あなたに言いたかった



言いたいことならたくさんあった。

食べる途中に眠るのは危ないしみてる方がびっくりするからやめてほしい。元気があって素直なのは良いことだけど、何にでも突っ込んでいくのはやめてほしい。こっちは気が気でないしハラハラしてしまう。行動する前に一回考えてほしい。ずっと言いたかった。でも、エースを目の前にすると、はにかんだ顔があまりに眩しくて、全部どうでもよくなってしまう。「なんでもない」っていつもそう言って終わってしまうのだ。

「一度考えてから行動しなさいって、言ったでしょ。……いや、言ってないか。」

目の前には、エースとオヤジのお墓がある。長い長い戦争が終わった。私はとうとう彼を救えなかった。オヤジも死んでしまった。
やっと彼を解放できたと思った矢先、異変を感じて彼のもとに駆けつけた時には彼はもう、既にマグマに貫かれていた。目の前でそれを見ていた彼の弟はあまりにも悲痛な表情をしていた。
私は何も受け止められなかった。分からなくて、分かりたくなくて、涙も出なかった。
彼が最期に言った言葉もろくに耳に入ってこなかった。覚えていることと言えば、一瞬彼と目が合って、その瞳がとても穏やかだったことくらいだ。

「置いていっちゃうんだね、私のこと。」

言いたいことは山ほどあった。でも彼のお墓を目の前にするとほとんど何も言えなくなってしまった。まるで、目の前で、太陽みたいな眩しい笑顔が揺らめいているようだった。もっと色々言って責めてやろうと思ったのに、チープな映画のワンシーンみたいな安っぽい言葉しか出てこなかった。
私はずっと、最初から彼が好きだった。
破天荒で、何にでも全力で、素直で、優しい。何より、眩しくて見てられないほどの笑顔が好きだった。
本当は、いつも前を歩く彼の足を止めたかった。行かないでって言いたかった。ティーチを追うと言った時も、行かないでほしかった。せめて、連れていってほしかった。「連れていって」と言おうとした私の頬を彼があまりにも優しく撫でたから、喉がひきつってまた何も言えなくなった。彼の掌があたたかくて、彼も私が好きなんじゃないかって、場違いに馬鹿みたいなことを思ってしまった。

彼は度々贈り物をくれた。海を駆け回る鳥が、彼からの贈り物を運んでくれるのだ。「元気か?」「飯が旨かった」「綺麗な花があった」「お前が好きって言ってた星をみた」贈り物も嬉しかったけど、一言添えられる手紙を見るのが一番の楽しみだった。彼が旅の中に私を重ねて一緒に連れていってくれている気がして、私が忘れられていないという事実を感じることができる。
彼からの手紙は全部取って置いてある。いつか会えたときに、彼からの手紙の返事を直接したくて、ひとつ残らず置いてある。贈り物を運んでくる鳥は、私からの物は一回も受け取ってくれなかった。返事の手紙すら。彼なりの覚悟があったのかもしれない。
今さらなにも分からないけど、分かることとすれば、手紙の返事が、もうできないことくらいだ。

ある時の贈り物には綺麗なリングが入っていた。「お前に似合うと思った」って一言添えてあった。何とも言えない幸福感に包まれた。リングに透けて彼が見える気がして、嬉しくて何度も太陽にリングをかざした。今までみたどんな宝石より綺麗だった。


手を、太陽に向かって伸ばす。
リングがキラリと煌めいた。視界が滲む、どんどん見えなくなっていく。喉がひきつって苦しい。いつの間にか、涙が出ていた。やっと、彼の死を実感した。どれだけ願っても思い出しても彼はもう戻ってこない。笑ってくれない。私は期待したのに。貴方のくれたリングは、私との永遠を誓ってくれるものだったって。戻ってきたら、とびきり甘くて優しい愛の告白をくれるって。
だって、いつも穏やかな瞳で見てくれた、優しく撫でてくれた、言葉の端に甘やかさがあった。私たちは結ばれるものだって思ってた。

こんなにも苦しい。どれだけ泣いても戻ってきてくれない。ずっとずっと泣けなかったのに、今度は全然涙が止まらない。

愛してくれてありがとう、なんて、言い逃げだ。
私がどんなに大きな声で叫んだってもう何もあなたには届かないのに。好きだって言いたかった。行かないでって言いたかった。愛してる、笑顔が好き、優しいところが好き、美味しそうに食べるところが好き。期待したとか、貴方に言ってほしいとか、もうどうでもいいの、私が全部言うから。全部、貴方に伝えるから。いっぱいあるの、言いたいこと。

あなたに言いたかった

あたたかな風が頬を撫でた。あまりに優しくて、まるであなたの手のひらのように感じた。本当に馬鹿ね。そんなことしたって、涙は止まらないのに。
また、言いたいことが増えた。
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Twitterに出した、
「愛してくれてありがとう 言い逃げなんてひどい人 私の声はもう届かないのに」
という言葉をもとに書いた短編です。
2020.11.27
ALICE+