そのあまやかな熱が嘯く前に、


「おい、ちよこ。今日一緒に帰らね?」
「うぇ、あつしじゃん。いいよ、帰ろ〜。」
「なぁ、"うぇ"ってなに?失礼じゃない?」
「あつしだって私見た時"うわぁ"って言うじゃん。だからいい。」
「お前はほんとに……」
「はーい、帰ろう。」
「おい!」

数日ぶりにあつしが下校に誘ってきた。幼馴染みとかって大体高校とかになると自然と離れるもんじゃないのかな?それなのにこいつは昔から変わらない。いや、いきなり無視されてもムカつくけどさ。勝手とか言わないでねそこはご愛嬌。
ツーン、とあつしからそっぽを向いてトド松くんを探す。トド松くんもこっちを見ていたのか、私が彼を見つけた時ばっちり目が合った。いつも見ているはずのトド松くんなのに、何故か少し違う気がして目が離せなかった。

「おい、ちよこ帰るぞ〜。」
「あ、うん。……と、トド松くんじゃあね!!」
「お、松野またな。」
「あ、うん!2人ともまたね!」

教室から出る時にもう1度トド松くんを見たら、彼とまた目が合った。最近なんだか少しおかしい気がする。いや、単に私がトド松くんを意識しすぎているせいかもしれないけど...。考えても解決なんてするはずもなく、私は静かにあつしの隣を歩いた。

「あのさ、お前松野のこと好きなの?」

しばらく沈黙が続いたあと、いきなり降りかかってきた言葉。びっくりしてあつしを見上げると、じっと私を見つめていた彼と目が合った。あつしと色めいた話なんてしたことのなかった私は、突然のあつしの問いかけになかなか反応できなかった。

「なぁ、好きなの?」

1度絡まった目線は逸らせない。見透かすようなあつしの目にだんだん息が苦しくなってくるような感じがした。

「……どうして、そんな事聞くの。」

私がそう答えるとあつしは困ったように笑った。こんな返し方、卑怯かなって思ったけど他に言葉が見つからなかった。「行こ。」そう小さく言った後、あつしは止めていた足を1歩踏み出す。私もそれに釣られるようにして歩き始めた。私に歩幅を合わせて歩いてくれるあつし。小さい頃は一緒に虫取りしたり遊びに行ったりしてたのに、いつの間にか背が伸びてかっこよくなって正直ちょっと遠い人になってしまっていた感じがしてた。
あつしは本当はもう一ついい学校に行けてた。私と帰らなくたってたくさん友達がいる。……時々、私をすごく優しい瞳で見つめてくれる。
あつしがどうして私にトド松くんが好きか聞くなんて私は本当は分かってる。ずっと前から私はきっと彼の気持ちに気づいてた。ただ、応えられないって分かってたから知らないフリをしてただけ。色めいた話をしてこなかったんじゃない、しないでくれていただけなんだ。私はそれに甘えていただけだ。

「ちよこは、ずるいね。俺の気持ち知ってるでしょ。」
「……。」
「……でも、俺の方がもっとずるいね。ごめん、困らせるようなこと言って。」
「違う。ほんとにずるいのは、卑怯なのは、私だよ。」

私は、ぐっと唇を噛み締める。妙に優しい彼の声色がどうしようもなく苦しい。ずっと変わらない優しい声だ。私はきっとたくさんの人に罵られるかもしれない。ずるい女だ、悪い女だって。今泣くべきは私じゃないのに、喉の奥がヒクついて泣きそうだ。あつしの顔がみたくても見れない。うつむく私の頬に、あつしはそっと手を添える。その手に促されるままに顔を上げるとあつしと目が合った。

「バカだなぁ。泣いてんじゃん。何年幼馴染みやってきたと思ってんの。……何年、お前のこと見てきたと思ってんの。分かるよ全部。……俺は、ちよこも松野も大切だよ。だから、お前らに幸せになって欲しい。」
「あつし、」
「踏み出さないと何も始まんないだろ。」

強い意思を宿した彼の瞳がじっと私を見つめる。昔から知ってる瞳。いつも私に勇気をくれた。私が泣いてたら慰めてくれた。お母さんと喧嘩して素直になれない時は私の話を聞いたあとに謝りやすいように私を導いてくれた。いつも、彼は私を助けてくれた。私の思うままを伝えることが、精一杯の誠意だ。

「……私、トド松くんがすき。」

不思議なくらいつるりと言葉が出た。はち切れそうなくらい心臓は暴れてる。

「うん。……松野の家、赤塚公園の近くだよ。」
「え?」
「行ってきなよ。」

あつしは、大きな手で私の頭をポンポンとなでる。また溢れそうになった涙をこらえて、制服のスカートをでギュッ握る。

「行ってくる。」

切なそうに微笑むあつしに背を向けて私は公園に向かって走り出した。振り向いたりしない。こんなのズルくて、本当に正しいことじゃないかもしれない。でも、それでも全力で走ることが、私があつしにできる唯一のことだと、そう思う気がするから。

苦しくて胸がいたい。口の中が鉄の味でいっぱいになる。それでも走るのをやめたくない。赤塚公園に差し掛かった時、いつも見つめていた大好きな背中が見えた。絶対、トド松くんだ。

「トド松くん!」
「……え、ちよこ、ちゃん?あつしくんと帰ったんじゃ……」
「トド松くん!!!聞いてください!!!」

今まで出した事ないくらい大きな声を出した。はぁはぁ、と肩で大きく息をする。びっくりした顔で彼は私を見つめる。その大きくて澄んだ瞳に怯みそうになる。ぐっと唇を噛み締めて彼に1歩近づいた。

「……下手くそかもしれないけど、聞いてね。」



そのあまやかな熱が嘯く前に、あなたに想いを伝えたい。


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