逃避行



何かから逃げる


【エース】

「こんな金額支払いできっこないよ。どうするの」「逃げる」「支払える分だけって言ったのに」「美味かったんだから仕方ねェだろ」「もう、ばか!」こそこそ話す私とは対照的にエースはあっけらかんとしている。…私が馬鹿だった。「食べるのは支払える分だけだよ」と確かに伝えた。その後、私が少し席を外している間に彼が勝手に料理を大量に注文していて、私が戻った頃には食べ終わった皿が既に山積みになっていた。「お店の人に謝る?」「謝ってどうすんだよ」「許してもらう」「許してくれんのかよ」「皿洗いとか…」「もうすぐ出航だから時間ねェよ」「エース、さっきから否定ばっかり!どうしろって言うのよ」ムッとした私の手を掴んでエースは勢い良く立ち上がる。「どうしろって、始めっから言ってんじゃねェか」彼はテンガロンハットを軽く被りなおして不敵な笑みを浮かべる。「メシ美味かったぜ!じゃあな!」大声でそう言うと、私の手を引いて走り出した。後ろから「金払え!」と店主らしき人の怒号が聞こえてくる。とんでもなく悪いことをしてる。そのはずなのに、彼と逃げるこの状況にとてもウキウキしていた。「私、悪い子になっちゃった」「共犯だな」「一番悪いのはエースだよ」「つれねェ女」大通りを駆け抜けながら振り返る。「ごちそうさま!美味しかったです!」言い忘れていたお礼を告げて前を向くと、エースとパチリと目が合った。「美味かったな」「そうだね」彼の手を、強く握りなおした。(ごめんなさい!店主さん!)


【サボ】

書類作業は何より苦手。文字を見るのも数字を見るのも全部が嫌になってきた。「疲れてきたか?」「もう書類やだ」「朝からずっとだからなァ」「サボくんはすごいよ。書類仕事もちゃんとしてさぁ」「仕事だからな」仕事だからで済ませるサボくん、やっぱりすごいや。はあぁ〜…と意味もない声を上げながらペンをくるくると回す。こんな事しても書類はひとつも片付かない事なんて分かっているけど、もう一文字も読む気力がなかった。「器用だなァ」と感心する彼の声が聞こえる。「そうでしょ」と返事するとほぼ同時に、スルリと彼の手がペンを回す私の手に絡む。驚いて見上げると、彼は含みのある笑みを私に向けていた。「なァ、ちゅーする?」「…は?いきなりなんで、」「疲れがとれるらしい」「誰が言ってたの」「誰でもいいだろ」「適当すぎない?…それに今は仕事中だし」「その仕事に疲れて集中出来てねェんだろ。集中できなきゃ仕事しても意味ねェよ」緩やかに彼との距離が近づいて、こつん、とおでこが触れあう。触れたところからじわじわと体があたたかくなっていって心地いい。彼の手が、私の髪を梳いたことを合図に一瞬、触れるだけのキスをする。少しかさついた唇がすぐに離れてしまって、とても名残惜しい。「ねぇ、もう一回」「仕事はいいのかよ」「サボくんは、ちゅーじゃなくて仕事したいの?」返事の代わりにキスが降ってきた。(さよなら!お仕事!)


【サンジ】

「大人しくしろ」「誰?」「賞金稼ぎってやつだ。お前、黒足の女だろ」「ふぅん…だったら?」「おびきだす餌にでもなってもらう」「怖ぁい…」治安の悪い街に出れば絡まれることも少なくはないけれど、はっきり言って面倒だ。「生憎そんな時間はないの」そう声に出す前に、目の前にいた男が壁に向かって吹き飛んだ。「お怪我はありませんか、レディ」「おかげさまで」ありがとう、と付け足して彼を見る。何故か彼の頬はほんのりと赤くて、私が彼をいくら見つめてもちっとも目線が合わない。歯の浮くようなセリフを言っている時には見られない表情に違和感を感じた。「サンジくん何かあった?」「…さっきの会話聞いちまって」「会話?」「黒足の、女とかってヤツ」「それとサンジくんが変なのって関係あるの?」「あるさ。思わせぶりな君のせいでこんなに胸が高鳴ってる」…あぁ、こんなにいい雰囲気なのに、バタバタと騒がしい足音が近づいてくる気配がする。騒ぎを嗅ぎ付けた海兵だろう。ハッとしたサンジくんは慌てた様子で「失礼します、プリンセス」と告げると、私を横抱きにして走り出す。海兵さえいなければとっても素敵なのに。はぁ、とため息をついて彼を見上げる。「ねぇ」「なんだい?」「否定しなかった意味、わかるでしょ?」「…君は、おれを惑わせるのが上手みたいだ」「こうでもしないと、ちゃんと私を見てくれないもん」船に帰ったら全部教えてあげる。そう言うと、彼は走るスピードを早めた。(海兵に捕まってたまるもんか!)

ショートケーキ行進曲
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