カントーを回ってバッヂも集めついにやって来ました難関トキワジム。私もポケモン達も気合い充分だった。
少しはジムの特色や雰囲気などを把握しておこうとトキワシティの人にジムの情報を聞き出した時ーーー
『ジムリーダーのグリーンさんはあの有名なオーキド博士のお孫さんよ。ポケモンリーグチャンピオンにもなったことがあるすごい人なの!』
グ、グリーン?!オーキド博士の孫!!
このワードを聞いてジムに向かっていた足を引き返した。
というのも昔、私はマサラタウンに住んでいた。当然のようにマサラタウンの学校に通っていたのだが、そこにはグリーンくんも通っていて。当時グリーンくんには意地悪ばかりされていて、いい思い出がない。私は彼と仲良くしたかったけど、何故だか私は嫌われているようだった。
グリーンくんにみんなの前で恥をかかされて大泣きした後すぐ、父の急な転勤に喜んで首を縦に振り逃げるように転校したのも苦い思い出だ。
そのグリーンくんがジムリーダーをしてるなんて・・・!どうしよう、私ってわかったら戦ってもらえないかもしれない・・・勝ってもバッヂくれないかもしれない・・・!
そうなっては困るので、私は急いで対策を練った。
*****
「よう、ノア。お前もすっかり常連だな」
「きっとそれも今日までだけどね!」
「ハッ!言うじゃねぇか!」
ジーンズにパーカー、そして深く被ったつば付きの帽子。ありふれたポケモントレーナーの格好。私の練った対策は、偽名を使い別人としてバトルすることだった。
やはりチャンピオンになっただけあり、グリーンくんは強い。これで8戦7敗。何度も会ってはいるけど、グリーンくんは私が挑戦者「ノア」であると疑わないようだ。
「さぁ、どれほど鍛えたのか見せてもらうぜ!」
お互い宙にモンスターボールを放つ。役目を終えたトレーナー達が見守る中、8度目になるバトルが始まった。
接戦を制し、最後まで倒れずに残ったのはーーー
「ピジョット戦闘不能!よって勝者・挑戦者ノア!」
私のブースターだった。
「やった・・・やっと勝てた・・・!」
こちらに駆け寄ってくるブースターを抱きしめる。
「ありがとうブースター・・・!いいバトルだったよ!」
「キュー!」
ブースターと喜びを分かち合っているとパチパチパチと手を打つ音が聞こえ顔を上げた。
「このオレが負けるなんてな!けどまぁ、負けは負けだ。認めてやるよ。なかなかやるじゃねぇか!」
讃えるグリーンくんに続き、観戦していたトレーナー達も拍手で迎えてくれた。
「いや〜君が勝ったら寂しくなるなー」
「そうそう。最近のリーダーは君が来ると思って真面目に仕事してたし」
「ま〜たあの放浪癖が復活しちゃうのかぁ。困った困った」
「おいお前ら!余計なこと喋んな!」
親密なやり取りに思わず笑ってしまう。トレーナーさんもみんな、良い人達だったなぁ。
ブースターをボールに戻し、バトルフィールド中央でグリーンくんと向かい合う。
「約束のグリーンバッヂだ。受け取りな」
「ありがとう!」
差し出した手の平にポトリと落ちるバッヂの感触。きっと苦労の度合いだろう、いつもに増して重みがあるように感じた。でも良かった、無事にもらえた!
「悔しいが・・・来る度技に磨きがかかってたな。お前はもっと強くなれる。今後の活躍、見届けさせてもらうぜ」
そう言って手を差し出された。
「わた・・・僕も君とのバトル、すごく楽しかった。本当にありがとう!」
そして堅く握手を交わす。私って言いかけてしまった。
だけど私がもし男の子だったら、グリーンくんとこんな風に仲良くなれたのかな。そんなことを思って少しだけ切なくなっていると。
「ーーー隙ありッ!今だオニスズメ!!」
突然私達を囲んでいたトレーナーの1人が声を上げた。驚いていると、視界の半分を埋めていた帽子のつばが消え、帽子に詰めていたはずの髪の毛がバサリと肩に落ちる。
ーーーえ?
何が起こったのかと顔を上げると、目の前には吊り目がちだけど端正な顔をしたツンツン頭の男の人(ぐ、グリーンくんだ!)が驚いている表情、その背後に帽子を咥えたオニスズメが飛んでいる。
ーーーえ?!!
帽子を取られたと理解して握手を解き髪の毛が跳ねる勢いで下を向いた。え、え、なんで・・・!
「ほーら俺の予想通り女の子だったじゃん!!」
「あら。線の細い男の子説は消えたわね・・・」
「え、でも『僕』って言ってたよな?」
「僕っ娘か・・・いいな!」
「お前頭沸いてない?」
どうやら暇を持て余したエリートトレーナー達の遊びに巻き込まれたようだ。私がどっちつかずの格好をしていたせいで性別が気になっていたらしい。バ、バレてないよね?!とりあえず下を向いてシャイってことにしておけば・・・
「ーーーナマエ・・・?お前、ナマエか・・・?」
唖然としていたグリーンくんが口を開いた。あの一瞬でバレたの!?嘘でしょ?!!もう5年は会ってないのに!!
「ち、違います・・・」
他人の空似ってことで合点してもらおうと否定したらなんと顔を両手で掴まれて上を向かされた。ヒエエエエエ!!「キャーリーダー大胆!」って言ってるオニスズメを繰り出したそこの男性トレーナーをボコボコにしたい。
イケメンに成長したグリーンくんにマジマジと顔を見られ照れていいはずだが、私にとってはそれ以上に恐怖が。誰がお前なんかにバッヂやるか、返せって言われたらどうしよう・・・!あの頃の記憶が甦り涙腺が緩んできた。
「! やっぱりナマエじゃねぇか!!」
「・・・ッヂだけは・・・」
「は?」
「バッヂだけは取らないで!!!」
グリーンくんの両手を振り払って私は来た道を走り出した。
「おっ おい待て!!」
後ろから追いかけて来る気配。
まずい、この先には床の仕掛けがある。なんとか回避しないと・・・そうだ!カイリューを回復させて飛んでいけば・・・!
ポーチから急いで回復アイテムを取り出しカイリューの入ったモンスターボールに使用する。そのままボールを投げようと腕を振りかぶった、が。
すぐに追いついたグリーンくんにモンスターボールごとその腕を掴まれてしまった。
「っ、来い」
強い力で腕を引かれ、私は彼に引きずられるようにしてついて行くしかなかった。
連れていかれた先は事務室のようだった。扉がバタンと閉まり、手は離されて向かい合う。室内にはグリーンくんと私の2人だけ。・・・沈黙が辛い。
「ーーーなんで偽名使って来たんだよ」
グリーンくんの声が静かに響く。
「わ、私だって気付いたら、戦ってもらえないかと思って・・・」
「ハァ?!んな訳あるか!オレだっていつまでもガキじゃ・・・」
声を上げたグリーンくんにビクッと肩が反応する。その私の様子に気付いたのか、グリーンくんは言いかけていた言葉を止め「あーーー・・・」と濁して視線を下げた。そしてまたチラリと私を見て、意を決したように向き合った。
「ごめん」
「え?」
「お前のことたくさんいじめてきた。変装して来たのだって、オレに会いたくなかったからだろ?」
「あ、会いたくないっていうか、その・・・むしろグリーンくんが私に会いたくないだろうなって思って・・・」
「思ってない」
私の言葉に被せてハッキリと否定したので面食らった。バトル時とは打って変わって落ち着いたトーンで続ける。真っ直ぐに私を見据えて。
「オレはずっと会いたかった。
・・・ずっと、謝りたかった」
ごめんな。なんて、面と向かって謝られる日がくるなんて思わなかった。グリーンくんはグリーンくんで、ずっと後悔していたんだろうか。
うん、きっとそうだ。どんなに意地悪されたって仲良くなりたいと思っていたのは、彼の悪者になりきれていない面を知っていたからじゃないか。
「・・・ううん、もういいよ。グリーンくんに嫌われてる訳じゃないなら、安心した。
私こそ、名前変えて変装までしてごめんね。でもグリーンくんとのバトルは本当に楽しかった。またどこかで会えたらバトルしてくれる?」
私の言葉に、グリーンくんは固まった。えっ やっぱ嫌だった?!私が本格的に慌てる前に、咳払いをしてグリーンくんが続ける。
「またどこかで、なんて悲しいこと言うなよ。せめて汚名は返上させてもらわなきゃな」
ポケギアはあるか?と聞かれ、あると答えると番号を交換しようと持ちかけられる。断る理由がないので二つ返事で快諾する。
「良かったら、これから色々聞いてもいい?ポケモンのこと、ジムのこと・・・グリーンくんのこと」
「! あぁ、もちろん!」
「じゃあ、」
その流れでもう一度、今度は私から握手を求める。グリーンくんはキョトンとして手と私を交互に見た後、理解したのかしっかりと手を握ってくれた。お互い照れ臭くてハハ、と力無く笑った。
まさかここに来てグリーンくんと和解できると思ってなかった。できることなら、昔の私に伝えてあげたい。グリーンくんと仲良くなれたよ、って。
*****
「へ〜そちらがウワサのナマエさんですね〜!」
「綺麗な人じゃないですか〜!」
「水臭いですよグリーンさん!言ってくれれば良かったのに〜!」
再びフィールドに戻ると、全体的にニヤニヤしたトレーナーさん達に迎えられた。あれ?さっきまでいなかった帽子の男の子と女の子が増えてる・・・
「ヒビキ、コトネ、来てたのか。・・・な、なんだよお前ら、揃って気持ち悪い顔して・・・」
「いや〜たまたま来たヒビキくんとコトネちゃんに聞いたんですけど〜、ナマエさんてグリーンさんの初恋の女の子だそうじゃないですか〜!」
「な・・・っ?!」
ーーーえっ?
「普段から『ナマエって名前の女トレーナーが来たらバトルする前に連絡しろ』とか言ってたから恋人かな〜とは思ってたんスけど、まさか初恋の女の子だったとは!」
「グリーンさんて意外と純情だったんですね〜!」
「はいはーい!まだ情報ありますよ!好きなのに素直になれなくて意地悪ばっかりしてたけど、ナマエさんが転校したって聞いたら大泣きしたって!ねっ、ヒビキくん!」
「そうそう!あ、情報提供はレッドさんです!」
「〜〜〜レッドが・・・!」
「で!?長年の恋は実を結んだんですか?!」
怒涛の会話の応酬に口を挟む間も無く立ち尽くしていたら、バッ!とみんなの視線が私に向けられた。
え、え!?
グリーンくんってそうだったの?!あの意地悪とか、私のことが好きだったからなの?!情報源がレッドくんて・・・!
真偽を確かめるべく見たグリーンくんは顔が真っ赤で。そ、そう言えば否定もされてない・・・!
私は一気に顔に熱が上がるのを自覚し、心臓も過剰に働き始めた。どどどどうしよう・・・!顔も身体も一気に沸騰したみたいに熱くなった。
期待の眼差しを一身に受け、私は居てもたってもいられずにーーー
「おっ お邪魔しましたっ!!!」
今度こそカイリューに乗ってトキワジムを後にしたのだった。
続く予定