蜂蜜まみれの午後を召し上がれ

目に入れても痛くない。

彼がデレデレしながらそう言ったのは今まさに目の前でニコニコしながら本を読んでいる我が娘に向けてだ。娘はソファーに並んで座っている私たちの膝の上に座り、真剣な面持ちで本を読んでいる。私たちの彼の言葉には私も頷ける。トド松くんに似て大きな瞳に可愛らしい口元、そして彼曰く私に似た白い肌に真っ黒な髪を生まれ持った娘は最強に可愛いのだ。どんな服を着ても似合うしどんな髪型にしたって可愛い。男兄弟の中で育ってきた彼は人一倍それを感じているようだった。娘にベタベタなのだ。


私とトド松くんは同世代の中では割と早めに結婚した方だった。結婚は兄弟でトド松くんが一番乗り。付き合った当初、トド松くんのお相手が年下の私だと兄弟のみなさんが気づいた時、すごくびっくりしていた。トド松は末っ子で甘えただから年上の女を捕まえると思ってたぜー、と私の前で堂々と言ったのは長男のおそ松さんだった。彼女の前で何言ってんの馬鹿かテメーは!とチョロ松さんにアイアンクローを即刻かけられていた。私はそこまで気にしなかったから別に良かったのだけれど。
私の前では兄弟の方が言うようにトド松くんは甘えたではなかった。私を可愛いねっていつも甘やかしてくれるのがトド松くんだった。頼られてないのかな、と不安になるのが普通なのかもしれないけど全然そんなこと無くて、むしろ兄弟だって知らない1面を知ってると思うと嬉しくて自然と笑みがこぼれた。その後しっかり皆さんに可愛がられて(頭を撫でられて)ぐちゃぐちゃになった頭をみた買い物帰りのトド松くんがびっくりして兄弟に激怒したのは今ではいい思い出だ。

結婚したら、出産したら、落ち着いて恋人の時のような甘さはなくなるよってよく雑誌や友人談で聞いていたのでそうなるのかなって少し寂しく思っていたが全くそんなことはなかった。むしろ付き合っていた頃より熱い感じがする。一松さんは相変わらず、私たちの家に来ると人体自然発火してしまいそうになるんだとか。

私が回想している間も娘は最近覚えたひらがなを私たちに披露すべく絵本を懸命に読んでいる。

「む、か、し、む、か、し、お、えっと……じ、い、さ、ん、と……」

「上手」「そうだよ!」「天才!」などと横からトド松くんが声援を送り、娘はそれを嬉しそうにしながら必死に文字を追う。その姿はさながら天使。
うふふ、と思わず笑ってしまうとトド松くんはこっちをみて「幸せだね」と笑った。「そうだね。トド松くんと会えてほんとに良かったよ」と返すとちよこはほんとに可愛いね。と頭を撫でてくれた。彼の優しくてあたたかい手は昔から変わらなくて大好きだ。すぐ隣には彼の顔があって、近いしキスとかできたらなぁ。なんて思ったけど娘の前ではさすがにできないからグッと堪えて諦めた。……はずだったのだが、私の唇にふわりと柔らかいものが一瞬触れた。

「秘密ね。」

イタズラをする子供みたいに笑って、"しー"と言った彼はほんとに可愛くてずるい。「ひみつね。」私もそう返そうとした時、娘が「あーーっ」っと声を上げた。

「ぱぱ、ままとなかよしなかよしってしてたでしょ!さきちゃんみてたよっ!ままだけずるい!」

なかよしなかよしとはキスのことだ。仲良しのちゅー、とか言って私もトド松くんも咲子にキスをするもんだから、娘はキスのことを"なかよし"と言うようになった。
トド松くんはちょっと焦ったようだったけど「お話の続き聞きたいなー」と咲子に笑顔で本を渡す。しかし、すっかり自分そっちのけでラブラブしていたのを知った咲子はぷんぷんだ。「やっ!さきちゃんよまないもん!」とトド松くんの腹に抱きついてうーうーと唸っている。どうしたものかと私たちが顔を見合わせた時、咲子がバッと顔を上げた。

「ねぇ、ぱぱはさきちゃんとままどっちのほうがいちばんすきなの?」

ただただ、純情な疑問なのだろう。まんまるで綺麗な目をトド松くんに向ける。えっ、と少し戸惑ってしまった私とは対照的に、トド松くんは優しく微笑んでいた。

「さきちゃんはね、パパとママの大切な娘だから大好きだよ。でもね、パパはママのことも大好きなんだ。パパ、欲張りだからさきちゃんもママもどっちも1番好きなんだ。……ダメかなぁ?」

咲子を優しく抱きしめながら、幸せそうに、穏やかそうにそう話すトド松くん。ちゃっかりしてるところを見ると、やっばり末っ子だったんだと改めて思う。私は固唾を呑んでその光景を眺めていた。
咲子はトド松くんの腕から顔を出すと、その小さな手をトド松くんの頬に置いた。

「だめじゃないよ。さきちゃんも、ままもぱぱもだいすきだからどっちもいちばん!さきちゃんも、よくばりする!」

よくばり、よくばり!と覚えたての言葉を訳も分からぬまま楽しそうに小さな口から紡ぎながら私とトド松くんにキュッと抱きついた。
へらり、と微笑む我が娘に私とトド松くんが悶え苦しんだことは言うまでもないだろう。


「ママだって、さきちゃんもパパも大好きだから欲張りだよ。」愛らしい娘の頭を撫でつつ自慢げにそう言うと「みーんなよくばり!」とこれまた嬉しそうに娘は笑った。

しばらくじゃれていると、疲れてしまったのかいつの間にか咲子はスヤスヤと寝息を立てていた。私とトド松くんが「おやすみ」と片頬ずつキスを落とすと、咲子はふにゃりと笑顔になった。これからどんどん大きくなって可愛くなって彼氏が出来て結婚して。親離れだってしていくだろうけど、いつまでも"欲張り"な娘でいて欲しいなぁと願いながら、今あるこの幸せを噛み締めた。



蜂蜜まみれの午後を召し上がれ



こんなに甘い午後には、蜂蜜たっぷりのホットミルクが似合いそうだ。





【余談】

ー苦々しい午前はいかかでしょうかー


トド松とちよこさんが久しぶりに夫婦で出掛けるみたいだから僕たち兄弟が姪っ子の面倒をみることになった。

姪っ子は可愛い。親族の偏見なしに可愛い。男兄弟のこのむさくるしい空間ではこの姪っ子はまさに女王様でありお姫様であるのだ。

「さきちゃん!ぼくと野球する?!」
「んー、やきゅーはしない!」
「たはーっ!しないっすか?じゃあじゃあ触手は?!触手する?!」
「わ、じゅーちゃんすごい!すごい!!」

皆さん、聞いただろうか。この可愛い生き物達の会話を。十四松は弟なのでもちろん可愛いが、更なる可愛いがこの姪っ子だ。(20代でおじさんと呼ばれる僕らの気持ちを考慮し、ちよこさんが教育したのだろうけど)僕らのことを可愛く呼んでくれる。
十四松はじゅーちゃん、おそ松兄さんはおそちゃん、カラ松はからちゃん、一松はいっちゃんそして僕はちょろちゃんだ。舌っ足らずな声で一生懸命呼んでくれるから可愛さ倍増だ。

「さぁ、ガール。オレと遊園地にでも行かないか?」
「からちゃん、ゆうえんちいきたいけどね、からちゃんのめがね……いっちゃんのねこがばらばらにしちゃったよ?」
「あああっ!!!一松キャッツ!!どうしてだ!!」

どうしてだ、じゃねーし。一松が命令したからに決まってるだろ。まぁそれはどうでもいいとして、サングラスが分からなくて眼鏡って言ってたさきちゃんが可愛くてとりあえず本気で生きてて良かったと思った。
十四松は未だに触手をしている。激しい動きに息が絶えそうだが頑張っている。でもさきちゃん最早見てないよ。
……と、ここで部屋の隅に座っていた一松がいちばん人懐っこくて温厚な猫を抱えて姪っ子に近づいた。

「猫、触る?ひっかかないから大丈夫だよ。」
「いいの?!」
「ん、」

紅葉のような手が、恐る恐る柔らかな猫の毛並みに触れる。そっと手を置いても猫が動じなかったのを見て安心すると、ゆっくり手を動かしてなで始めた。「にゃーにゃーかわいい。」頬をゆるゆるにしてそう言う姪っ子を僕たち兄弟は地団駄を踏みながら尊いと思うしかなかった。天使かよ。

これまでゴロゴロとしていたおそ松兄さんが立ち上がりさきちゃんに近寄る。さっとひざまずくと何処ぞの童話の王子のように手を差し出した。

「さきちゃん。大きくなったらおそちゃんのこと養ってくれる?」

さきちゃんのマイブームは王子様である。今、目の前で(セリフは最低だが)"格好だけ王子"という光景が姪っ子の前でリアルに広がっている。嬉しそうに輝くその瞳におそ松兄さんは罪悪感を感じないのかと少々憤りながらおそ松兄さんを見てみると、なんとも言えない顔をしていて多少は罪悪感を感じているようだった。初めからそんなことすんな。

「おそちゃん!さきちゃんがや、やし?やし……してあげる!」
「え、まじで?!ラッキー!じゃあ俺もうトド松の扶養に入れるってことかー!フゥ!愛してるぞ!さきちゃん!」
「えへへー」

とりあえずさきちゃんは可愛いから写真撮った。おそ松兄さんは僕が言うまでもなく十四松自らの意思で卍固めされてた。自業自得だ。


……と、まぁ。こんなふうに和気あいあいとしているが、僕らの心境は穏やかではない。初めてできた可愛い姪っ子に誰が1番気に入ってもらえるか日々争っているからだ。
お互い目で牽制し合っていることは想像していただけるだろう。つまりはそういうことだ。



「ちょろちゃん。あそぼー!」
「え!うん!喜んでっっ!!」

「「チョロ松(兄さん)!ゴルァ!!」」



苦々しい午前はいかがでしょうか



自分のことを棚に上げるのはご愛嬌。


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title by. 誰そ彼


【ちなみに】

子供でも容赦はなし。決め言葉は「養ってほしい」目指せトド松の被扶養おそ松
年代なんて関係ない、レディーファーストな(不憫)紳士カラ松
こいつこそ咲子モンペチョロ松
闇要素なんてなかったのか……一松
咲子と精神年齢一緒十四松
嫁好き親バカの極みトド松

を、イメージして書きました


20160930

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