ごきげんよう。私は高い高い塔に囚われている姫君です。姫君って自分で言っちゃうのは気付いたらそれっぽい格好してたからであって、痛い子だからじゃないです。私をここに閉じ込めている魔女になんて会ったことないんだけど、魔女はよほど私を逃したくないらしい。塔から脱出できないように、ドラゴンに監視させている。その名の通りここは【ドラゴンの塔】。

この塔のドラゴン達は中々に手強い。まず、その風貌。戦う気が無くなる。良く言うと癒し系、悪く言うと脱力系。
そしてその手触り。もふもふ。1度身体を埋めたらもう起き上がれない。もふもふ。更にそのドラゴンらしからぬ鳥の囀りの様な可愛らしい鳴き声ーーー

そう、この塔は数多くのチルタリスによって監視されている。よりにも寄ってお前どう見ても鳥だろと言われているドラゴン、チルタリス。ドラゴンて聞くと真っ先には出てこないフォルムのチルタリス。ガブリアスとかサザンドラとかリザードンじゃなくチルタリス。あ、リザードンはドラゴンじゃないか。そんなチルタリスをこよなく愛する私にとってここから出るのは至難の技だ。むしろ私にとってのパラダイスを作り上げ脱出する気を削ぎ落とす魔女は物凄くやり手の魔女に違いない。それでも誘惑に屈する訳にはいかない、ここから出なければと脱出を試みたが全て失敗に終わっている。うーむ、どうしようか。

考えつつやる事がないのでチルタリスをもふもふしている。だけど今日はいつもとは違う1日になるようだ。


「カイリュー、破壊光線」


分厚く頑丈な開かずの扉が男性の声の後に吹っ飛ばされた。周りにいるチルタリス達も警戒し戦闘態勢に入っている。

立ち上る砂塵の中からコツコツと響く靴音とドスドスと続く足音。逆立てた赤髪に翻るマント、後ろに従えているのはカイリューか。あれ?私、この人知ってる・・・


「塔にドラゴンを捕えているという魔女はお前か!」

「ええええええ」


ダメだこのドラゴンバカ、囚われてるのがドラゴンの方だと思ってる・・・!彼のカイリューも私にガン飛ばしてくれてるけど、正直キミの和みフェイスはどんな表情したって可愛いだけだわ!もっと睨んでくれ!


「違いますぅー!私が魔女に囚われてるんです!ドラゴン達はこの塔の監視役!!」

「何?!どう見ても君がこのチルタリス達を好き好んで侍らせているようにしか見えないんだが・・・」

「そう見えても仕方ないですけど!!」

「捕えられているならなぜ逃げないんだ」

「何度も逃げようとしましたよ!でもそうするとこの子達が一斉に潤んだ瞳で見つめてくるし、それを泣く泣く振り払って出ようとすると歌って眠らせてくるんです!!」

「え・・・じゃあ囚われのドラゴンというのは」

「囚われの姫の間違いです!!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「そうか・・・じゃあ一緒に行こう・・・」

「明らかにがっかりしないでください傷つきます」


話の内容を察したのかチルタリス達が勇者様(?)に襲いかかっていく。だがお供のカイリューの方がレベルもバトル技術も格段に上のようで、次々に伸びていくチルタリス達。


「あぁっ!あの、あんまり乱暴にしないでください!この子達多分バトル経験はそんなに無いんです!」

「そんなこと言ってまた眠らされたらどうするんだ?ずっと閉じ込められたままだよ」

「うぅ・・・!」


飛びかかった最後の一匹もカイリューにはたかれ呆気なく倒れた。目がぐるぐるになって気を失っているチルタリスに駆け寄り、泣きながら抱き締める。


「ごめんね、ごめんね・・・!私の監視役になったばっかりにこんな酷い目に・・・!」

「俺が悪者みたいに言うのやめてくれないか」

「次に会う時は外でたくさん遊ぼうね・・・!」

「君は連れ戻されたいのか?」


勇者様がなんか言ってるけど聞こえない、聞こえない。ここは間違いなくパラダイスだったけど、人間場所を変え環境を変え、成長し続けなくては。

突然、貫禄のある鳴き声が部屋中に反響する。私はハッとして顔を上げた。この声は・・・!


「寝床ちゃん・・・!」

「ねどこちゃん?」

「はい、その名の通り私に毎晩抜群に快適で心地良い眠りを提供してくれるーーーメガチルタリスです!」


奥の部屋から一際もっふもふの寝床ちゃんが姿を現す。どうしてバトルでもないのに常にメガ進化状態なのかは完全に謎だ。目尻を吊り上げ渾身の目力を駆使し勇者様を威嚇しているが、元々が超絶ラブリーなのでどうしたって可愛い。写真撮りたい。それは置いといて、メガチルタリスともなるとカイリューには厳しいはずだ。何せドラゴンの弱点、フェアリータイプが増える。カイリューにとっては厳しいバトルになるのでは・・・

チラリと勇者様へ視線を配るのとほぼ同時に、バサリとマントが派手な音を立てて自己主張する。よく見たら勇者様の手にマスターボール。


「来た甲斐があった!絶対にゲットする!!」


呼応してギャフ、とやる気充分なお供。何だか不良のように指の骨を鳴らす仕草を見せるその和みフェイスにやる気ではなく殺る気を垣間見た気がして血の気が引く。


「あ、あの!ゲット目的ってことは手加減してくれるんですよね?!いくらメガ進化してフェアリータイプとはいえ寝床ちゃんはあくまで愛玩用で・・・!」

「全力で行くぞカイリュー!破壊光線!!」

「わあああああ待ってええええええええ!!!」


私が伸ばした手、その先にはカイリューが全力で放った破壊光線に寝床ちゃんが果敢にも立ち向かって行く姿がスローモーションで映る。光線が寝床ちゃんに届いた時、視界は真っ白に染まった。


*****


ーーーあー凄い夢見た。まさか私が囚われの姫で監視役がチルタリス、勇者様が今日から上司のワタル様なんて。転職初日にエライもん見たわ。

新しく購入したパンプスでリーグ本部の通路を歩く。夢ってよく深層心理の現れとか言うけど、今朝見た夢がそうだったんだろうか。だとしたら私はワタル様とカイリューにどんだけ失礼な印象を持っているんだろうか。

いかんいかん、夢は夢であって現実とはまるで違う。気を引き締めて新しい仕事に取り掛からねば。ぐっと握り拳を作り自分に言い聞かせていると、向かいからコツコツと軽やかな靴音が聞こえ出す。逆立てた赤髪に翻るマント。そのシルエットには見覚えが。ハッとして姿勢を正す。ファーストインプレッション大事!


「おはようございます、ワタル様」


正しい挨拶の模範生よろしくピシリと腰から上体を折る。勇者様ーーーもといワタル様はおや、と足を止めてくださった。


「見ない顔だな。新しく配属されたのかい?」

「はい。初めてお目にかかります、ナマエと申します。今日からどうぞよろしくお願い致します」


もう一度模範的なお辞儀をして顔を上げる。よしよし、笑顔も崩れてないしなかなか良い新人に見えたんじゃなかろうか。とまぁ自己満足に浸っていたら思いの外ワタル様が私の顔をガン見して動かないので内心ビビりつつも悟られない様ににこやかに対応する。


「あの・・・何か?」

「あぁ、すまない。・・・君、チルタリスは好きか?」

「へ」

「なぜだろう・・・どうしてそう思うのか俺にもよくわからないが、チルタリスが好きそうな顔をしている」


なんだそれ。どんな顔よ。夢でも好き好んで侍らせてるって言われたし。


「なんだか初めて会う気がしないな、君は」


それは私も一緒です、ドラゴンバカなワタル様。


「ふっ・・・ふ あははははははははは!!!」


堪えきれずに笑ってしまった。ワタル様も同じような夢を見ていたんじゃないかって思えてくる。

私の爆笑ぶりにポカンとしているワタル様。目尻に溜まった涙を指で掬う私。


「すみません、前にも似たようなことを言われたので、可笑しくて。仰る通り、チルタリスは大好きです」


ーーーいつか一緒にお酒が飲める仲にでもなれたら教えてあげよう。ドラゴンに目が無い勇者様の話。


勇者様はドラゴンがお好き
勇者様はドラゴンがお好き




・・・はっ!今思えば魔女ってもしかして私の大好きなアイドル・ルチアちゃんだった可能性がある!!何で出てきてくれなかったの・・・!(泣)