▼その愛で、誰を殺せる?

「チョロ松くん、お願い助けて……!!」
「え?!ちよこちゃん?!今どこ、すぐ行く!!」
「駅の近くの、コンビニ……。」
「僕が行くまで動いちゃダメだよ!!何があったかはそこで聞くから!!」
「うん……ごめんね。」


電話から聞こえた弱々しいちよこちゃんの声。震えていて恐怖が明らかに滲み出ている。何があったんだよ。何が彼女をこんなにしているんだ。やりきれない気持ちとやり場のない苛立ちが僕の胸を支配する。心臓が耐えきれなくなってドクドクと大きく打っているのが自分でもわかった。
玄関のドアを荒々しく開けて家を飛び出す。走って走って、走って。口の中で鉄みたいな味がしてきたとき駅近くのコンビニが見えた。


僕が彼女に特別な感情を抱き始めたのはきっと出会った時からだ。運命なんてない。もしそんなことを思ってて別れたりしたら恥ずかしいだけじゃないか。十八番のライジング精神でそんなことを考えていたけど、心のどこかでは彼女に対して運命というものを感じていた。
出会い方は僕にとっては最悪だった。にゃーちゃんのライブ後、その日は手に持てないくらいグッズを買ってしまったためフラフラだった。僕も少し反省するくらいその日は買ってしまった。
足元が見えないから感覚のみで歩く。このままじゃこれ、こけるなぁ、と思ったと同時に足元の石に躓く。うわ、絶対痛いだろ。と冷静に分析しつつ、こけたときの言い訳のために頭を回す。
ガシャンと痛々しい音と共に足元には痛みが襲った。どうやら転び方を誤ったらしく足には激しい痛みがジンジン響く。立ち上がりたくても荷物が邪魔で上手くいかない。

あたふたしていた時に差し出されたすらっとした手。頭上からは綺麗なソプラノ声が降ってきた。


「大丈夫ですか?」


声の方に目を向けるふにゃっと少し細められた目、赤みを帯びた頬、墨で塗りつぶしたように美しい黒髪、さくらんぼみたいにプルンとした唇を持った女性が微笑みながらこちらに手を差し伸べながらたっていた。
こんなに綺麗な人が話しかけてくれるなんて思ってもみなくて僕は当然びっくりして反応できない。そんな僕の状況を察したのか、女性はまた「大丈夫ですか?」と優しく声をかけてくれた。


「すみません、大丈夫です。」
「……これ、橋本にゃーちゃんですよね?」
「し、知ってるんですか?!」
「はい。大好きですよ!!でも、今日は予定が入っちゃってチケット取れなくて。グッズも買えず終いだったんです……」


僕に対する哀れみからこんな話してるわけでもなさそうだし、僕に合わせて話しているわけでもなさそうだった。ただ純粋に、ほんとににゃーちゃんが好きみたいだった。困ったように微笑む彼女に無意識に差し出した紙袋の1つ。
「これ、あげます。」……口が勝手に動いていた。


「え?!悪いですよ!!ほんとにダメです!!」
「いえ、僕買いすぎたなって思ってたところなんで。受け取ってください。」
「でも……あ、もしよろしければ連絡先教えて頂けませんか?お礼が、したいです。」
「……お礼なんて!」
「お願いします!」
「じゃあ……。」


連絡先を交換してからはしょっちゅう連絡をとるようになっていった。にゃーちゃんの話題からだんだんとちよこちゃん個人、僕個人の話になっていった。お互い、惹かれるのは早かったんだと思う。

そして間もなく僕らは結ばれた。









今までが走馬灯のように頭に蘇る。バタバタと駆け足でコンビニに入るとちよこちゃんがすぐにギュッと抱きついてきた。


「お願い、助けて、怖い!!」
「落ち着いて、何があったか話して?」


ポンポンと背中を叩きながら宥めるように優しく声をかける。涙ながらに話してくれたちよこちゃんの話に僕は怒りを抑えることが出来なかった。はらわたが煮えくり返るような感覚に襲われてとてつもない破壊衝動が起きる。許せなかった。
途中、怒りであまり覚えてないけど、ちよこちゃんは少し前からストーカーに遭っていたらしい。通勤はいつもつけられている上に気持ちの悪い手紙も彼女の家に届くらしい。そして今日、いつも一定の距離を保ってつけてくるストーカーが距離を詰めてきたそうだ。怖くなって近くのコンビニに避難したらしい。コンビニの外に目を向けると黒の服を着た男がじっとこっちを見据えていた。虫唾が走る。
あぁ、許せない許せない許せない許せない許せない。ちよこちゃんをつける上に手紙を送るなんて何様のつもりだ。ほんと汚い。殺してやしたい。

沸き上がる殺意を抑えて優しくちよこちゃんの頭を撫でながら小さく問いかける。


「どうして、もっと早く言ってくれなかったの?」
「迷惑、かけたく、なかったの。」
「お願いだから、無理しないで。僕は迷惑なんて思ったりしない。」
「うん。ご、めんね。来てくれて、ありがとう……。」


ポロポロと透明の雫をこぼしながらちよこちゃんは僕に抱きつく。あんなやつのために綺麗な涙を流して欲しくないのが事実だけど、それを隠して優しく彼女を包んだ。彼女が僕に縋ってくれるならまぁいいや。

彼女の中で、僕は今きっとヒーローだ。



「ちよこちゃん、ちょっとまっててね。話つけてくるから。」
「チョロ松くん、行かないで?」
「大丈夫。戻ってくるから、ね?」
「うん……。」


ちよこちゃんに、外が見えない所に居て。って言ってからコンビニの外に出る。そのまま男に近づくと、自分の方に来るとは予想もしていなかったのか男はギョッとした。
ふざけるな。ちよこちゃんを怖がらせるなんて。触れようとするなんて。汚らわしい手紙を送るなんて。許さない。


「ねぇ君、ちょっといいかな?」


なるべく笑顔で、フランクに話しかける。それでも男は何故か喉から声が出ないようだった。顔は真っ青で震えている。ひゅ、と男の喉が鳴った。何がそんなに怖いんだか。ちよこちゃんの方がもっと怖かったんだよ。


「ねぇ、これに怖がってる?そうなの?」


闇夜に浮かぶのは銀の鋭利な鉄。持ち手を僕が弄ぶときらりとコンビニの光が反射して鉄も光る。


「ちよこちゃんは可愛いよね。わかるよ。でもね、こんな事するのは間違ってると思うな。だってちよこちゃん怖がってるし。僕はね、ちよこちゃんが大好きなんだ。いや、好きって言うか、んー……カラ松の言葉を借りれば彼女は女神だ。僕なんかじゃ手が届かない神聖なヒト。笑ってる彼女のそばに居たいんだ。だから僕はね、お前みたいなのが大嫌いなんだよ。駆除しなきゃ気が済まないわけ。」


機関銃のように次々とことばを紡ぐ僕。僕の持つ鉄と男の首の距離もだんだんと近づく。その度に男の顔も青く青くなる。男は今にも腰が抜けそうだ。
お前がいま恐怖したところでちよこちゃんの恐怖は消えない。ほんと、イライラするよ。


恐怖に顔を歪ませて息が荒くなってく男に近づいてそっと問いかけた。もっと、恐怖しろよ。恐れろ、僕に。彼女を追い詰めた罰だ。

きっと、今までで一番いい笑顔だったはずだ。



「お前は、彼女のために血を見れる?」





*その愛で、誰を殺せる?*


僕は殺せるさ、何だって。神も世界も常識も。狂ってるなんて褒め言葉。



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