あなたの唇が毒で出来ているというのなら、


「ちよこちゃん!」
「あ、トド松くん!!」


女の子にも負けないくらい可愛らしいアヒル口をいっぱいいっぱいに開いて、大きな瞳が特徴的な目を優しく細めて、穏やかな笑顔で私の名前を呼んだトド松くん。彼は女の子にも負けないくらい女の子らしい私の一番の男友達だ。
だけど「かわいいね」って言ったらたまに怒る。普段はかわいいと言ってもそんなに怒らないけどたまに怒るのだ。それさえもかわいいのだけど。



私は彼が好きだ。友達という意味でも好きだが、それ以上に恋愛感情で彼が好きだ。いつから好きかなんてことはわからない。きっとずっとずっと前にはもう彼のことが好きになっていた。気がついたら彼を見てるし、もっと話したい、触りたい、なんて思うし彼を見てると煩悩だらけになる。でも、全然不快な気持ちになんてならなくて、寧ろふわふわ温かい気持ちになる。彼が女の子と楽しそうに話してるときのちょっとした胸の痛みも、友達なんて距離に我慢できない自分がいることも思い知ったのは最近だ。

最初は遠慮無く話せるこの距離が1番いい、なんて思ってたのに恋人になりたい、隣に立ちたい、なんてどんどんどんどん私はわがままになっていった。昨日より今日、今日より明日、気持ちをセーブしたい私の気持ちとは裏腹に好きの気持ちは日に日に膨らんでいくばかりだった。

「ちよこちゃん、今日よかったら赤塚通りの新しくできたお店行かない?」
「え、お店できたの?」
「そう!しかもちよこちゃんが好きないちごのスイーツがすごい美味しい店なんだって!!」
「ほんと?!ふふ、楽しみだなぁ〜!」

トド松くんはまるで自分の事みたいに嬉しそうに微笑んでいる。私も嬉しかった。大好物のいちごのスイーツを食べられることはもちろんだが、それ以上にほかの誰かじゃなくて私を選んで誘ってくれたことが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。私が熱に浮かされている間、トド松くんは可愛い女の子に『トッティ〜!』と、女の子特有のわたあめみたいに甘い声で話しかけられていた。いつもならもやもやとした気持ちにさいなまれるのに、今の私はそんなこと全然気にならなかった。それくらい浮かれているのだ。
トド松くんと一緒にいる女の子は大体かわいい一軍の女の子だ。地味めでおしゃべりも上手くない私なんて、おしゃれで気を配れて人気者のトド松くんに釣り合うはずなんてなかった。ここまで仲良くなれたのもたまたま。委員会が一緒になってトド松くんがたくさん話しかけてきてくれたおかげだ。幼馴染みから"コミュ障"とお墨付きを頂いている私から話しかけることが出来たことなんて業務連絡くらいだった。移動中とか、やることない時とか、何気ないことを笑顔で話せるトド松くんが私にとってあこがれで、それがブクブクと大きくなって好きという感情に変わっていった。トド松くんと話している女の子は煌びやかで可愛くて私なんかよりトド松くんの隣が似合っていた。それは、私が喉から手が出るほど欲しい恋人みたいな姿だった。


「ちよこ。」


興奮も冷めてきて少しナーバスな気分になった私の前に現れたのは先程も少し話に出てきた隣のクラスである幼馴染みのあつし。

「なに、どーしたの。」
「別に、ちよこに友達いるか見に来ただけ。」
「居るし!馬鹿じゃないの?あつしこそいる訳?」
「まぁ、少なくともちよこよりはいるよね。」
「ほんとムカつくなぁー。あつしクンはほんと減らず口。ほんと黙ってなよこの一軍野郎。」
「はいはい、ごめんなー。ちよこチャン。」

あつしは本当に昔から一緒にいた幼なじみだ。彼と自分に差が出来てきたことは成長過程でもよく分かった。物心ついた時には、彼とはスクールカーストがあまりに違いすぎていた。関わらない方がいいかと思った時期もあるけど、彼がそれをよしとしなかった。どんなに成長したって彼は相変わらず私に、気兼ねなく話してきて私もだんだんとそれに絆されていった。彼と話す時は遠慮なんて一切いらない。だから、素で話せるしなんだかんだで一緒に居るのは楽しかった。

「あ、そーだちよこ。今日の放課後どっか出かけない?」
「え、今日……?」
「そ、むり?」

コテンとあつしは首を傾げる。女子顔負けのその可愛らしいその動作に私は一瞬怯む。しかし、今日はトド松くんとの先約があったため断ろうとした時、私の体はぐいっと後ろに引っ張られた。私が後ろに下がると共に前に出てきたのはトド松くん。彼の手と私の手はしっかりと握られたままである。いきなりのことで戸惑いながらもなかなかときめく状況に、私の心臓はバクバクと激しく打っていた。体の全神経が握られた手と手に集中しているようだった。

「ごめんね、あつしくん。今日はちよこちゃん僕と用事があるんだー。」
「へー、そうなんだ。てか、ちよこと松野って友達だったんだな。」
「うん。あつしくんとちよこちゃんも友達だったんだね。びっくり。」
「いや、俺らは友達って言うか幼馴染み。家近いんだよ。」
「え、そうなの?!」
「うん、そう。」

トド松くんはやっぱりすごかった。あつしみたいな一軍男子とも仲いいし、戸惑うことなくペラペラ話してる。ぽけーっとしながら見ているとどうやら話は終わったようであつしは私に向き直った。

「じゃーな。まあ、また家来いよ。母さんがお前に久しぶりに会いたいってさ。」
「あー、私のお母さんもあつしに会いたいって言ってた。また会ってやってね。」
「近々な。」

「じゃーねー。」ってお互い手を振る。やっぱりあつしは話しやすい。男って言うか最早家族の領域だ。一息ついてからハッとする。私とトド松くんの手はまだ繋がれたままだ。

「あ、あの、トド松くん。……手が、」
「え、あ!!ごめんね!!」
「い、いや、私もなんかごめんなさい!!」

繋がれた手と手が離される。柔らかい暖かさが消えて、冷たい空気が手のひらを撫でた。なんだか少し物足りなくなって恥ずかしいからって言わなきゃ良かったかなって思った。

「ちよこちゃん、今日の放課後絶対お店行こうね。絶対だよ。」
「当たり前だよ。絶対行こうね。」

トド松くんは私の目をしっかり見てにっこり笑って言った。あたたかくて優しいその笑みだけで心臓が張り裂けそうな私は、よっぽど彼のことが好きみたいだ。


「あつしくんとちよこちゃんが仲良くてちょっと嫉妬しちゃったよ。」


冗談めかしにそう言った彼。深い意味なんてきっとないのだろうけど、私はどうしようもなくそんな言葉が嬉しいのだ。


もし、彼の唇が毒でできているのならば、痺れるほど甘美なその言葉もきっと毒を含んでいるに違いない。
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