狡くてクズでわがままで


僕はとても狡い男だ。







図書室なんて何年ぶりだろうか。本独特の香りがふわりと鼻腔を刺激する。本は嫌いじゃないし、この香りも落ち着く。
今日はカラ松と間違われて追いかけられた。僕が何を言っても聞く気がないのか相手は有無を言わさず拳をふってきたもんだからささっと交わして逃げてきた。僕は特に害はないのにこんな事にばっかり巻き込まれるなんてほんとストレスだ。
逃げ場として駆け込んだ図書室。本を読んでいた人がこっちに気づくとビクッと体を震わせて本に目を落とした。慣れてるけどほんと毎回この反応は嫌だ。流れてる噂が噂だから仕方のないことなのだろうけど。
本を適当に一冊手に取り奥の机まで向かった。そこには先客が居たらしく僕に気づくと目を大きく見開いた。すごくビクビクしていてビビってるのが丸出し。めんどくさいなぁと思いながらもなるべく優しく口を開いた。


「あの、相席してもよろしいでしょうか?」
「え!ん"、あ、はい!!どうぞ!!」


女の子は拍子抜けしたような顔をしていた。僕が女の子の向かい側に座り本を読みはじめると女の子は格闘技でも始めるかのような顔つきで本を読みはじめた。あまりの意気込みに僕は笑いそうになる。誤魔化すように彼女に声をかけた。


「あ、あの。……もしかして、僕のこと怖がってますか?」


当たり前すぎるこの質問に女の子は「噂を聞いているので。」と控えめに答えた。きっと彼女の頭の中は僕を怒らせてはならないという気持ちでいっぱいなのだろう。
少し困ったように微笑む彼女を安心させるように、自分が常識人である事や喧嘩は上二人がするだけだということなどつらつらと言葉を並べて彼女に話した。このことを兄弟が聞けば、きっと“意識高い系デスカ?”と馬鹿にされただろう。でも彼女はそんな顔一つせず真剣に僕の話を聞いていた。
たまたま彼女の本に目がいったとき、僕が適当に取った本の作者と一緒であることに気づいた。話すことが無くなったけどなんとなく彼女と話を続けたかった僕は「一緒の作者ですね。」と軽い気持ちで口にした。すると彼女は一瞬で目をキラキラと輝かせて「好きな作者さんなんです!」と華のような笑顔を僕に向けた。その表情は、ビクビクしてた時と全然違っててとっても可愛らしかった。
きっと、彼女は今僕にすごく興味を持ってくれている。……今更、初めて読みましたなんて言えなかった。どんなものにでも通用するような言葉を並べてみたら彼女はうんうんと頷いてくれて、嬉しそうにまた笑った。きゅん、と胸が高鳴って嘘をついた罪悪感なんて吹き飛んでしまった。


そのノリで名前呼びしてもらって、また会う約束まで取り付けた。僕にしては頑張ったと思う。ただ、罪悪感は吹き飛んだとか言っても彼女の姿が見えなくなってしまうとまた現れる。『赤塚』という作者の本を数冊借りて図書室を後にした。









今日は寄り道せずに、家にすぐ帰った。帰ってすぐに本を広げて読みはじめる。少し難しい文体ではあるが表現のしかたが僕の好みでスラスラと読み進めることができた。明日、彼女にこの本の感想でも言おうかな。読み終えた本をしまって、また次の本を取り出した。


「チョーローちゃん。なに本読みながらニタニタしてんのかな?エロいやつ?」
「うげ……何でこの時間に……。」


調子のいい声で話しかけて来たのはおそ松兄さん。最悪だ、と顔を上げるとおそ松兄さんの後ろには兄弟達が勢ぞろいしていた。まだ時間は早い。いつもなら帰ってきてないのに今日に限って早く帰ってきてる事に疑問よりも腹立たしかった。


「ま、今日帰ってきたのはチョロ松兄さんを尋問する為だけどね!……図書室で女の子と密会してたでしょ!!!」
「と、トド松なんでその事……ってか、初めて会ったから!!」
「ふーん、初めて会った子に名前で呼んでなんて言うんだ。」
「い、一松まで……」
「フッ、彼女はきっと闇を抱えている……。考え直せチョロ松…彼女のようなフェアリーが地獄の門番に優しく囁くか?ノンノン、ありえないだろう?」
「ごめん何言ってんのか全然わからん。」
「えっ……」
「だーかーらー、あんなふつーの女の子がこんな不良のレッテル貼られたクソ童貞とあんなに笑顔で話すか?ってこと!!騙されてんの、お前はー。お兄ちゃんは心配なのー!!」
「だ、騙されてねーよ!!そんな子じゃねーし!!ほっとけ!!」
「え、なに?!セク口ス?!」
「十四松はなに聞いてたの?!」


だめだ、このままじゃこのハイエナ共に僕の淡い青春がギタギタのメッタメタにされる。この兄弟は地獄だ。1人が恋人でも作ろうもんなら容赦なく潰しにかかる。まぁ、僕もこの前トド松の告白邪魔したから人の事言えないけど。
それでもこれだけは邪魔させない。彼女とはなんとしても上手く付き合っていきたい。

彼女は僕の荒んだ心を一瞬で浄化してくれる優しい子だ。会ったその日にこんな事言うのもへんかもしれないけど、彼女はそんな悪いことをするような子に見えない。
口に出したらきっと「悪女ほどそんなん上手いんだよ!!」と長男からくどくど言われそうなので黙っておくが。

目の前の動物みたいにうるさい兄弟を黙らせるべくバン、と強く机を叩いてから最近で1番大きいであろう声を出した。


「皆が思ってるようなこと絶対ないから!!だから僕の邪魔すんな!!」


こんな念押し、きっと聞かないだろうけど突然の大声に驚いている皆をほったらかしにして本をカバンにしまい、二階に上がった。










あの日から2週間は過ぎた。兄弟にしては珍しく、特に何も起こることがなかった上に彼女と連絡先を交換し、お出かけの約束まで取り付けたから少しいい気になってしまっていたのかもしれない。僕の、あのクズな兄弟が何もしないはずがないのに。
もっと、早くに彼女の異変に気づくべきだったんだ。

例えば彼女の体育の時の話とか。
突然赤パーカーの奴について聞いてきた時とか。

浮かれながら玄関を開けて居間に入ったとき、あまりの光景に僕は絶叫した。



目の前には怯える彼女とそれを取り囲む兄弟の姿があったのだ。




「な、な、なにしとんじゃお前らァァァァァ!!!!!!!」



20160410

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