!完全に中世日本風異世界設定。



頭が痛い。寝過ぎたような、頭をぐちゃぐちゃに掻き回されたような、そんな鈍い痛み。そうだ、ここはどこ?見慣れない天井が視界に広がる。私は確か、山を越えた隣の村へお嫁に行くために、駕籠に乗っていて、それでーーー


「目が覚めたかい?」


突然かけられた言葉にもさほど驚かなかったのは、その声がその空間によく馴染む心地良い低音だったから。顔を向けると、ひとりの男性が私の横たわる布団の側に腰を下ろしていた。気だるい身体を叱咤して上体を起こし、男性と向かい合う。


「…貴方様は?」

「初めまして、僕はマツバ。君の夫になる男だ」


この方がーーー私の旦那様になる男性…とても落ち着いた雰囲気の、常に笑みを纏っている優し気な方。深い紫色の着流しのせいか少し謎めいた印象もまた彼の魅力を引き立てているよう。


「覚えているかな。山を越える途中、君は土砂崩れに巻き込まれて。頭を強く打ったようで、発見した時から今までずっと気を失っていたんだ」

「そうでしたの…。では、あの、私を運んでくれた担ぎ手の方々は?」

「…うん、君同様に気を失った状態で助け出されたけど、意識が戻ってからは次の仕事があると言って早々に戻っていったよ」

「そう、良かった…」


無事であることに胸を撫で下ろす。私に関わったことで命を落とすなんてことにならなくて良かった。できるならお礼を言いたかったけど、私はそんなに長く眠っていたのか。不意に、布擦れの音が近付づいた。ハッと上げた視界はいつの間にかマツバ様の肩越しになっていて。


「それは僕の台詞だ。良かった、君が無事で。君が目を覚ましてくれて、本当に良かった…」


男性にしては華奢だと思っていたけど、抱き締める腕は見かけによらず力強い。
この方は、会ったこともない花嫁の私をここまで案じてくれていたのか。そう思うと、強く心が揺さぶられる。こんなに素敵な方が、私の旦那様。


「マツバ様…」


その名を呼んでみる。安心してもらう為にも、その背に手を回した。ありがとうも大丈夫も伝えられるほど親しい間柄では、まだない。だから、かねてより用意した言葉を代用した。


「貴方様の妻となる為、参りました。どうぞこれより、末永くよろしくお願い致します」


その言葉に少し身を離したマツバ様は私の頬に手を這わせ、嬉しそうに目を細めた。紫水晶のような瞳が美しくて、ずっと眺めていたい…私はきっとこの方に夢中になる、そんな未来を予感した。


「うん、ずっと、ずっと待っていたよ、僕の花嫁さん」

















村と村とを繋ぐ山間の道。担ぎ手達の変死体と、もぬけの殻になった花嫁の駕籠を、宙に浮かぶ赤い目が愉快そうに見下ろしていた。




知らぬが仏
知らぬが仏



「あの娘は鬼に攫われてしまった」
嘆く人々の声は届かない。