デパートの香水コーナーで好みのボトルデザインを見つけたので香りも好みなら買おうかな?なんて思ってテスターをワンプッシュ。しかし固くてプッシュされずにおかしいなと思い、噴射口を見ながら試し押ししたところ、まさかの香水顔面直撃。なんなのこのテスター反抗期?好みの見かけに反し、香りはキツいメンズものだった。
纏わりつく匂いは鼻から入って散々暴れ回り頭痛と吐き気を引き起こす。仮に好みの香りだったとしても顔面直撃は辛いのに、苦手な香りじゃ効果抜群、と言ったところだろうか。うええぇ・・・
早く洗い流したい一心で帰る途中、タイミング悪く彼氏様と遭遇、声を掛けられてしまった。
「ボンジュール!ナマエ!」
「ぐ、グリーン・・・!」
留学時代に流暢に使いこなしていたらしいカロス地方の挨拶をくれたが、今は早々にバイビーしたい。私の具合も限界が。
「グリーンごめん、今急いでて・・・」
「そうなのか?良ければピジョットで送、」
そこまで言いかけて、急にグリーンの顔が険しくなる。
「・・・お前その匂い・・・」
「うん、早く洗い流したくて」
「オレという男が居ながら・・・!」
「えっ」
あ、多分見当違いなこと考えてる。私浮気したと思われてない?!慌てて弁解の言葉を紡ごうとするより速く、グリーンがモンスターボールを放った。・・・えっ?!モンスターボール!?
「カメックス・・・コイツにハイドロポンプ!!!」
「えっ、ちょっ、待っ」
問答無用で水かけられた。バトルで使う技なのに私が吹っ飛ばなかったのはカメックスの優しさだと思う。指示受けた時ちょっと戸惑ってたもんね、ありがとうカメックス!あ、少し匂い取れたかも。
カメックスをボールに戻し、グリーンは濡れ鼠状態の私をおかまいなしに担いだ。い、意外と力あるなぁ・・・!今度はフーディンを繰り出しテレポートするよう頼むと、一瞬にしてグリーンの家へ。
バスルームで手荒く降ろされ、
「匂い取れるまで出てくんなよ」
冷たく言い放たれると同時、栓を捻ったグリーンに服のままシャワーのお湯を浴びせられた。
「わっ 私着替え・・・!」
私の言葉を遮りバンッと乱暴に浴室の戸を締められた。シャワーの音が響く室内で、グリーンにしては怒っていると血の気が引くのを感じた。
完全に不本意だけど、これで匂いも落とせる。今更ながらに服を脱いで、そろそろとグリーンが普段使っているであろうボディソープに手を伸ばした。
ふりかかった香水を落としバスルームを出た。着替えとして用意されていたグリーンの服に袖を通す。・・・やっぱり大きい。パーカーは肩幅・袖の長さ何を取っても大きくて手もすっぽり隠れてしまい、トレーニングパンツに至っては最大限に腰紐を引っ張り出さないとストンと落ちてしまう。直接肌に着るのは気恥ずかしいけど、嗅ぎ慣れたグリーンの匂いがして落ち着く。思わず服に顔を埋め鼻から大きく息を吸い込んだ。
「・・・で?」
不機嫌そのものの表情で私に弁解を促すグリーン。ソファーに脚を組んで腰掛けるグリーンと少し空いた距離から立って対面する私。見下ろしているのは私なのに、態度は完全にあちらが上だ。
「えっと、タマムシデパートで素敵な香水のボトルを見つけたので試しに匂いも嗅いでみようとしたら、ちょっとした事故で自分に思い切り吹きかけました・・・以上」
「・・・男ものの匂いだったよな?」
「そこまでちゃんと見てなかったんだもん・・・」
「・・・・・・」
そこまで言うとグリーンは盛大に溜め息を吐きながら俯いてしまった。そして額に片手を添えて一言。
「・・・だっせぇ・・・」
「ひっ ひど!確かにダサいかもしれないけど、あのテスター使ったらきっと誰だってああなる、」
「違う」
「え?」
立ち上がって此方に来たグリーンは私の前まで来ると両腕で私を抱き締めた。
「お前じゃなくて」
それに続く言葉はなかった。えっと、ダサいって話だったよね?ダサいのは私じゃない、て事は必然的にグリーンになる訳で。何がダサいのか一瞬疑問に思ったけど、答えは随分浅い所にあったのですぐにわかった。
嫉妬したこと、でしょ?
きゅん、と胸が締め付けられ、堪らずに私もグリーンに腕を回した。
「いきなりハイドロポンプはびっくりした」
「・・・悪ィ」
「まさか服ごとシャワーかけられると思ってなかった」
「・・・ごめん」
「けど、内容はどうあれ嫉妬してくれたのはちょっと嬉しい」
「・・・おう」
反省と照れからか普段よく動く口からは短い返答しか来ない。しおらしいグリーンが珍しいので、愛しさゆえにいじめたくなってしまうのもまた事実で。
「あんなに強い匂いが残る浮気なんて、何考えたのグリーンのえっち」
「・・・・・・」
言葉はないけど、グリーンの手がピクッと反応した。あはは、言い返す言葉もないのかな。
グリーンの肩口に顔を埋めると、借りた服よりもっと強い匂いがする。香水とか制汗スプレーの匂いとか多少あるんだろうけど、グリーンが纏うことによって初めてこの香りになる、きっとグリーンにしか生み出せない香り。私の大好きな匂い。
「私、変態でも匂いフェチでもないんだけど、グリーンの匂いが大好きなの。ずっとこうしていたくなる匂いなんて、グリーンからしかしないよ」
だから安心して。
匂いだけじゃなくて、その体温感触も全部抱きしめたくて更にぎゅう、と密着する。グリーンも腕の力を強くして応えてくれた。
「匂い、取れたか?」
「んー、自分では取れたと思うんだけど、嗅ぎすぎて鼻マヒしてるからなぁ」
「どれ」
私の肩に手を置いて少し距離をとり、スンスンと鼻を鳴らして匂いを確認する。
「ん、合格」
「良かった」
パチリと目が合うと、鼻が触れそうなほどの至近距離なのを今更ながら自覚する。グリーンの頬が赤いけど、きっと私もお揃いだ。キスしたいな、と思ったのはグリーンも同じだったようで。ゆっくり縮まる距離に目を閉じた。お互いの熱を伝え合うだけの軽いキス。離れる時に名残惜しいと感じたのも、これまた私だけじゃないみたいで。
「あー・・・お前、オレの匂い好きって言ったじゃん」
「うん」
「じゃあさ、」
言うことに勇気がいる言葉なんだろうか?少し視線を逸らし間を溜めてから再び目を合わせて続けた。
「オレの匂いが移るようなコト、する・・・?」
熱っぽく紡がれたその内容を瞬時に理解して、顔が熱くなる。物凄く恥ずかしいけど、その魅力的な提案を断る術を知らない私は。
「・・・オネガイシマス」
機械的な返事と共に、グリーンの首に腕を回した。
後日。
一緒に行ったタマムシデパートに例のテスターが置いてあったのでグリーンに渡すと、期待を裏切らず私と全く同じことをやってのけたので、手持ちのシャワーズでハイドロポンプをお見舞いした。