にマツバの体温と匂いがセットで堪能できるその提案、羞恥心との間をぐらぐら揺れに揺れた結果、
「ぎゅ…ぎゅー」
遠慮がちに音を真似ながらその腕にお邪魔した。当然の様に私の背中に回るマツバの手。あぁ、あったかくて幸せ!
「漬けた漬物はいつ頃食べられるの?」
「年末年始が食べ頃だよ。その時はおいで」
「わーい!」