▼真っ白な怪物とこんにちは

わたしは、幼い頃からダメな奴だった。
クラスでも浮くし、必ずいじめられる。何が悪いってわけじゃないけど、むかつくんだって。最初は抵抗の意志があったけど、もう今ではそんな気すら起こらなかった。これが当たり前になっていたからだ。
優しく話しかけてもらえればラッキーってなもんだ。完璧に感覚が麻痺してるなって自分でもわかってはいるけど、一度この思考に陥ってしまえば抜け出すことは自分にはできないやって悟ってしまった。そんな私に転機が訪れたのは高校になった時だ。こんなにクズな私に話しかけてくれた男の子がいたのだ。

私を貶めるためでもなく、嗤うためでもなく、純粋にただ純粋に私に話しかけてくれた。


「大丈夫?どうしたの?」


散々ボロボロにされた後、廊下でボロ雑巾みたいになってた私にそう言って大きな口を開けてにっこり微笑むと私を担いで保健室まで走ってくれた。普段ならこれも罠かなって思うけどその男の子を見ているとそんな風に思うことなんて出来やしなかった。


「ねぇ、なにがあったの?」
「……転んだの。私、ドジだからよく転んじゃうんだ。」
「……ほんとに?」
「ほんと。」
「じゃあ、今度転んだら僕がまた手当てしてあげる!僕、十四松って言うんだ!転んだら呼んでよ!」
「……ありがとう。私は梅田ちよこ。」
「ちよこちゃんかー!可愛い名前だね!」
「あ、ありがとう。」


十四松くんはきっと私がただ転んだだけじゃないってわかってたんだと思う。そりゃそうだ。転んだだけでこんなにひどい切り傷なんて出来ないし顔にいくつも打撲痕なんて出来ない。それでも十四松くんは詮索なんてすることなくそれどころか私の話に合わせくれた。頼ってねって笑ってくれた。初めてこんなに優しくされて泣きそうになった。




*



「あ、ちよこちゃん来た!」
「今日も手当てお願いします……」
「いいよー!」


あれから、放課後に保健室で会う事が日課になった。毎日こんなになるなんておかしいって思うはずなのに、彼はやっぱり何も言わなかった。誰よりも明るくてやさしい彼は私のことを笑わせようと必死に色々なことをしてくれた。今の私にとってそれが一番の心の支えであり、学校に来る理由だった。
十四松くんは、別れ際になると毎日決まってこう言う。

「明日も、学校に来てくれる?」

普段はあまり焦点が合ってないような瞳が、その瞬間だけ一心に私に降り注ぐ。

「うん、明日も来るよ。」

だから、こう答えるしかなくなる。
学校に来る?という確認作業は、同時に保健室に来る?という確認でもあるのだ。十四松くんはどうして私にこんなに良くしてくれるのか。探っちゃいけないところなんだろうけど時々気になって仕方なくなる。でも、そんな思考回路も「嫌われたくない。一人になりたくない。」って感情が生まれた瞬間に跡形もなく消え去ってしまうのだが。
友達なんていらないって思ってたのにこんな風に考えるようになったなんて。私もやっぱり人間だったのか、と馬鹿らしくて笑えてきた。





やはり、私は不幸体質の人間だったらしく、幸せを知って数週間後に死刑宣告をされてしまった。


『明日から、放課後空き教室な。』


弱っちい私に与えられた答えはもちろん「はい。」のみ。逆らう方法すら知らない。いや、忘れてしまった。「嫌だ。」なんて口が動いてくれない。
今日も体は傷ついて、心はからっぽ。十四松くんが埋めてくれたはずの心もからっぽ。暴力が増える恐怖より、十四松くんになんて話せばいいのか、ということに私の頭は支配されていた。

十四松くんは、私から離れていってしまうのだろうか。いつも向けてくれていた笑顔を、もう二度と私には向けてくれなくなるのだろうか。もしそうなれば、私はきっともう二度と学校になんて来れない。
保健室への足取りは、怪我のせいなんて思えないくらい重たかった。




保健室ではいつも通り他愛もない話をした。いや、他愛もない話ではなく、明日から来れない話をしようとしたけど私がなかなか切り出せなかったから他愛もない話になったのだ。彼と時間を過ごせば過ごすほどに明日からの生活が絶望的で。いっそのこと今この瞬間息が止まってしまえばいいのにって思った。


「でねー、おそ松兄さんが」
「十四松くん。ごめんなさい。」
「え?なにがー?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
「……話して?大丈夫だよ。」


心がグッチャグチャになって。どろどろしてもう貯めきれなくなって、十四松くんが話してくれてる途中だというのに、我慢できなくなってしまった。
謝り続ける私に混乱する十四松くん。彼は困ったように眉を下げながらも「大丈夫。」と手を握ってくれた。出会った時から変わらない暖かさに涙が溢れた。彼の前で、初めて泣いた。


「あ、したから、もうここに来れない。」
「どーして?」
「放課後、用事ができる、から……。」
「そ、っかぁ。」


私の手を握る力が少し強くなったのは気の所為だろうか?「そっかぁ」と詰まるように言ったときの彼の顔が一瞬だけ歪んだ気がしたのも気の所為だろうか?
彼はやっぱり理由を詮索しなかった。
でも、私の傷に全て包帯を巻いたあと、にっこりと笑って彼はさも当たり前かのようにこう言った。




「明日からもきっと、ここに来れるよ。」



十四松くんは、私のどこまでを知らないで、どこから知っているのか。
私は、よく考えれば何も彼のことを知らなかった。見るのはいつも笑顔で、その表情に隠された何かを私は何も知らなかった。
彼の言葉に、何故か私の背筋が凍った。






*






翌日の放課後、ボロ雑巾の私。今日からまたふりだしに戻る。そう、戻るだけ。十四松くんとのひと時は特別だったんだ。あまりに憐れな私に神様が少しだけ夢を見させてくれたんだ。……それだけだ。

目の前には空き教室。

中には酷く歪んだ顔で私を嘲笑するクラスメイトがいるはずだった。……はずだった、のに。



「……な、に…これ……じゅ、十四松、くん?」
「ちよこちゃん!……もう大丈夫だよ。これからも保健室来れる!……行こー?」




赤、朱、紅、緋、あか、アカ、あかあか……
まっかな、教室。眠ったように床に突っ伏すクラスメイトの中心で、狂ったように笑いながら立っている十四松くん。その手には赤い棒が握られていた。

目の前は地獄絵図そのもので声も出ない。こんなに狂ってるのに十四松くんはいつもの十四松くんだった。頬についた返り血を袖で拭ってから私の手を取って保健室に行こうと笑う。


彼は私をこんな目にあわせている主犯が、今血まみれで倒れているこいつらだときっと知っていた。でも、私がどれだけ傷だらけでも今まで彼らに直接手出しをしなかった。ということは、十四松くんをここまで突き動かした理由は私の怪我ではない。じゃあ、一体何がここまで彼の理性を崩壊させたのだろうか。




「ちよこちゃん!保健室、行こ!」



十四松くんは、笑った。
それなのに、私は笑えなかった。初めて笑えなかった。




「保健室に行こう!」彼は、その言葉の中に何を見ているのだろうか。

弱い私は今日も聞けない。





*真っ白な怪物とこんにちは*


笑った君が、怖かった。



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